はじめての訓練3(side.アロイス)

 一足早く竜舎に戻ってルイズを柵の中へといれると、よろよろとルイズは寝床にふらつきながら移動して、ぽすんと寝藁にダイブした。


「おつかれさま。くたくただね」


 もう人間の言葉をしゃべるような元気もないのか、ルイズがピィピィと鳴いた。


 彼女が寝落ちてしまう前に食事をさせないと、と考えたアロイスは「ちょっと待ってな」と声をかけてから、ルイズのご飯を取りに行く。


 食事を取りに一度竜舎から出て食料庫に行く途中、アロイスは訓練場を見た。他の飛竜たちは訓練後の自由時間を謳歌しているようで、訓練場で思い思いに翼を休めたり、竜騎士とコミュニケーションをとったりしている。


 先輩の飛竜騎士たちはアロイスに気がつくと、声をかけたり、手を上げたりしてくれる。それにアロイスも気軽に返して速歩きで歩いていれば、飛竜部隊長のセザールがアロイスを引き止めた。


「アロイス、少しいいか?」

「あ、はい」


 アロイスは足を止めた。

 セザールは自分の竜であるシザーに待機の合図を出すと、アロイスの方へと歩いてくる。


「ルイズはどうだ。飛行訓練は順調にできそうか?」

「大丈夫です。早く飛んでみたいのか、ものすごくやる気を出してますよ」


 昼間、一生懸命パタパタと翼を動かしていたルイズを思い出して、アロイスはついつい頬が緩む。ルイズが可愛いのは今に始まったことではないけれど、あの白桃色の愛らしい姿には魔性の魅力がある。


「それなら良かった。飛行訓練にはまだ早いかと思ったが、本人がやる気なら大丈夫そうだな」


 セザールの言う通り、ルイズの飛行訓練は他の飛竜に比べて時期的に早い。普通は翼がもう少し成長し、他の竜とのコミュニケーションをもっと深くとってからだけれど、ルイズの精神的成長が著しく早いので、セザールの判断で訓練時期を早めていた。


「言葉の方も順調そうだな」

「はい。短文なら意志を持った会話ができます」


 今日も、「アロイスといっしょにとぶ!」というようなことをしきりに囀っていて、それがもう可愛くてしょうがなかったのを思い出し、アロイスは破顔した。

 その様子を見たセザールも、アロイスにつられるように表情を緩める。


「すごいな、ルイズは。あの仔が素直にまっすぐ成長しているのはアロイスの育て方が良いのもあるな」

「そんな、自分なんてまだまだです」

「謙遜をするな。お前の育て方がいいのは本当のことだ。普通なら生後半年くらいだと一度は大きなトラブルで俺が駆り出されるもんなんだが」


 アロイスは曖昧に笑った。確かにセザールが呼び出されるようなトラブルはなかったけれど、生後半月もしないうちに柵から脱走して、隣の地竜の柵の内側に入り込んでいたことがあった。


 でもそれ以降、ルイズは大人しく良い子でいてくれて、人語を解するという天才っぷりまで発揮する超優良幼生竜のお手本みたいになっている。


 やってはいけないことかどうかを、きちんと理解しているようで、アロイスとしては手間がかからずに、その分ルイズとコミュニケーションを取る時間が増えるのは嬉しいんだけれど。


 ただ。


 それまで笑顔だったアロイスが、表情を曇らせた。


「どうした、アロイス?」

「いえ……」


 ほんの少し。

 ほんの少しだけ、何かがアロイスの胸にひっかかっている。 


 ルイズは可愛い。可愛いアロイスの竜だ。

 お世話をするのが面倒とか、煩わしいとか、そういったことは全くないけれど。


「何かあれば、話を聞くぞ。お前はもう大切な飛竜部隊のいち員だ。一人じゃ解決しないことは人生の先輩でもある我々に言いなさい」


 セザールに促され、アロイスは喉の奥に突っかかっていたものを、ようやくといったように吐き出した。


「その……ルイズ、たまに自分が教えてないことも、知っているように感じるんです」


 ルイズは賢い。

 ローズドラゴンだから、他より知能が高いのだと言われればそれまでだけれど、賢すぎるくらいに賢い。


 それは例えば、教えずとも理解していた排泄の場所とか。

 一つの言葉を教えれば、それが物の名前なのか動作なのか理解して、文章を構築したりだとか。


 初めて言葉を話した時にはひたすら驚いただけだったけれど、半年もすれば、ルイズが他の竜よりもものの道理を知っているように感じることが増えてきた。


 もちろん、飛ぶことや竜の存在に関しては赤子同然だったようだけれど、それ以外のこと、それこそ人並みに必要な教養は、アロイスが教えなくとも理解しているように見えた。


 それこそ、絵本がなんなのか、絵本に描いてあるものが何を指しているのか、アロイスが読み聞かせるだけでルイズは理解してしまう。


 元々、物の存在を知っていて、それをアロイスの言葉と紐づけているだけのような。

 そんな、違和感。


 セザールは顎に手をやり考える素振りを見せた。

 アロイスはその様子を見て、曖昧に笑う。


「僕の気にしすぎなだけかも。すみません、隊長。変なことを言いました」

「……いや、アロイスのその気づきは大切なことだ。人語を解することといい、ルイズはかなり特殊な個体なのかもしれない。ローズドラゴン自体が希少種で目撃例も少ないからなんとも言えないが……」


 言葉尻を濁したセザールはひとつ頭を振ると、アロイスが普段ルイズにやるように、彼の頭をぽんぽんと撫でた。

 その突然の行動に、アロイスは固まる。


「……隊長?」

「ああ、悪い。つい癖でな。シザーを撫でる感覚で……」


 なるほど、セザールもとことんの竜馬鹿らしい。

 ばつの悪そうなセザールに、アロイスは笑って「大丈夫です」と答えた。


「頭を撫でてもらうのって何年ぶりだろ。子供の頃以来で、ちょっと気恥ずかしいですね。でもなんだか元気が出ます」

「そうか、そう思ってくれるか。前にうっかりベランジェにやったときは『いい大人を子供扱いしないでください!』って怒鳴られたんだがな」

「あー」


 なるほど、飛竜部隊の末っ子扱い。

 以前、ベランジェがぼやいていたことを思い出して、アロイスは苦笑した。アロイスとしてはそれほど悪くないけれど、ベランジェとしては憤慨ものだったのかもしれない。


「すまなかったな、アロイス。むりやり相談をさせたような形だが、あまり解決にはならなくて」

「いえ、話しただけでもすっきりしました。ちょっとだけ胸のうちに靄がたまってたみたいで。こんなんじゃあ、ルイズに愛想をつかされちまう……って、あ!!」


 セザールとすっかり話し込んでしまったアロイスだけれど、自分が何をしようとしていた最中だったのかを思い出して大きな声を上げてしまった。

 セザールの眉が跳ね上がる。


「どうした?」

「ルイズのご飯を取りに行くとこだったんです。ルイズ、今日の飛行訓練でものすごく頑張ったせいか、もう寝落ち三秒前くらいの状態だったんで……」

「それは悪かった。早く行ってやれ」

「すみません。おつかれさまです!」


 アロイスはセザールに断りを入れると、大股で駆けながら食料庫に向かった。そこでルイズのご飯を見繕って、走って竜舎に戻ったのだけれど。


『ぷすー……ぴす、ふしゅ』

「あー、遅かったか……」


 寝藁に沈んだルイズはすでに夢の中に旅立ってしまっていた。

 仕方なく、アロイスはルイズの食事場に持ってきたご飯を置くと、そうっとルイズの眠る寝藁の傍らに座り込む。

 白桃色の竜の翼がジタバタと動いた。

 夢の中でも飛ぶ練習をしているのか、さかんに動く翼に、アロイスは笑った。


「元気に、大きくなりな」


 もっと沢山、ルイズと話せるようになったら。

 いつか、ルイズのことをもっと知ることができるだろうか。

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