21:ガルシス





「――して、ヒューリはどうだ」


 王城……とも取れず、また帝城とも呼べず。

 金属一色の壁、床、天井。

 塗装等のお陰か、金属そのままよりは無機質な感じが薄れている気がするが、しかしそれでも、この世界の文明レベルから鑑みても異常な光景である。


「は。先日、戦の混乱に乗じて潜入に成功したとの報告が……」


 一応は玉座である。中世風のものとは大きく変わり、縦長の部屋の奥にある大きな椅子に佇む皇帝は、しかし一見あまり皇帝には見えない。

 しかしそれこそが彼であり、ここ、ライア=ヴァルヘルム皇国を統べる者なのだ。


「うむ、ここまでは上出来……」


 彼は再び、此度の策を思い出す。

 ここまでは順調。問題はここからだが、潜入すら熟せなければ話にならない。

 それに彼は、失敗を絶対許さない。

 彼の崇拝する……


「――ガイア様のご様子は……?」


 ガイア、創世主と呼ばれる紛う事無き唯一神。その神に失望されぬ為に。

 

 彼は恐る恐る目の前の臣下にそう訊いた。


「はい。今朝のご様子ですが。五年前と比べると大きく回復されていますが、未だ少し――」


 そう言って臣下が俯いた事で、彼は察する。

 ガイア様がその昔。それもこの世界の創世前、創造主と称されるより前。

 “チキュウ”と呼ばれる辺境の惑星ほしで出逢った“ミヤべ”と言う男が、つい数年前に突如姿を消したそうだ。死んだ訳では無い事は判明しているのだが、その後の動向が一切掴めない。当時のガイア様は相当錯乱されていた。目を向けるのも憚られる程に、乱れた。

 今でこそ大方回復して嘗てのガイア様を取り戻しているが、もう二度と、あの様な事は起こさ無い。起こしたく無い。

 だからこそ、此度の暗躍、失敗する訳にはいかない。

 それにこれは、ガイア様直々の命である。失敗する訳にはいかない。失敗すれば、ガイア様に失望される。


「それでは、この調子で頼む」

「御随意に。ライア様」


 彼、ライア=ヴァルヘルム。

 皇国のトップ。ガイアを心より崇拝する皇帝であった。



 ◆



 ――ガルシスへ移動し始めてから数週間。

 森を越え、様々な集落を経て。


「……ここが、王都ガルシス!」


 アイジス達は、王都へと到着した。



 ◇



 王都ガルシス。

 ガイムーン王国の中央に位置する街。

 当然ガイムーン王国で最も栄えている都市であり、国の中枢はここに集結している。王も、議会も、何もかもがここにはあった。


 石造の建造物が並ぶ様は圧巻の一言。それらが塗料や布やらで色とりどりに装飾されている商店街や住宅街は正に一つの芸術品と言ってもいい。

 地面も全て石畳だが、何故かそこには温かさがあり、それもひとえにこの街が如何に明るく、如何に温かい場所なのかという事に尽きる。

 地方に於いては、農作物や肉、また衣服や道具、観光資源などの特産があるのだが、ガルシスにはそういう物が一切無い。

 しかしここは中央である。

 つまり国内で最も人の行き交う場所であり、当然そう言った特産物は必然的にここガルシスへと集まってゆく。

 するとどうなるか。

 ガルシスは商業都市となり、資源がなくとも資源が集まり、少し税を徴収するだけで莫大な利益が齎される、商人の街となっている。

 人が集まれば資源が集まり、資源が集まればお金が集まる。さすれば街はより商業に適した形となり、さすれば街は人の集まりやすい形となり、発展して行く。

 そうして今のガルシスが出来上がった訳だが、それを作り上げたのは国家だ。

 それぞれの地域には領主が居て、そしてガルシスを治めるは国家なのだ。

 資源の特に無いここガルシスを、ここまで大きな経済力の持つ商業発展都市にまで成長させた国家の手腕。その素晴らしさは、言わずもがな。

 その功績の第一人者は間違い無く歴代の国王達であり、それら慧眼は、現王にも見事受け継がれている。



 ◆



 コツコツ、と。石畳を踏む靴の音が心地良い。

 其処彼処から人の声が聞こえる。

 ここまでの人混みに来る事はこの世界に来てからは無かったので、大分と新鮮だ。なんだか、毎朝の満員電車を思い出す。

 四方八方から聞こえる人の声。四方八方から聞こえる人の雰囲気。四方八方から感じられる人の匂い。

 満員電車程じゃ無いにしろ、不思議とその時の感覚を思い出した。

 しかしあの時と違うのは、周りの人との身長差。

 通学時は毎日満員電車だった俺だが、周りの大人達とこうも身長に差があると、少し体が竦んでしまう。


「お兄様! これが王都ですか⁈」


 隣にいるダイアは、周りの人々に目もくれず、ただ今まで見た地域とは比べ物にならない程に発展している都市に目を輝かせている。


「そうだ! ここが、こここそが我等が王国の中枢。王都ガルシスだ‼︎」


 誰も訊いていないのに、スレイヴは陽気に答えた。

 久し振りの帰還。相当嬉しいのだろう。


「……いや、スレイヴさんには訊いてないです。お兄様に訊いているのです」


 ジト目でスレイヴを見つめるダイア。


「あ、そ、そう……ご、ごめんn――」

「それでお兄様! ここが王都ガルシスなんですか⁈」


 ……妹よ。もう少しはスレイヴの話を聞いてやってはどうかね?


「そ、そうだな……ここが王都だな……」

「そうなんですね‼︎ とても綺麗な所です……」


 ダイアの目に、スレイヴは映り込んでいないらしい。

 愛妹は未だ街の入り口だと言うのに、周りを見渡してはその美しさに見惚れ、思わず両足で飛び跳ねてる。

 可愛い。


「なぁアイジス?」

「ん?」


 スレイヴが、ダイアに聞こえない様、小声で話しかけてきた。

 

「ダイアちゃんさ。俺に対して冷たくない?」

「だね」

「なんで?」

「いや知らねえよ。ダイアに訊いてみなよ」


 そう言うとスレイヴは、一つ大きな溜め息を吐いた。

 気付けば俺とスレイヴは呼び捨てタメで話す間柄となっていた。

 ここへ来る途中、夜はダイアが先に寝てしまうので、スレイヴと俺は毎晩話していた。この国の事や、スレイヴの事を聞き。また俺はダイアの事とか、家族との思い出を語って聞かせた。

 そのおかげで今は、思い出話を笑って語れる様になった。前まではそうやって思い出す事自体辛かったが、思い出すと安心できる程度には回復した。

 ダイアの方は未だ思い出すと泣き出してしまうが、徐々に治していけば良いだろう。

 それまでは、あまり思い出話はしないと、スレイヴとは誓っている。


「ね、ねぇ、ダイアちゃん? なんでそんなに俺の事嫌って……」


 スレイヴはオドオドしながらダイアに訊ねる。

 するとダイアは、見開いていた目を一度閉じて、細く目を開いた。


「別に、嫌ってはないですよ? この命を救っていただいた恩。なにより、お兄様を守って下さった恩。忘れるわけがありません。ただ、お兄様との会話を遮られると、、苛々するのです」


 ……さっきに関しては、会話してたっけ? ただダイアが一方的に質問してきただけな様な気も……


「そ、そうだね! うん、これからは邪魔しない様にするよ……」

「是非そうして下さい」


 再びスレイヴは深い溜め息を吐いた。


 冷たい態度を取っているが、しかししっかりと恩義は感じている。

 私を救ってくれた、兄を救ってくれた、ロメオ領を守ってくれた。それをしっかりと理解していて、それでいてその勇気に尊敬すらしているダイアだが。

 しかし俺との会話を邪魔された時等があると、必ずスレイヴに対して冷たくなる。


 …………これは好かれているって言う認識で良いのだろうか……


 まぁ、思うだけなら自由なんだし、そう思っておこう。


「それじゃあ、王城に向けて歩こうか」


 こうして俺達は、王城へ向け歩き出した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

傀儡の花苑より terurun @-terurun-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ