はじめての成竜3(side.アロイス)
ルイズのお披露目は順調に進んだ。
初めて外に出る仔竜は、怖がって竜舎に逃げ帰るか、興奮して駆けて行ってしまうと聞いていたのに、ルイズといえば大人しく、和やかに、こっちが拍子抜けするくらいに穏やかに他の竜たちと交流をしていた。
「ルイズはすごいな。俺のベルとか、外に出た途端、目を輝かせて走ってったぞ」
「うちのは雨上がりの泥に突っ込んで超汚れた」
「お前らいいじゃねぇか。俺なんか竜舎から出すのに苦労してなぁ」
お披露目が終わった日の夜、アロイスが宿舎の食堂で食事にしようとしていれば、次々に先輩騎士たちに囲まれて、それぞれの竜のお披露目の話をふっかけられる。お披露目前から何度も聞いてた話なだけに、アロイスのあしらい方も雑だ。
「はいはい、先輩たち。わかったから。うちのルイズが羨ましいんだろ?」
「そうともいう!」
「くそう、俺もグラに名前を呼んでほしい!」
「イイ女捕まえやがって! 羨ましい!」
アロイスの所属する飛竜騎士の間では、ルイズの話題が尽きない。他の竜に比べて聞き分けも良く、何より人語を操るというのが、皆の興味をかっさらった。
「おうおう、飛竜の奴らがまた騒いどる」
「うちの新人だって期待のエースですからね。ね、テオドール」
「は、はい!」
食堂にちょうど地竜騎士のいち団が加わって、更に賑やかになった。
広かった食堂の人口密度が一気に上がる。
先輩騎士に期待の目を向けられたテオドールが、ぐっと背筋を伸ばしているのを見て、アロイスは笑顔を浮かべた。
「テオ、期待されてるな」
「よせよ。お前が言うと嫌味にしか聞こえねぇぞ」
「期待されてるのは僕じゃなくてルイズだよ。テオはちゃんと自分が評価されてるんじゃないか?」
「はぁー……この無自覚天然野郎め」
なぜ暴言を吐かれたのか分からなくてきょとんとすれば、テオドールはしっしっと手を振った。
「俺も飯食うから。またな」
「あいよ」
軽く挨拶をして、テオドールは配膳をもらいに食堂のカウンターに向かっていった。
アロイスも食べかけだった食事を再開する。
その間にも、先輩たちの話は止まらない。
「お披露目できたら次はお散歩だな。とはいっても、明日は基礎演習か」
「明後日は竜の世話の日だし、その日に散歩か?」
「あー、その日は言葉の勉強に当てます。散歩は次の竜訓練の日にするつもり」
「そっかそっか。言葉の勉強は順調か?」
「だいぶ物の名前は覚えたかな。簡単な文章なら言えます」
ルイズは食べ物の名前を中心に、よく使うような動作の単語も順調に覚えている。よくルイズの様子を見に来る人の名前もだいぶ覚えたし、半分くらいは雰囲気でこちらの話す言葉を理解しているような節がある。
「長年一緒にいれば、竜は人の言葉を覚える。意思疎通ができれば竜騎士として一人前だ。だが対話ができるなんてことは前代未聞だったからな。ルイズがもっと喋れるようになったら、シザーや他の竜の通訳を頼んでみたいものだな。俺に対する不満や、改善点など、聞けれるかもしれない」
隣のテーブルで食事を取っていたセザールの言葉に、全員がそちらを向く。一拍おいて、それが実現することの素晴らしさを理解し、食堂は興奮の嵐に包まれた。
「アロイス! がんばれ! がんばってルイズに言葉を覚えさすんだぞ!」
「話せるようになったら俺の竜に、俺のこと聞いてくれ! あいつよく俺の背中なめるんだよ! アレの意味聞いてくれ!」
「楽しみだなぁ! 来たるべき未来に乾杯!」
「乾杯!!」
ざわつく先輩の姿にアロイスは肩をすくめる。
そんなに期待されると、居心地が悪い。
だけどこうして馬鹿みたいに自分たちが騒げるのも、この国が平和だからだ。
こういう夜もたまにはいいものだと、アロイスは先輩たちに混ざって酒盃を上げる。
「あ、そうだ。アロイス。この間話してたローズドラゴンに関する記述のある本、思い出したよ」
「え、マジ?」
「こら、先輩に向かってその口の聞き方はない」
つい素で答えてしまったのを注意されて、アロイスはすみません、と謝る。
謝罪を受け入れた先輩騎士は、一枚のメモをアロイスに渡した。
「たぶんこのタイトルだったと思う。レッドドラゴンの生態に関する本で、その中の亜種項目があって、これまでに発見されたローズドラゴンについて書いてあったよ」
「ありがとうございます! 助かります」
アロイスの竜がローズドラゴンだと分かって、アロイスだけではなく飛竜部隊全員が驚いた。これまでの竜騎士団の記録の中にローズドラゴンを育成した記録などはなく、レッドドラゴンの亜種といえども、レッドドラゴンと同じ育て方でいいのか、誰もが見当もつかなかったからだ。
一応アロイスも、ルイズが生まれてすぐに一通りの竜に関する知識は総ざらいした。試験勉強に使った教材はもちろん、図鑑や論文もあさって、ローズドラゴンに対する知識を求めた。
けれども、そもそも希少種だからか、ローズドラゴンに関する記述は極端に少なく、どれも同じような記述ばかり。その上重箱の隅をつつくような作業のせいで、満足に欲しい情報が手に入っては来なかった。
それで、先輩たちにも相談して、これまで読んできたものの中でローズドラゴンに関する本がなかったか聞いて回っていたのだけれど。
アロイスは手に持ったメモを見る。
まだアロイスも読んだことのない本だった。
「これ、王城図書館ですか?」
「いや、民営図書館の方。好事家が集めてくれてる貴重本とかもあって、けっこう掘り出しもんがあるんだよ」
王城図書館はその名の通り、王城にある図書館だ。主に王族や官吏などが使用する図書館で、専門的な本が多い。騎士団のある場所からもそう遠くはないので、アロイスが調べ物をする時にはもっぱらそこを利用していた。
「民営図書館か……盲点だったや」
「次の休みにでも行ってこい。ついでにルイズ用に絵本でも借りてきたらどうだ? 王城図書館にはそういったもんはねぇけど、民営のならあるだろ」
「いいね! そうするよ!」
アロイスのアメジストの瞳がきらりと輝く。
ルイズに読み聞かせをする自分を想像して、ちょっぴり胸がくすぐったくなった。
まるで妹のように可愛いルイズ。
ルイズはどんな本が好きかなと、今から胸を弾ませた。
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