はじめての脱走2

 よっこいしょと幼稚で短い腕と足を駆使した私は、なんとか柵の上まで登頂することに成功し、足元をみて、ちょっとだけ腰が引けた。

 お、思ったより高い……!

 ごくりと喉を鳴らす。

 いやいやいや、でもこれくらいなら跳べる? 着地できる? できるよね? いけるよね??


『むりー! とおいー! たかいー!』


 早まった!! 私には早かった!!

 かといってこのままガクブルとここにいるのも怖い! 高い!!


『えーい、女は度胸!!』


 大丈夫! 前世の私は運動神経そこそこ良かったから!!

 そいやっ、と気合を入れて飛んでみた。

 アイ・キャン・フライ!

 するとまぁ、不思議なこと。

 ふわっと風わが私の周囲にまとわりつく。

 仕方ないなぁっていう気配とともに、身体が軽くなった。


『おっと?』


 パタパタパタ。

 ゆるゆる、ふわふわと、葉っぱが落ちていくような緩やかな下降。

 わ、私、なんとか飛んでる……!?

 とはいえ、ジャンプした高さ以上の高度は出ないで、落ちるだけなんだけど!!

 感動とともに危なげなく着地した私はととと、と隣の柵に移動してみる。

 すると、茶色くてちょっとゴツゴツしたオオサンショウウオみたいな生き物を見つけた。


『え、おっきぃ』


 オオサンショウウオがこっちを向く。

 眠たげな目をこすりながら、こてんと首を傾げた。


『ねぇねぇ、あなた、だぁれ? 私はルイズ。お名前は?』


 わくわくしながら聞いてみる。

 するとオオサンショウウオはのっそりと首をもたげたけど、すぐに興味を失ったように目を伏せた。

 え、ガン無視??

 こうなればすぐそばにまで行ってみよう。大丈夫。猛獣ならこんなところにいないはず。そして見た目的に私と同類……その、トカゲっぽいところとかが?

 よいしょと柵を乗り越える。

 よじよじと登頂を果たして、またぴょんっと跳んでみる。さっきと同じでふわっと風が起こって、一生懸命翼をパタパタさせれば、下降速度が緩やかになった。

 てとてととオオサンショウウオに近づいてみる。

 ぬるぬるテカテカしてないだけで、見れば見るほど、オオサンショウウオ。目をパッチリさせれば、ちょっと恐竜っぽくてかっこいいかもしれないけれど、今は眠そうな半眼だ。


『あなた、ここで何しているの? あなたもここで飼われているの? 私より先にここにいたのよね? ここにどうして飼われてるのかわかる? 競走馬ならぬ、競走竜にでもされるのかな、私達』


 同族っぽい生き物を見つけたので、せっかくなので聞きたいこと全部をぶつけてみた。

 だけどオオサンショウウオはぱちりと目を瞬くだけ。


『ねぇ、なんでもいいからおしゃべりしましょうよ。それともやっぱり言葉が通じないの? 言葉が通じないなんて、寂しいよ』


 やっぱりこれだけ見た目がかけ離れていれば、話ができないのかもしれない。しょんもりと肩を落としていれば。

 ふっと頭上に影がさした。

 顔を上げれば、アロイスと一緒にいるのをよく見かける、腕を骨折している人。

 じっと見上げていると、眠たげだったオオサンショウウオがのそっと起きた。


「テッド、大丈夫か? 喧嘩はしていないな? よしよし、眠いとこ悪かったな」


 オオサンショウウオが頭を撫で撫でされてる。

 こころもち、嬉しそう。

 あれかな、この人、このオオサンショウウオの飼い主?

 テッド、テッドって繰り返し呼びかけてあげてる。このオオサンショウウオはテッドって名前?

 じっとその様子を見ていると、更に人の気配が増える。


「ルイズー、ほら、寝床に戻りな」


 名前を呼ばれた気がして、振り返る。

 いつもの格好とは違う、簡素なシャツにカーディガンみたいなのを羽織ってるアロイスと目があった。柵の向こうから私を呼んだみたい。

 そのままじっとしていれば、アロイスも柵の中に入ってくる。それからひょいっと私を抱き上げちゃった。


「大人しい性格だと思ってたら、こんなやんちゃするなんて。ルイズはお転婆娘だなぁ」


 またルイズ、って呼んでくれた! なになに、私が何〜!

 言葉が通じないって不便! なになに、私悪口言われているの? それとも叱られてる??

 ……心当たりしかないね! 自分の小部屋? にいなくて別のとこにいるんだもん!


「ほら、ルイズ。君の寝床はこっち。ほら、おやすみよ」


 また私の名前を呼びながら何事かを言って、アロイスは私の元いた場所へと戻って、私を寝藁の上に置こうとした。


「幼体のうちから男と同衾なんて、おませさんもいいところだ」


 なんか言われてるけどよくわかんない。

 ただ、なんとなく離れがたくてひしっとアロイスの服にひっついてみた

 一瞬、フリーズしたアロイスだけど、満面の笑顔を浮かべてくれる。


「うちの子かわいい!」

「アロイス?」

「僕今日ここで寝る。ルイズがぐずって離してくれないんだ」


 ぽすっと私を抱っこして寝藁に仰向けにダイブしたアロイス。あ、まだいてくれる? 一緒に寝てくれる?

 アロイスの体の上をのそのそ動きながら、寝心地のいい場所を探す。ふぁあ、人肌あったかい……。

 うとうとしちゃって、ついついあくびが。

 今日はたくさん冒険したなぁ。

 せっかくお仲間さんっぽいのを見つけたのに、お話ができなかったのは残念だけど……ううん、これはやっぱり本格的に私が人間の言葉を覚えたほうが早い?

 そうしたら、私、アロイスとお話できて、寂しくないかなぁ?

 決意を新たに、私はアロイスの匂いにつつまれて、夢の世界へと旅立った。

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