はじめての訓練1

 最近のアロイス先生の言葉の授業は、絵本を教科書にする、一歩進んだ授業風景になった。

 そのおかげか、私、話し言葉だけじゃなくて、書き言葉まで覚えつつある!


 すごいよ、もしかしたらチートなのかもしれない。万年外国語でひぃひぃ行っていた私が、全く知らない言語を一から吸収してるんだから!


 というわけで、今日もアロイスがやってくる。

 お散歩に出て他の騎士や竜が遊んでいるところを眺めてみたりとか、もしくはアロイスの読み聞かせが定番のパターンになっているけど、いつものパターンだと今日は絵本の日だ。


「あろいす、えほん、よんで」

「ルイズ、すごい食いつきだなぁ。絵本、気に入ったのかい?」

「すき。えほん、すき」


 絵本は楽しい。

 文字を読むのも、絵を見るのも、何よりその言葉がアロイスから紡がれるのが心地いい。

 言葉もだいぶ覚えてきた今だからこそ、この絵本の読み聞かせの時間は、私にとっての娯楽の時間とも言える。

 だからついつい前のめりでアロイスに絵本をおねだりしちゃうんだけど。


「ごめんな、ルイズ。今日は絵本を持ってきてないんだよ」

「えほん、ない?」


 なんで!?


「今日は外に行くよ」

「そと? きのう、いくした」

「違うよ、ルイズ。昨日、行った」

「きのう、いった」

「そうそう。よくできました」


 わしゃわしゃと頭を豪快に撫でられる。

 はわぁー、ゆーれーるー。

 きゃっきゃっとなんだか愉快な気分になっちゃったけど、アロイスの手が離れたところでハッと我に返った。いけない、いけない。何の話をしてたっけ。


「ルイズもだいぶ大きくなったし、飛行訓練の許可が出たんだ。空を飛ぶ練習、しような」

「ひこーくんえん?」

「そうそう。飛行訓練。空を飛ぶんだ」

「そらをとぶ?」


 ソラヲトブ……空をトブ……空を飛ぶ?

 空を飛ぶ!?


「とぶ! ルイズとぶ!」

「そうそう。ルイズが飛ぶんだ。やっぱりルイズはすごいな。もうほとんど言葉覚えたんじゃないか?」


 また頭を撫で撫で!

 近頃、ご飯をしっかり食べて、元気に運動もしているからか、私の身体はひとまわりもふたまわりも大きくなった。そのせいか、生まれたての頃はアロイスが抱っこしてくれていたのに、最近は抱っこできない代わりに頭を撫でてくれる。

 頭を撫でられてご機嫌でいれば、アロイスが笑った。


「この分だと、空を飛ぶのも早そうだなぁ。楽しみだね、ルイズ」

「たのしみだね! あろいす!」


 空を飛ぶ……相変わらず翼をパタパタさせても飛べない私だけど、何事も練習が肝心なのは経験上知ってる。

 そうと決まればアロイス! さっそくお外に行こう!






 アロイスに連れられて昨日ぶりのお外へ。

 竜騎士団の訓練場だっていうとっても広い訓練場には、騎士と飛竜がきちっと整列している。

 普段は自由に空を飛んだり、日向ぼっこしたりしている先輩竜たちが、団体行動並みに隊列を崩さずにいる姿は壮観だ。


「ルイズも大きくなったら、あそこに加わるんだよ。よく見ておきな」


 アロイスがしゃがんで、私の視線に近くなる。アロイスの指す方向にいる先輩竜たちを見ていると、不意にキィイイと耳鳴りのような甲高い音が聞こえた。

 思わず耳を押さえると、アロイスが笑う。

 それからその音が合図だったかのように、六匹の翼竜ワイバーンが一斉に空へと飛び立つ。

 さらにまた甲高い音。

 六匹の翼竜が飛んでいく。

 三回目の音の後は、火竜レッドドラゴンが五匹ずつ、三回に分けて空へと飛んでいく。

 規則的な音が鳴るたびに、頭上の竜たちは陣形を変え、高度を変え、チームを変え、大空を飛んでいく。

 すごい。

 すごかった。

 かっこよかった。

 前世、テレビとかで見ていたオリンピックの新体操とか、シンクロスイミングを見ているような感覚。

 綺麗に飛ぶ竜たちに、私は感動して。

 首が痛くなるくらいずっと空を見上げていた。

 そうすること小一時間くらい。

 最後の笛が鳴って、次々に竜が地面に降り立ってくる。


「休憩!」


 翼竜のシザーから降り立った隊長さんの声が響く。

 途端にくつろぎだす竜たちに、私も詰めていた肺の空気を吐き出した。


「どうだった? ルイズも飛んでみたくなった?」


 こくこくこく!

 私は高速で首を縦振り運動させた。

 飛びたい!

 私も飛びたい!


「ルイズとぶ! すごいとぶ!」

「おっ、やる気だな。それならさっそく、行ってみようか」


 アロイスが立ち上がる。どこかに移動するみたいで、私に「おいで」と声をかけてくれる。

 私はちょこちょこと歩いてアロイスの後ろをついていく。恥も外聞もない。あれほど四足歩行に抵抗のあった私も、お外での散歩を重ねるごとに、竜は四足スタイルが基本だって学んだからね。それに長距離移動のときは四足じゃないと、アロイスの歩幅に追いつけないし。

 アロイスは訓練場の中を突っ切っていく。

 沢山いる先輩竜達の合間をぬってアロイスが声をかけたのは、竜騎士のベランジェとその火竜のベルだった。


「先輩、ベル。おつかれさまです」

「おつかれさん、アロイス。来たのか」

「はい。ルイズのやる気がたっぷりあるうちにと思って」

「おっ、いいね。ルイズ、そんなに飛びたいのか?」

「とぶ! ルイズとぶ! すごいとぶ!」

「ははは! こりゃ威勢がいい! それじゃベル、頼むぞ」

『いいよー』


 ベランジェがベルの鼻先を撫でると、ベルは満足そうに喉を鳴らしてから、私を見下ろした。


『ちびちゃん、よろしく』

『よろしくお願いします!』


 私はドキドキしながら、ベルに頭を下げる。

 ベルは喉をグルグル鳴らして、私に答えてくれた。


「ちょっと待ってろ、隊長と話してくる」


 ベランジェが一人で離れていってしまう。そのさきを視線でたどれば隊長さんのところで、少ししたら戻ってきた。


「よし、じゃあ訓練の邪魔にならねぇようにあっちの方で練習するぞ。ベル、行くぞ」


 ベルがぐるる、と喉を鳴らした。

 私もふんすっと気合を入れる。

 アロイスはそんな私の頭を撫でて笑う……って、ちょっと! アロイス! ご褒美は後で!

 ふんす、ふんす、と鼻息荒く歩いて、私達一行は訓練場の隅にまで移動したんだけど。


「よし、ここならいいだろ。ベル、頼んだ」

『いいよぉ。ルイズ、飛ぶから、よぉく感じるんだよ?』


 ベルが羽を広げた。

 ぶわっと風が起こる。

 それから、翼を一回、二回打つと、ベルが空へと浮き上がった。


『翼をこうやって動かすんだ。長く飛べるかどうかは自分の体力次第。だからたくさん飛びたいなら、翼をたくさん動かす練習もしなくちゃね』


 風をはらませてぶわっぶわっと翼を動かすベル。

 そのたびに砂埃が舞い上がって、私は慌てて自分の翼で自分の顔を隠した。


「ルイズが可愛いことしてる!」

「翼の使い方が初手から間違ってるぞ」


 アロイスがいつもみたいに私を可愛いって言ってくれてる横で、ベランジェが余計なこと言ってる気配を察知した。

 アロイス先生の言葉の授業で「間違ってる」「違う」はよく聞くからね。翼って言葉も聞こえたし、私のこの砂埃ガードに対していちゃもんつけてるんだろうなと把握。

 そんなベランジェに翼を使って砂をかけておいてやった。ベランジェの靴がいい感じに砂だらけになった。


「おいこらアロイス! どういう躾してんだ! ちょ、靴の中砂利入ったぞ!?」

「珍しいな、ルイズがいたずらするなんて」


 アロイスとベランジェがやいのやいのと騒いでる。


『ルイズ、おさぼりは駄目だよ』

『はぁーい』


 ベル先生にも怒られちゃった。

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