はじめての言葉1

 私はルイズ。

 そろそろ前世よりもこっちの竜の姿に慣れて来た。


 私が竜として生まれて一ヶ月。

 餌がミルクから柔らかくふかしたお芋やすりおろした果物になった。順調に成長していくにつれて、ちょっとずつ前世のことでめそめそすることもなくなってきた。


 やっぱりね、あれだよね、急に自分が死んだなんてこと自覚しても受け入れられるわけないっていうか。


 でも現状、食べるものも寝ることも困らず、しかも飼い主はイケメンでいつも笑顔で接してくれちゃえば、ほだされることもあるというか。


 ええ、ええ、素直に言いますと、アロイスのあの満面笑顔にほだされました! あの笑顔見ると、暗くどんより沈んでいた思考も浮上しちゃうんだから! もう、私の飼い主テライケメン!


 というわけで、私もこの世界に馴染むためにせっせとこの一ヶ月を過ごしてみたんだけど。


 ようやく、ようやくだ。

 一ヶ月かけて、ほんの、すこし、ほんとーに、すこしだけ、人間っぽい話し方ができるようになった気がする!


 最初はぴぃぴいしか言えなかった私も、歯が徐々に生え揃い始めたのと、深夜の秘密の特訓が功を奏して、たぶん! たぶんだけど、意味ある言葉を紡げるようになったと思う!


 とはいえ、意味まで分かって言えるのはまだ一言、二言だけ。

 それが。


「あろいしゅ、ごひゃん」

「!?!?!?」


 アロイスが度肝を抜かれてひっくり返った。

 わぁ、見事なコケっぷりー。


「えぇ!? ルイズ、今しゃべった!? しゃべったの!?」

「あろいしゅ、ごひゃーん」

「うわ、すごい! ルイズ天才! えっ。ちょっ、隊長隊長隊長!!」


 ご飯をおねだりしたら、ドタバタしながらアロイスがどっかに行っちゃった。ええ、ご飯……。

 あんまりにも驚いたのかなんなのか、私のご飯も一緒に持っていかれちゃって、ちょっとしょんもり。


 あれかなぁ、もしかして私、ご飯のおねだりしたつもりが、全然違う言葉だったとか?

 難しいよー。せめて教科書みたいなのがあればもうちょっと理解度も高められるんだけどなぁ。


 ご飯がもらえずに不貞腐れていれば、風のように飛んでいったアロイスが帰ってきた。

 ……なんかいっぱい人をぞろぞろと引き連れて。

 しかも私、その人たちに囲まれて。


「本当にルイズがしゃべったのか? 聞き間違えじゃないか?」

「本当ですって! しゃべりました!」

「ローズドラゴンは魔法を覚えちまうくらい知能が高いとはいえ……人語をしゃべる竜なんて聞いたことねぇぞ」


 なんかアロイスより大きい、筋骨隆々の人が私を見ながら何事かを言ってる。うぅん、発音は聞き取れても、やっぱり意味まではわかんないなぁ。

 じっと私を取り囲む人たちを順繰りに見渡していれば、アロイスが私の前に膝をついた。


「アロイス、ごはん」


 ん?


「アロイス、ごはん」


 アロイスが辛抱強く、繰り返す。

 もしやこれは?


「あろいしゅ、ごひゃん」


 ざわっ!


「しゃべった! しゃべったぞ!?」

「だから言ったよ! ルイズがしゃべったんだって! 本当だったろ?!」

「はぁー……。これ、勉強させれば竜との会話ができるのか?」


 ざわっ。


 すごいざわつき。

 私の名前が出てるけど、なになにー? 私が何ー?

 ざわつく人たちの中でくるりと首を巡らせていれば、アロイスがしゃがんで頭を撫でてくれる。ふふふ、なんだか褒められてるみたい!


「隊長、次の竜の世話の時間、ルイズに言葉の勉強させてみてもいいですか?」

「やってみる価値はあるな。アロイス、試しにやってみろ」

「了解です」


 アロイスが私の頭を笑顔で撫でてくれる。

 なんだかわからないけど、アロイスが嬉しいと私もなんだか嬉しい!

 人の笑顔って、心の栄養なんだよ!


 私もにこにこと笑っていると、ようやく撫で撫でに満足したのか、アロイスがご飯をくれる。

 その頃には人もまばらになっていて、私も落ち着いてご飯であるすりおろしりんごをゆっくりと食べることができた。

 甘くてさっぱりしていて、おいしー。






 ご飯が終われば、アロイスはお部屋のお掃除を始める。

 てきぱきと床をほうきで掃いて、藁の具合を見て、必要だったら新しいものに変えて。


「ルイズは賢いな。生まれてから一回も粗相したことないもんな」


 なんだろう、アロイスが今、私の羞恥をかきたてるようなことを言った気がする。言葉は分かんなくても、その視線が熱心にご不浄を見ているからかな。そんな汚いところガン見しないでよ!


 お掃除が終わればお風呂だ。

 贅沢にも朝風呂です!

 私はちっちゃいから、アロイスが桶いっぱいに水をそそいでくれて、そこで身体を洗ってもらえるの! ちょっと乙女としては羞恥心をかき立てられることもあるけど、体を綺麗にしてもらえるのはありがたい。


 そこまでしたら、アロイスはいなくなる。

 お昼にはまだ早い時間。この時間のアロイスが何をしているのかがいつも不思議。しばらく後に戻ってきて、私と游んでくれることが多いけど、二、三日に一回は夜の御飯の時間まで会えずじまいになる日も多い。


 アロイスって何をしている人なんだろう。

 私だけのお世話係……ってわけじゃなくて、動物園の飼育員さんなのかな? それで他のエリアの動物のお世話に行ってるとか?


 アロイスのこと、もっと知りたい。

 もっとおしゃべりしたい。

 だから早く、たくさんの言葉を覚えたいな。

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