人間になりたいな1

 別にこだわりがなかったわけじゃない。

 前世の話とか、言っても信じてもらえないかもしれない。

 この世界は私のいた世界とは全然違う。

 それに元は人間だっていっても、今は竜。

 何もかも違うこの竜生で、前世のことを主張する必要はないと思ってた。


 でも、たまに夢で見るんだ。

 元の世界のこと。

 死にたくて死んだわけじゃない。寿命なんて全うしていない。明日の約束も、未来の約束もしていた。もっともっと遠くの将来に向かって歩いていた途中だった。


 そんな夢を見ちゃうと、しばらく引きずっちゃう。

 アロイスに心配かけたくはないのに、どうしたって、残してきた人たちに思いを馳せちゃう。

 それをアロイスに気にするなって、笑って言えたら良かったのに。


 ……でも、ちょっとだけ良かったとも思ってる。

 アロイスに前世のことを話せたこと。

 竜の寿命がどれくらいあるのかはわからないけれど、これを一生隠していくのはつらい。私だけの思い出だけど、私が『わたし』だったことも、誰かに知ってほしいっていう思いは確かにあって。


 ルイズって名前、嫌いじゃないよ。

 白桃色の鱗も、アロイスがいつもきれいに磨いてくれる。

 身体が大きくなったら、アロイスを背中に乗せて飛ぶことだってできるから。

 でも、竜の私は、アロイスの隣には立てない。

 竜に生まれ変わったら、価値観も竜になるのかもって思ってた。そんなことはなくて、私の価値観は『わたし』のまま。人間のときのまま。


 つまり、何が言いたいかっていうと。


『人間っていいなぁ……』

『……』

『私も可愛いドレスを着てみたい。アロイスと一緒にお出かけして、ショッピングとかしてみたい』

『…………』

『この世界のカフェメニューってどんなんなんだろうね。コーヒー派? 紅茶派? 物語じゃあ半々なんだよねぇ。私、ランチメニューにはデザート所望するよ』

『………………』

『ねぇ、テッド。人間になりたい。竜って人間になれると思う? 私の世界じゃぁ、人に変身する竜も物語にいたけど、私にできるかなぁ』

『……ルイズ』

『ん? なになに? テッド、いい考えある?』


 私は目を輝かせて隣の壁を見た。

 残念ながら私と話し相手の間には一枚の壁がある。だけど壁越しに彼がいることを気配で感じ取っている私は、飽きもせずしゃべり続けていたんだけど。


『うるせぇ』

『ひっどい!!』


 言うに事欠いてそれー!?

 壁一枚を隔ててのんびりごろ寝しているだろう、お隣さんの地竜は、私に悪態をつくと、ふん、と鼻で笑った。


『竜なのに人間になりたいとか。わかんねぇなぁ』

『なりたいよ。人間になれたら、できること、増えるもん』

『できることねぇ。食って寝るだけでいいじゃん……』

『そんなの太る〜! 食っちゃ寝生活の行き着く先は駄目竜生活だよ!!』

『むしろそれを望んでるね』


 くぅ……! テッドじゃ話にならないよ!

 テッドはいわゆる引きこもりだ。いつもテオドールがなだめすかしながら訓練に参加させてるけど、本人も言うみたいに食っちゃ寝していたいような竜。

 そんなテッドに私のこの持て余す熱を語っても、適当にあしらわれてしまう。


『はぁ……人間になりたいよぅ』

『なればいいじゃん……』

『なれないから言ってるの!』


 まったく、他人事だと思って!

 精霊さんにお願いをして、魔法もどきみたいなことができる私でも、人間に変身することは難しい。なんでも、精霊さんいわく『生まれた姿を変えちゃ駄目』なんだって。

 でも私は人間になりたい。

 人間になって、もっと色んな人とお話してみたくて。


『精霊さーん、人間になりたいよぅ』


 今日も今日とてひとりごちる。

 いつもなら『むりむり』って雰囲気が伝わってくる空気から、今日は違った空気が伝わってきた。


『え?』


 私は耳をそばだてる。

 ふわふわとした精霊の声を世界からかき集めて、精霊の言葉を頭の中に組み立てる。

 伝わってくる、精霊たちの声が。


 ――鱗を使う?

 ――竜気いっぱい使うけど、分霊は作れるよ。

 ――分霊なら人間の形を取れるんじゃない?


『分霊?』


 知らない言葉だなぁ。なんだろう?


『テッド、分霊って知ってる?』

『知らないよ……』

『うーん?』


 精霊たちの言う分霊が何かは分かんない。そこんとこ、もうちょっと詳しくってお願いすれば、分霊は「魂を分けた自分の一部」らしい。

 地縛型の高位精霊が、一時的にその場を離れたいときに使う手法だとか。自分の体の一部を割いて、依代にするんだとか。

 その依代に意識を乗せれば、自由に動き回れるらしい。

 ふぅん、いいこと聞いた!


『私にもできるかな?』


 ――鱗使おう。

 ――竜気いっぱいいるよ。

 ――大丈夫、できるかも。


 ちょっと不安なお返事をありがとう。

 竜気っていうのは、竜の生命エネルギーみたいなもの。

 普段精霊さんたちにお願いするときは、この竜気ってのを対価にお願いしてる。私のお願いごとはそんな大したことはなくて、毎日寝れば回復するくらいの程度らしいんだけど……この分霊ってやつには、いっぱい使うらしい。

 でも、好奇心は猫を殺すって言うじゃない?


『分霊になりたい! 精霊さん、お願い!』


 任せて、と世界から肯定が返ってきた。


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