はじめての脱走1
どうやら自分がいた場所は棺桶じゃなくて、卵の中だったみたい。
そんなことに気づくのにおよそ三日。
さらに自分はいわゆる竜という生き物なのでは? と認識するのにさらに一週間。
そして自分の育ての親はあの銀髪ハーフアップのイケメン男子……アロイスっていう名前なんだって気づいたのはたった今。
絶賛私、見世物パンダ中。
入れ代わり立ち代わり、飼い主であるアロイスと同じ服装の人たちが、私のいる部屋? 小屋? みたいな石壁の個室に置かれてる、私の寝藁をのぞき込んでいくのを、ぼけぇっと見上げてる時に気づいた。
皆、あのイケメンに「アロイス」って呼びかけてるんだよね。そのたびに彼が反応して何かしら会話に応じてる。
う〜ん、会話聞き取りたいけど、発音はわかっても単語の意味がわからないから、言語理解への壁は分厚いです。
日本じゃまず見られない色んな髪色の人たちが代わる代わるやってくるのを見て、私は悟った。
もうこれはアレです。
完全無欠の異世界転生。
やっぱり私、あの電車事故で死んだらしい。
なんともあっさりとした死に際か。
日本に残してきた両親や友達のことを思うと涙が出てくる。
いや、比喩じゃなくてマジで涙出てきた。
「おい、アロイス! ルイズが泣いた!」
「えぇ〜? ちょっと、うちの子泣かせないでくださいよ」
「いや、何もしてねぇって!」
「隊長の顔が怖かったんじゃないですか?」
なんだかやいのやいの言いながら、人混みをかき分けてアロイスがやってくる。
それから笑顔で私を抱き上げてくれた。
うわぁん、人肌恋しい〜!
「よしよし、どうしたんだい。お腹減ったのかな?」
「朝の飯、ちゃんとやったのか?」
「あげてるよ。十分にご飯はやってるけど、少食なのか、テッドの半分も食べないよ」
「飛竜種だもんな。地竜種と比べたら、そらぁな」
イケメンに抱っこされてメソメソ泣く私。
ピィピィ言ってるのが自分の鳴き声だって言うのにも慣れました!
アロイスはそんな私を抱っこして、その胸に抱きかかえてくれる。ゆらゆら、とんとんと、優しくあやされれば、私の涙も引っ込んだ。
温かいし、いい匂い。
恥も外聞もなく、べとっとアロイスの胸にしがみつく。
すんすん鼻を鳴らせば、アロイスの笑い声が聞こえた。
「泣き止んだな。可愛い子が帰ってきた」
「はぁ〜、アロイス、その笑顔反則。それ、他の女にやったらイチコロだな」
「は? なにが?」
「ここがむさ苦しい男所帯で良かったなって話」
頭上でかわされる会話。
何を言ってるのかさっぱりだけど、アロイスの名前が出て、ひょいっと顔を上げた。
じぃっとアロイスを見上げる。
アロイスは私の視線に気づくと、アメジストの瞳を細めて、笑った。
「どうしたんだい、ルイズ。やっぱりお腹すいたのかな。ご飯食べる?」
ルイズ。
そう、ルイズ。
ルイズっていうのが、私の名前。
アロイスは私にルイズって呼びかける。ここにいる人たちも私のことをルイズって呼ぶ。だから私はルイズ。
ルイズ、なんだけど。
『……わたし、ルイズじゃないよ』
私の名前は別にある。
生まれ変わったから意味がないって言われても、前世、愛情を込めて育てられた名前がある。
でも私は、それをアロイスに伝えるすべはなくて。
ルイズって呼ばれるたびに、前世の私が消えていくような気もして、悲しくなる。
あぁ、だめだなぁ。センチメンタル。
またぽろぽろと涙が出てきた私に、アロイスがまた私をあやしてくれて。
「今日ちょっと機嫌が悪いかも。隊長、基礎鍛錬、遅れてもいいですか?」
「いいぞー。竜との絆形成がお前とテオドールの一番の任務だからな。テオドールもついでだ。二人共、今日は一日竜の世話な」
「ありがとうございます」
ぐずぐずしていると、またアロイスが体格の良い人と何事かを話してる。
はぁ、言葉。せめて言葉が分かればいいのに。
私もおしゃべりがしたい。
一人で相談できる相手もいないから、こうして悶々としちゃうんだよ。
私も早く人の言葉を覚えて、アロイスと身振り手振りでもいいから意思疎通を……。
『……いや、人間じゃなくてもいいのかな?』
ここ、いろんな気配が常にある。
なんだったら、石壁の隣にいつも動く気配があるから、何か生き物がいるはず。
そして私は竜。
アロイスが毎朝お掃除に来るときに汲んでくるバケツを覗いて確認した姿は、白桃色の竜だった。
もしここが犬小屋ならぬ、竜小屋ならば。
『もしかしてお隣さんのあの気配も、竜かもしんない!』
そうと決まれば、アロイスがいなくなった後、ちょっと覗いてみよう!
そう決めて、わくわくしてたんだけど。
今日のアロイスは夕方まで一緒にいてくれた。
いつもなら朝、掃除をして、軽く遊んでくれて、それから午後までどこか行っちゃて、午後は三日に二日の割合くらいで遊んでくれる。
今日は遊ぶ日じゃなかったはずなんだけど、アロイスがいっぱいかまってくれて、少しだけ寂しさが紛れた。
とはいえ、生まれたての仔竜の遊びなんて大したものはなく。
基本はボール遊び。まだお外には出ちゃいけないのか、室内でコロコロ転がされるボールをとってこーいってされる。
これ、単純だけど、なかなかの運動量。
四つん這いハイハイなら速く走れそうな気もするけど、元人間としてのプライドが邪魔をして、イケメン飼い主の前でお尻フリフリ赤ちゃんごっこなんて死んでも無理だった。
「ルイズは器用に歩くなぁ。この分なら飛べるのも早そうだ。早く大きくなって、僕を乗せておくれよ」
名前を呼ばれて頭を撫でられる。よくわかんないけど、なんとなく褒められていることは伝わってきたから、ちょっぴり嬉しくなる。
まぁそんな感じでボール遊び耐久レースをしまくった一日の夜。
私はこっそりとこの石壁の部屋を抜け出した。
このお部屋、左右と後ろは石壁だけど、アロイスが出入りしているところは鉄の柵になってる。
私が通り抜けるにはちょっと狭すぎるそれは、でもアロイスの胸辺りくらいまでの高さまでしかない。
つまり、上はがら空き。
で、私、竜。
しかも、背中に翼があるんです。
『ん〜!! いっけ〜!!』
パタパタパタと翼を動かしてみる。
ふんふん、と頑張ってみる。
頑張ってみるけど、全然、浮き上がる気配はしない。
私はゼェゼェと肩で息をした。
『いや、うん、簡単に飛べるとは思っちゃいないよ。うん、なんたって私、赤ちゃん竜。生後一週間……』
でもでも、馬とか犬だって生まれたてで走れるんだから!! 竜だって飛べるはず!! 生まれたての雛鳥は飛べなかった気がするけど!! でも竜だし!! 何かしらチートがあってもいいはず!!
そういうわけで、頑張って翼をバタバタ。
バタバタ、バタバタ。
……これ、柵登ったほうが早いんじゃない?
ゼェゼェ肩で息をしながら諦めました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます