はじめての脱走3(side.アロイス)
夜、すっかりと寝静まった騎士の宿舎の中、突然ドンドンとアロイスの部屋の扉が叩かれた。
「おい、アロイス! 起きろ!」
反射的に飛び起きて、素早く枕元に立てかけていた剣を手に取ったアロイスは、すぐに扉を開ける。
「なに!」
「うぉっと。あ、いや、そこまで鬼気迫ってはないから、とりあえず剣を置け」
アロイスの部屋の扉を叩いていたのは、先輩騎士のベランジェだ。
とりあえず火急のようじゃないということで、アロイスはほっと息をつく。
それから困ったように頬をかくベランジェを見やった。
「叩き起こされたからびっくりした。どうしましたか?」
「いや、俺、今日竜舎の宿直なんだけど。ルイズが」
「ルイズになにかあったんですか!?」
ルイズの名前を聞いた瞬間、アロイスが顔色を変える。
ずいっ、とベランジェに詰め寄ると、ベランジェは一歩下がりつつ、笑った。
「あー、ちょっとしたイタズラだ。アイツ、器用なことに、まだ飛べねぇのに柵を乗り越えて、脱走したんだよ」
「脱走!?」
アロイスの声が裏返る。
ローズクオーツのように愛らしい白桃色の竜の幼体を思い浮かべて、それからハッとした。
「探しに行きます!」
「あ、いや、大丈夫。まだ竜の宿舎の中にいる。というか、テッドの柵の中にいるから、元の柵に戻してほしいんだが」
「そういうことですか」
アロイスはようやく自分が起こされた理由を知って、ホッとした。
朝からぐずって、昼間にはキャッキャッと遊んでいた可愛い子ちゃんのとんでもないお転婆に、今更ながら笑いがこみ上げてくる。
「レッドドラゴンは元気な子が多いと聞くけど、やっぱローズドラゴンもやんちゃなんですね」
「みたいだなぁ。これ、飛べるようになったら、大変だぞー」
「先輩の竜も大変でしたか?」
「大変だった。外に連れてくとすーぐ飛んでいっちまうからな。まぁ、お腹すいたら戻ってくるけど」
「そうですか」
飛竜あるあるを聞きながら、アロイスは一旦部屋に引っ込むと、夜着代わりのシャツの上から、上着を羽織る。髪も適当に結んで、部屋を出た。
「はぁー、でもお前が飛竜部隊入ってくれて良かったよ。前回の試練は地竜ばっかで、未だに飛竜部隊の最年少、俺だったし。俺もようやく先輩面できる」
「なんですかそれ。先輩面して楽しいんですか?」
「楽しい。二十五にもなって飛竜部隊の末っ子扱いはけっこうしんどい!」
「末っ子って」
何やらベランジェはエリート中のエリートである竜騎士団の飛竜部隊にいながら、その立ち位置に不満があったらしい。で、そこにアロイスという新米が収まったと。
……まぁ、部隊メンバーの仲がいいことは良いことなので。
二人で並んで歩きながら、宿舎の隣りにある竜舎に入ると、他の宿直当番だった竜騎士と、テオドールもいた。
「ようやく来たか。アロイスー、ルイズ連れてけ」
「ごめんよ。迷惑かけて」
「これくらいのいたずらは可愛いもんだ。テッドと喧嘩してるわけじゃなかったしな」
「そっか」
テオドールにあくび混じりに告げられて謝れば、テッドと一緒にいた竜騎士がからからと笑う。
「ルイズー、ほら、寝床に戻りな」
テッドの柵を覗きながら声をかけると、ピピィ? とルイズが振り向いた。それがまるで「なぁに?」って言ってるようにも聞こえて、アロイスは思わず笑ってしまう。
柵の中に入ると、アロイスはそのまま、テッドのそばにちょこんと座っていたルイズを抱っこした。バタバタと翼を動かすルイズだけど、暴れる様子でもなくてほっとする。
「大人しい性格だと思ってたら、こんなやんちゃするなんて。ルイズはお転婆娘だなぁ」
ピピィと鳴きながら、ルイズがパタパタと翼を動かす。
その様子が「だってだって〜」と駄々をこねる子供のようで、アロイスはついついほだされてしまう。本当は叱るつもりだったのに。
「ほら、ルイズ。君の寝床はこっち。ほら、おやすみよ」
よいしょとルイズの柵に戻って、彼女を寝藁の上に寝かせた。
「幼体のうちから男と同衾なんて、おませさんもいいところだ」
そうつぶやきながらルイズの体から手を離そうとすると、ひしっとルイズがアロイスの服にひっついた。
どうやらまだ、離れたくないらしい。
「うちの子かわいい!」
「アロイス?」
「僕今日ここで寝る。ルイズがぐずって離してくれないんだ」
ぽすっとルイズを抱っこして寝藁に仰向けにダイブしたアロイスを見て、様子を見ていたベランジェたちが怪訝そうな顔をする。それから呆れたように笑われた。
「あんまり甘やかすなよ」
「いいじゃないか。また脱走しても困るだろ?」
「まぁな。仕方ねぇ、後で毛布持ってきてやるよ。テオドールも夜中の呼び出しすまなかったな」
「あ、いえ、大丈夫っす。アロイス、風邪ひくなよー」
そういってベランジェたちは竜舎の宿直室に、テオドールは宿舎に戻っていく。
アロイスはごろんと寝藁に寝っ転がると、お腹の上に乗っかっている仔竜をみた。
アクアマリンの瞳が、くるんと輝いている。
「ルイズは可愛いな。僕のお姫様。早く大きくなりなよ」
言葉が通じているとは思わないけれど、なんだか恥ずかしそうにルイズがもじもじする。その背中を撫でてやりながら、アロイスはお日様のような温かい笑顔を浮かべた。
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