第23話 ムウ
ずっと薄笑いを浮かべているタッフード。
笑っているのに、こんな冷たい表情の人間を四人は初めて見た。
彼は竜の力を手に入れようと考えた時、本当に人間の情を捨ててしまったのだろうか。
「最初、あなたは言いましたよね。仲間なんていない、こんなことをする仲間は必要ないって。あたしは、こんな悪いことをする人を仲間と呼びたくないって意味だと思ってた。だけど……仲間は必要ないって部分だけが、本音だったんですね」
「そうだよ。よく使われる言い方をすれば、駒だね」
タッフードの言葉に、四人はもう何も言えない。
「さて、そろそろ向かった方がいいかな」
「向かうって……どこへ行くのよ」
「もちろん、パドラバの島だよ。もうすぐ封印は完成する。鍵をかけて、本体から離れた竜の力を受け取りに行かないとね。ああ、でもきみ達はここで留守番を頼むよ」
「何言ってやがるんだ。行かせるかっ」
「実力の差はわかっているだろう? 私はきみ達の命などいらないんだ。余計なことはせず、おとなしくしていたまえ」
「そんなこと、できるはずないでしょ。リリュースを殺しに行くってわかっているのに、あたし達が黙って見送れるはずないじゃない」
「私はきみ達の相手をするつもりはないんだ。悪いね」
タッフードと四人の間に、ふわりとムウが現れる。
これまでも呼ばれればすぐに現れ、神出鬼没なムウだったが、その存在が初めて恐怖に思えた。姿は変わっていないのに。
「申し訳ありませんが、みな様を行かせる訳にはいきませんので」
そう言うムウの姿がブレる。四人はそれを見て、身構えた。
彼らも魔法使いだからわかる。魔物などがこんな様子を見せた時は、その姿を変えるか巨大化させるかだ。
思った通り、ムウの姿が大きくなると同時に、姿もどんどん変わっていった。
「これが……ムウの正体なの?」
サーニャがその姿を見てつぶやく。
子どものおもちゃのような姿のムウは、もうどこにもいない。
今、彼らの目の前にいるのは、赤い目を光らせる白い大蛇だった。胴体が一抱えもありそうで、目の前にいる人間四人くらいは軽く丸飲みできそうだ。
狭くはないタッフードの部屋の半分を、その巨体が占領している。鎌首を持ち上げると天井に頭がつきそうだ。
タッフードは魔獣と精霊の間のような存在、とムウを紹介したが、ここでも四人を騙していたらしい。この姿のどこに、精霊の要素があると言うのだろう。
「ふぅん、自分で鍵を持てないのは、元々お前に手がないからか。納得したぜ」
ムウは封印の鍵を見付けることはできても、持つことができない。それは、ムウに手がないから。
これまでの姿でも、手は一度も出してない。ないから出せるはずがない。マントをまとっていたのは、手がないことを隠すためだったのだろう。
「その気になれば、いくらでも宙に浮かべることはできますよ。ただ、余計な力を使うことで、三人の魔法使い達に気取られては困りますからね」
これだけ巨大な蛇が力を使えば、気配に敏感な魔法使いならすぐに気付く。それを警戒してのことだったのだ。
確かにエンルーアの館では、もしものことを考えて姿を消し、同行さえしなかった。自分だけならいくらでも逃げられる自信があったが、四人が疑われるようなことがあれば、後々の行動に支障をきたしてしまうからだろう。
アズラの館へついて行ったのは、彼が留守だと思っていたからだ。最初だったので、うまくできるかの確認もあったのだろう。
「その口調は、ぼく達を信用させるためだったのかな」
「そう。……命令とは言え、面倒だったよ。こんな低レベルな魔法使いを相手に、あえて低姿勢を続けなければならないんだから」
今までの子どものような声から、低い声に変わる。ぞっとする反面、その声の方が今の姿にしっくりきていた。
丁寧な口調からくだけたものになったが、妙にフレンドリーな分、見下されている感じがする。いや、見下されている。
思い返せば、ムウは一度もフォーリア達の名前を呼んだことがない。ひとまとめに「みな様」とは言っていたが、名前を呼ぶ価値もない、と思っていたのだろうか。
「きみを胡散臭いと言ったぼくの相棒の言葉は、こうして正しかったことが証明された訳だね」
「鼻が効く奴なら、妙だと感じるんだろうな。感じる気配と目に見える姿にズレがあるって。だから、必要な時以外は姿を消すようにしていたんだ」
それを聞いて、フォーリアは「あっ」と声をあげた。
「ゼンドリンで泥棒が乗ってた馬が暴れ出したの、ムウの気配に怯えたからなのね」
「そういうこと。馬の位置がもう少し離れていれば、気付かれずに小屋へ近付けたんだけど。一度認識したら、もうどうしようもないからね」
元魔法使い達と対峙していた時も、馬達はずっと騒いでいたような気がする。しかし、あの時はそれどころじゃなかった。
「でも、それを利用してあの魔法使いくずれを始末できたから、ちょうどよかった」
「馬があいつらに突進したのは、お前の仕業だったのか」
たまたま泥棒が立っていた方向へ、運悪く馬が走った。
そう思っていたが、ムウがそうなるように仕向けていたのだ。
「だって、あんた達があんな奴らに手こずってるからさぁ。あの鍵が最後だったから、あいつらと一緒にまとめて始末して、鍵だけ持ち帰ってもよかったんだけど。さすがにそれはちょっとかわいそうかなって」
こんな言い方をしているが、一歩間違えればフォーリア達もあの泥棒達と同じように馬に跳ね飛ばされていた。
巻き込まれていても、ムウはきっと手間が省けた、くらいにしか思わなかっただろう。
「そこ、どけよ」
いつの間にかタッフードはいなくなってた。でも、行き先はわかっている。
「わかりました……なんて言うとでも? もう今までとは違うんだよ」
「タッフードに、何か弱みでも握られてるのかな。ぼく達をここに足止めして、その間に彼が竜の力を手に入れて。きみは何を手に入れるんだい?」
「力を手に入れるのさ」
「本当に手に入るの? あたし達や三人の魔法使い達みたいに騙されて、使い捨てにされないって保証、あるの? あの人にとっては、みんなが駒なのよ」
ムウだって彼らと同じ目に遭うかも知れない、と気付けば解放してくれるかも、とフォーリアは思ったが、ムウに感情の乱れは見られない。
「保証か。同じことを彼に聞いたよ。何て答えられたと思う? そんなものはないって、あっさり言われたよ。それじゃあ組むのはやめようか、と思ったんだけど、タッフードが手に入れる力は無視するには大きいからね。どんなに大きな力を手に入れても雑用は出るものだし、あれこれ面倒だろう? それをこなすことを条件に、取引したんだ」
「何だよ。力を手に入れても、雑用するってのか? そのうち、大きな力を得たのにどうしてこんなことをしなきゃならないんだってなるぜ」
「力が手に入れば、魔獣や魔物の頂点に立てる。そうなれば、雑用は下の奴らにさせるさ。オレ自身が雑用する、なんてことは言ってないから」
同じ場所に立とうとしている訳じゃない。あくまでも、臣下のような存在でいる。
それなら、タッフードも使い勝手のいい駒として、ムウに力を与えるだろう。
この大蛇は、そういう読みをしたのだ。
「ちゃっかりしてるわね。さすがタッフードと手を組むだけはあるってことかしら」
サーニャが睨んでも、ムウはどこ吹く風だ。
「お前が頂点に立つなんて無理だぜ。足がないんだから、立てるはずないだろ」
ムウの目が光った。途端に四人の足が動かなくなる。
「ここであんた達の足をなくすくらい、簡単なんだけどさ。短い旅をしたよしみで、それはやめておいてやるよ。タッフードにも殺す必要はないって言われてるし。まぁ、殺したいならそれは構わないって感じの口調だったけどさ」
にたりと嗤うその顔は、やはり魔の蛇といったところか。不気味さに背中が寒くなる。
「さてと。そろそろタッフードを追わないとね。……次に邪魔しようとしたら、本当に手と足がなくなるから」
そう言うと、ムウは壁をすり抜けて外へ出て行った。
蛇の巨体がなくなっただけで、一気に圧迫感が消える。四人は長いため息をついた。
しかし、一息ついている場合じゃない。
ムウと睨み合っている間に、タッフードはとっくにパドラバの島へ向かっているのだ。
それなのに、自分達はここで足止めを……文字通り足止めをされている。ムウに睨まれたせいで、足が動かなくなっているのだ。
「口は……動くようだから……何とかなる……かな」
今の自分達は、まさに蛇に睨まれた蛙状態。さっきのムウの力は、魔獣や魔物が使う戒めの術だ。
相手と自分のレベルの差によっては足だけでなく、身体全体が動かなくなってしまう。
きっとムウなら身体全体を戒めることもできたのだろうが、足だけで十分と考えたのだろう。四人同時に魔法をかけるくらいだから、相当強い魔力を持っているようだ。
セルロレックが、戒めを解く呪文を唱える。
動かないのが足だけではあっても、呪文はいつものようになめらかには出てこない。身体全体にもわずかながら支障を及ぼしているようだ。全てを唱えるまでに時間がかかる。
それでも、どうにか解けた。それほど難解な呪文ではないのに、魔法を使うのがこんなに苦しいのは初めてだ。しばらく肩で息をする。
ようやく息を整え、セルロレックはレラートの術を解いた。
あえてレディーファーストにしなかったのは、レラートにも手伝ってもらうためだ。かなり力のいる作業なので、女の子であり、自分達よりレベルが低い二人では大変だ、と判断してのことである。
実際、フォーリアとサーニャは同じ魔法をかけられたセルロレックやレラートよりも強く束縛され、まともに口をきくことができない。
魔法使いのレベルの差は、こういうところでも現れるのだ。
セルロレックがフォーリアの、レラートがサーニャの戒めを解いた。全ての術が解け、四人はその場に座り込む。
特にセルロレックは自分の分も含め、三人分の魔法を解いたのだ。呼吸が荒くなり、すぐにはしゃべることもできなかった。冷えた空気の部屋にいてさえ、汗がしたたり落ちる。
だが、ゆっくり休んでいられない。ムウに見付かったら今度こそ殺されるかも知れないが、だからと言って竜の力を奪われるのをここで待つ訳にはいかないのだ。
「みんな、立てるかい。すぐにパドラバへ行くよ」
一番つらいはずのセルロレックに言われ、まだかすかに震える足で立ちながら三人はうなずいた。
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