はじめての成竜1

 すくすくと順調に育つ私、ルイズ!

 アロイスが献身的に言葉を教えてくれるから、単語はだいぶ覚えた。でも竜の喉や口って人間と違ってしゃべることに特化していないのか、発音はまだまだ。


 そんな中、私も離乳食らしき柔らかご飯から、最近は葉物野菜とかもご飯にもらえるようになりました!

 もしゃもしゃと葉っぱを食べながらも、私って草食系なのかなとか思ったり。お肉、お肉食べたい。ジャンクなフードが懐かしい。


 カレンダーがないから、日付感覚がだいぶ薄れてきてる。二、三日に一回、アロイスが午後のお世話をしない日を指折り数えれば、もうとっくに両手両足じゃ足りない数になってる。たぶん、三ヶ月以上、経ってるんじゃないかなぁ。


 この三ヶ月、私の世界はこの柵に囲まれたお部屋だけ。

 随分前に柵を超えて冒険に出かけたけど、あの時大騒ぎになったから、二回目の冒険はしていない。そろそろこのお部屋にいるのも飽きてきたなぁなんて思いながら、寝藁の藁の数を数えるような日々。退屈は猫を殺すなんて言うけれど、猫だけじゃなくて竜も殺すと思う。


 そんなある日のこと。


「ルイズ、今日からお外解禁だ。仲間たちに挨拶に行こう」


 アロイスが笑顔で私を手招きする。

 今日はアロイスが遊んでくれる日だけど、言葉のお勉強だと思っていたのに、なかなかアロイスが柵のこちら側にこない。

 それどころか、柵の向こう側で手招きしている。

 んんん?

 これ、行っていいの? いいのかな? おいでってことだよね?

 アロイス、こういうときに限って私の知らない言葉を話すから、ちゃんと聞き取れないし。もう、そっちに行けばいいの?


「ルイズ、おいで」


 アロイスがしゃがんで手を叩く。

 そして知っている単語に、私はようやく踏み出した。

 よくわからないけれど、アロイスがおいでって言ってるからそっちに行こう。

 アロイスのところまで行くと、アロイスは私を柵から出す。え? 柵から出てもいいの?


「おいで、ルイズ」


 気がついたらアロイスだけじゃなくて、タイチョーさんもいるし。

 アロイスがタイチョーさんと並んで歩いていく。ちょこちょこと後ろを振り返って私に「おいで」ってするから、私はそれについていった。


 そして、私が今まで閉じこもっていた建物の外へとあっさり出てしまう。

 私が最初に感じたのは、まぶしい、だった。

 それから土の匂い。

 からりと晴れた空はどこまでも青くて、明るい土の色とともに目の前に広がるのは、広いグラウンドのような場所にいっぱいいる、カラフルな生き物たちで。


 ……なにあれ!? 恐竜!?


 プテラノドンの亜種? なんて冗談は胸の中へ。

 私は彼らを表現するまたとない言葉を知っている。

 これはもう、見間違えようもなく。


『竜だぁー!』


 なんてファンタジー!

 というか私もそれっぽい生き物だなって思ってはいたけど!!

 こんなにお仲間さんがいたのに気がつかなかったなんて、私の目は節穴か!


「ここにいるのは飛竜種で、ルイズの仲間だ。仲良くするんだぞ」

「ひるうちゅ? なかま?」

「飛竜種はルイズのこと。羽がある竜だ。仲間は、そうだなぁ……友達?」


 ヒリュウシュ……私のことってことは、私の種族名的なものかな? それとナカマは友達……仲間ってことか!

 私の何倍も大きいし、竜によってはアロイスが三人乗れるくらい大きな竜もいる。すごいなぁ、大きいなぁ!

 それに何より、一番羨ましいのは。


『空を飛んでる……!』


 大空を行き交う竜たちに目を奪われる。翼を広げて、のびのびと風に乗る姿がひどく羨ましくて。


 私も飛びたい。

 私も自由に羽ばたきたい。

 私も空を飛んでみたい!


 空を見上げてバタバタ翼を動かしていると、アロイスが笑いながらしゃがんで、私と目線を合わせてくれた。


「ルイズも飛べるようになるよ。飛び方は先輩たちに教えてもらいな」


 アロイスが指をさす。

 空を飛んでる竜のうち、一匹がこちらに降りてくる。


「隊長、おつかれさまです。アロイスもおつかれさん」

「ベランジェもご苦労。ベルもかなりよく飛ぶようになったな。ついこの間試験をして、本隊入りしたばかりだと思ったんだが」

「三年も前の話ですよ。うちのベルももう六歳です。ひよっこじゃあありませんよ」

「そうだったな。期待しているぞ」

「はっ!」


 私の頭上で男三人が言葉を交わしてる中、私は彼らの言葉を聞き取るよりも、目の前にいる大きな存在の方に目が釘づけになってしまった。


 鱗は赤くて、翼の骨格に沿うように鉤爪みたいなのがある。私の翼も角ばってるけどあんなに尖っていないし、鱗なんて私が白桃色に対して、かなり渋いワイン色のような感じ。よく見れば、尻尾はハンマーみたいに膨らんでる。


 すごいなぁ。かっこいいなぁ。

 私、前世も今も女の子だけど、憧れちゃうくらいにかっこいい。

 そんな竜が、鳴いた。


『私よりもちびちゃんがいる。はじめまして。言葉、分かる?』

『えぁっ!? しゃべった!? しゃべるの!?』

『おかしいの。あなただってしゃべってるじゃない。私はベル。よろしくね』


 初めての会話! ちゃんとした意思疎通!

 やったぁ! 私はちゃんと文明圏の中で生まれていた!


 感動のあまりに打ち震えていれば、ベルって名乗った竜から『お名前は?』って聞かれた。

 だから私は。


「るいじゅ」


『えっ』


 最近の特訓の成果を見せてやろうと思えば、ちょっと噛んじゃった。恥ずかしいって思うよりも早く、ベルがびっくりしたように声を上げる。


『あなた、人間の言葉をしゃべれるの?』

『がんばって覚えたよ。ベルはしゃべれないの?』

『無理だよ。音の出し方わかんないもん』


 私はきょとんとした。

 あれ? 音の出し方?


『普通にしゃべればいいよ? 練習すればできるよ? というか、今だって私達、しゃべってるじゃない』

『そうだけど……私たちは別に音に意味を持たせないよ。あなたが聞いているのは音に乗せた思念波だよ』

『えっ?』


 今度は私が驚く番。

 どういうこと??

 私、普通にしゃべっていたと思ったんだけど??


『あなた、生まれていくつ?』

『たぶん三ヶ月くらい』

『すごいね。私が三ヶ月の頃って、まだ思念波できなかったもん。先輩たちに教えてもらってからだったな。あなた、一人で覚えちゃったの? すごいね』


 私、なんかすごい天才児童みたいな扱いをされてしまった。

 居心地が悪くてついつい視線をさまよわせていれば、ベルは鋭い牙をキラッと見せてくる。たぶん、笑ってる、のかなぁ?


『まぁ私としても、思念波覚えてくれているならやりやすいよ。これを教えるの、絶対大変だって思ってたから』

『そっか。それならよかった』

『そうそう、ルイズ。ルイズはもう飛べる? 思念波を覚えたら、次は飛ぶんだよ』


 ベルの言葉に私は目を輝かせた。

 飛べる!? 私飛べるようになる!?


『まだ! 練習はしてるけど、全然なの!』

『なら私が教えてあげる。ベランジェがアロイスにつくなら、ちびちゃんに色々教えてあげるのは、私の役割になるもんね。一緒に立派な竜騎士を目指そうね』


 はぁい、と元気よく返事をしようとして気がついた。

 竜騎士??


『竜騎士?』

『あ、竜騎士は知らないんだね』


 知らないことがまた一つ。

 疑問符を頭に浮かべていれば、ベルが親切に教えてくれた。


『私たちはアングィス王国竜騎士団の竜。あなたは私と同じ、“翼を持つもの”だから、飛竜部隊のいち員だよ』


 待って待って、ちょっと待って、情報過多。

 アングィス王国? 竜騎士団? 翼を持つもの??

 それになにより。


 私、知らない間に、知らない団体の仲間入りを果たしてたの!?

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