はじめての言葉2(side.アロイス)
まさか、ルイズが人語を話すなんて思ってもいなかった。
驚きのあまりに最初はひっくり返って、それからすぐにこの驚きと興奮を胸にいっぱいに詰めたまま、アロイスは自分の上司である飛竜部隊長に報告したら、周りも驚いていた。
その日から、知能の高いと言われるローズドラゴンに言葉を教えるようにと命令が下ったので、アロイスは根気よくルイズに言葉を教えるようになった。
「これはりんご」
「こりはりーご」
「りんご」
「りーご?」
「りんごだよ」
「りんごだよぉ」
「ルイズはすごいな! りんごが言えた!」
満面の笑顔でアロイスはルイズの頭を撫でた。ルイズは気持ちよさそうに目を細めて、アロイスのされるがままだ。
命令が下ってからアロイスは、午前の竜の世話の時間はできるだけルイズに話しかけるようにし、午後の竜の世話の時間は集中してルイズに言葉を教えている。
周囲は最初はただ言葉を繰り返しているだけだろうとも思っていたものの、ルイズはとても賢くて、ちゃんと言葉の意味も理解した。物の名前を教えれば、ちゃんとその名前とものが紐づいている。ただ、発音が難しいのか、言葉はどうしても舌足らずになりがちだ。
「あろいしゅ、りんご、たべう」
「すごい! ちゃんと文章になってる! あぁ、もう、ルイズ天才! かわいい!」
教えてもないのに、りんごを食べるものだと言えたルイズに、アロイスは破顔した。ルイズの賢さは他の竜の追随を許さない。ルイズより先に生まれたはずのテッドですら、トイレやご飯の躾がうまくいかないとテオドールが嘆いているくらいなのに、ルイズは教えられるまでもなくトイレの位置も覚えたし、ご飯を待つことも覚えた。むしろご飯に関しては真っ先に覚えた言葉で、おねだりされることすらあるくらい。
天才すぎる自分の竜に、アロイスが夢中になるのも仕方なくて。
最近では非番の日ですら竜舎に入り浸るアロイスの姿に、先輩の竜騎士たちは呆れながらも優しく見守ってくれていた。
「だいぶ歯も生えそろったなぁ。そろそろ固形物もいけるかな。竜の成長ってはやいなぁ」
ちょっとごめんよ、と言いながら、アロイスはルイズの口にちょっと指をひっかけて、口の中を覗き込む。ぱかーと口を開けてくれたルイズは、先輩騎士でもうっかり噛まれることも多い状況だというのに、アロイスが怪我をしないように器用に口を開けてくれている。
「ルイズは本当にかしこい。すごいなぁ。君が僕の竜で鼻が高いよ」
歯並びのチェックを終えたアロイスは、ルイズの頭を沢山撫でてやった。こうするとルイズは嬉しそうに背中の翼をパタパタとさせる。
「ご飯が一人前になったら、外に出ような。そうしたら飛行訓練を始めて……早く大きくなって、君の背中に乗せておくれよ」
アロイスは言葉のお勉強のご褒美に、手に持っていたりんごをすりおろしてやる。ルイズはちゃんと待てができて、アロイスの「よし」の合図でりんごを食べ始めた。
その様子を見ながら、アロイスは一つだけルイズに感じている懸念を思う。
ルイズは体が小さい。他の飛竜に比べて、生まれたときのサイズが二周りほど小さかった。
アロイスは竜の幼体を見たことがあまりない。でも先輩の話を聞いていると、やはりルイズは小さく生まれたようで、このままだと細身の男を一人背中に乗せれるかどうか、のサイズ感だった。
アロイスは身長は高いけれど、筋肉は無駄なくついているおかげで見た目からしてゴツくはない、着痩せするようなタイプだ。飛竜騎士向きの体つきをしているので、竜騎士の試練でも飛竜が多く生息する地域を目指して卵を取りに行った。
だから無事に飛竜が孵ってくれて嬉しくはあったけれど、ルイズの体の小ささを見ていると、防具や武器のフル装備の状態で乗れるようになるのか不安になる。
こればかりはルイズの素質なので仕方ないのだけれど。
「ルイズ、おいしいかい?」
「あろいしゅ、おいちいかい?」
「あはは、違う違う。おいしい。りんごは美味しい」
「おいちー?」
「そう、おいしい」
「りんごはおいち?」
「そう! りんごはおいしい!」
「りんごはおいちい!」
きゃっきゃっとルイズが楽しそうに言葉を紡ぐ。
アロイスの言葉を繰り返してくれるのがたまらなく可愛くて、今々考えていたような懸念も全部吹き飛んだ。
「ルイズ可愛い、本当に可愛い」
「ルイズかわいい! かわいい!」
「くっ、もう可愛いがすぎる!」
思わずルイズを抱きしめて、寝藁にダイブした。ルイズがピィイって鳴きながらも楽しそうにアロイスにひっついてくる。
「アロイスー? また親バカ炸裂してんの?」
「親バカとは失礼だな。自分の竜を可愛がって何が悪いんだよ」
「悪くないけど、お前のそれは行き過ぎだろ。見ろよ、俺のテッド。今日もマイペースにご飯を食べ散らかしてらぁ……」
「おつかれ」
ぐったりとしながら、テオドールがルイズの柵の前を通りかかる。竜騎士の試練で負った怪我も順調に快復してきたのか、テオドールが首から吊っていたギプスは外れている。
掃除用具を片づけているテオドールを見ながら、そうだとアロイスは思い出した。
「テオ、テッドのお披露目っていつか決まった?」
「来週かな。だいぶ食事も普通に取れるようになってきたし。ディオン隊長には、これなら他の地竜に引き合わせても大丈夫そうだって言われたぞ」
「ってことは……順調に行けばルイズは三週間後くらいかな。歯は生えそろってきたけど、固形物はまだ早いか……」
「柔らかいものならいいんじゃないか? 地竜と飛竜だと成長速度違うし」
テオドールの言うとおり、地竜と飛竜では成長速度が違う。飛竜は地竜に比べて小柄ではあるものの、成熟の速度が早い。地竜も飛竜も三年で成竜になり、人を乗せるようになるけれど、飛竜は三年かけてゆるやかに成長するのに比べ、地竜は最後の一年でぐんっと成長する。
飛竜であるルイズが、地竜のテッドより後に生まれたからと言って、テッドより先に成長するというのは十分あり得る話だ。
「一応後でセザール隊長に見てもらって、大丈夫そうなら、野菜を食べさせてみようかな」
「そうしろ、そうしろー」
「そうと決まれば、ルイズ、もう少し勉強しようか。野菜の名前、覚えような!」
「ピピィ!」
ピィピィ鳴くルイズごと起き上がると、テオドールの羨ましそうな視線とかち合った。ふと思い立ったアロイスはルイズの視線を誘導しつつ、テオドールを指差す。
「テオドール」
「ああ?」
「アロイス」
「あろいしゅ?」
「ルイズ」
「るいじゅ!」
「テオドール」
「ておどーりゅ?」
順繰りに指を差して、名前を挙げていくと、ルイズは心得たかのようにテオドールの名前を呼んだ。ちょっと舌足らずだったけれど、うまく発音できている。
「そうだよ、ルイズ。彼はテオドール。僕の友達だ」
「るいじゅ、かりはておどーりゅ。ぼきゅのとみょだちだ」
「そうだよ! 友達! テオドールは友達」
「ともだち。ておどーりゅはともだぁち!」
きゃっきゃっとアロイスの言葉を繰り返すルイズ。
その様子を柵の向こうから見ていたテオドールは、呆気にとられる。
「……お前、いったい何を仕込んでるんだ……」
「ルイズにテオは友達だって教えてる」
「いや、そんなこたぁどうでもいい。変なこと覚えさすな」
「変なことじゃないよ。大切なことだ。な、ルイズ」
アロイスは笑顔でテオドールの抗議を封じると、せっせとルイズに自分とテオドールは友達だと刷り込ませた。
その姿を見ながら、付き合ってられないとテオドールは自分の竜がいる隣の柵へと戻っていく。
その耳が恥ずかしそうに赤く染まっていたのを、アロイスは見逃さなかった。
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