第22話 信じていい人
そうしてタッフードが選んだのが、あの三人だ。
彼らの元へ、別の魔法使いの姿で乗り込む。もっともそれは幻で、タッフード自身が陰でその幻を操っていた。
テルワーグの所へはエンルーアが、アズラの所へはテルワーグが、エンルーアの所へはアズラが来たように見せかけたのだ。
「あなた、力を持つことを誇りにしてるんでしょ? その力が最高のものなら、誇りも最高のものになるんじゃない? 今のままでは、持てる力も限られててよ」
テルワーグの前に現れたエンルーアの幻は、そう言ってひたすら力を求める魔法使いの心をくすぐる。
竜の力は、拒否するにはあまりにもまぶしすぎるのだ。
「色々と魔法についての本を書いているようだが、竜についての本を書いてみたいとは思わないか? 竜の力を手に入れれば、全てのことが見通せるだろう。竜のことも、この世に存在する全ての魔法のことも。寿命という期限を気にすることなく、な」
竜についての文献は少ない。タッフードが見付けた物と似たような文献はアズラも手に入れていたが、その力を手に入れよう、という考えは出なかった。思い付きもしなかったのだ。
しかし、テルワーグの幻にそそのかされ、その全てを知りたい、という欲求にアズラは
「どんなに努力しても、いつかきみの容姿は衰える。若さも美しさも、全ては指の隙間から落ちる砂のようにね。だが、竜の力を手にすれば、その若さも美貌も永久に保たれる。国中の、いや、世界中の男性がきみの足下にひれ伏すだろうね」
エンルーアにとって「永久に保たれる若さと美しさ」は絶対に手に入れたいもの。
タッフード自身は、アズラの幻にそんなことをしゃべらせながら吹き出しそうになったが、陳腐なその言葉にエンルーアは易々と引っ掛かった。
「国ではトップレベルの実力者と言われ、尊敬されていたりするが……あっさり話に乗ってきたよ。まぁ、人間なんてそんなものだろうけれどね」
こうしてそれぞれの方角に魔法使いがそろい、パドラバの島上空で太陽が隠れたと同時に封印の魔法がかけられる。
三人の魔法使いは、自分に声をかけてきた者が他の魔法使いを連れて来たのだと思っている。顔は見知っているが、お互いに声をかけることはない。
魔法をかけることで現れる鍵は、封印が完成するまで自分で管理することになっていた。誰かに見られても不審がられないよう、形を変えておくことも決められている。
その辺りは、タッフードが幻を通じてしっかり根回ししていた。
封印をかけ終えると、無言のままでそれぞれ自分達の国へ戻る。後は竜の力が手に入るのを待つだけだ。
封印が完成する時、また鍵が必要になる。竜を箱に閉じ込め、その箱が完全に出来上がるのを待ちながら竜が持っている力を搾り取り、最後に鍵をしめる。
言ってみれば、この封印の魔法はそんな状態で完成するのだ。
鍵をかければ、竜から力だけが離れる。その力は、封印をかけた魔法使い達のものになる、という段取りだ。
封印され、力を奪われた竜がもし亡くなったとしても、その力が消えることはないとされている。本来なら竜の力は子に継がれるようだが、あの場にいれば親と同じように封印されているはずだ。
力は魔法使い達がいただくので、もちろん、子が受け取ることはできない。竜に子がいようがいまいが、彼らにとって特に問題はなかった。
「ちょっと待って。その鍵で封印を完成させるって、何? あの鍵は、封じた力が具現化してるだけじゃなかったの? リリュースを動けなくするようにしてるだけじゃないの? あたし達が他の三人から取って来た鍵が、全てここにあるってことは……」
フォーリア達は、鍵を集めて壊し、リリュースを解放することだけを考えていた。そうできる、と教えられたから。
全てが集められた今、壊すことも可能だが、完成させることも可能になるということ。
「人員が必要なのは、封印する時だけだ。その後は必要ない」
「きったねぇ! 自分一人だけで力を手に入れようってのか」
「最初からそのつもりだったからね」
「自分の悪巧みにあの三人を巻き込んで、使うだけ使ったら捨てる訳? 私達までいいように利用してっ」
「きみ達は、本当にいいタイミングで現れてくれたよ」
この場にそぐわない笑顔で、タッフードはうなずく。
「本当は、自分で回収に行くつもりだったんだ。でも、きみ達がやる気でいてくれたから、手伝ってもらうおうと思ってね」
「何が手伝いだよっ。俺達を利用しただけだろ」
「鍵を壊すつもりなんて、全くなかった訳ですね」
「当然だよ。ここまで来るのに、ずいぶんかかったからね。もう少し早くできるかと思ったけれど、さすがに竜もなかなかしぶとくて」
その言い方に、四人はかちんとなる。
「リリュースがどんなに苦しんでるか、考えたことはないの? 今までずっとあたし達の大陸を守ってくれた存在なのに、何も思わないの?」
「やめとけ、フォーリア。思ってたら、こんなことするかっての」
「そう、彼の言う通りだよ。やると決めた時に、私はそういった感情を捨てることにしたんだ。力を引き継げば、尊敬の念を持って竜の遺骸はちゃんと弔うよ。それくらいのことはするから」
「するから、じゃないわよ。で、これから私達は、あなたに支配されるって訳? 冗談じゃないわ」
「今までだって、竜に支配されていたようなものだよ。力を持っている者が弱者に何かしらの望みを言うか言わないか、の違いだ。で、私はちょっと言うことを聞いてほしい、と頼むくらいだよ」
「ちょっと、ですか……」
よくそんなことが白々しく言えたものだ。
強大な力を手に入れた者が「ちょっとだけ」なんてありえない。やること、要求することがエスカレートする一方になるのは目に見えている。
「奥さんを隠したのは、何のためですか。ぼく達が来るのを見越していた訳ではないんでしょう? たとえ奥さんがこの家にいても、あなたならいくらでもぼく達を騙せたでしょうから」
「私と同じことを思い付く奴が、あの三人の中に現れるかも知れないだろう? 彼女を盾にして、私の鍵をよこせと言って来る
言い方がいやだ。
今のところ、ということは、力を手に入れた後で気持ちがどう変わるかわかったものじゃない。本気で守るつもりではなかったのも、最後の言葉でわかる。
私の「持ち物」を取りやがって、くらいの感覚だ。
それに、妻自身は知らなくても、フォーリア達を騙すために利用されたようなもの。三人の魔法使い達と同じように、いつか彼女が使い捨てにされるのが容易に想像できた。
「なぜ奥さんが閉じ込められている、なんて嘘をつく必要があったんですか。そこまでしなくてはいけなかったんですか」
「もちろん、私が今回のことを無理にさせられた、ときみ達に信じてもらうためじゃないか。妻がいないことを利用してそう言えば、きみ達も最初は疑わなかっただろう?」
疑わなかった。タッフードは加害者でもあるが、実は被害者なのだと思った。
だから、こんなことに巻き込まれてしまった彼の妻を助けよう、と思ったのだ。
その気持ちを、見事に利用されていた。
無理に扉を開けようとすれば死ぬ、と言えばわざわざ確認しようとはしないだろうし、四人が地下倉庫の鍵も見付けると言い出したので、にせものを出した。
タッフードにすれば、それだけのこと。
「ひどいわ。私達、信じてたのに」
「世の中、色々な人間がいることがわかって、勉強になっただろう? そちらの二人は、女の子のように甘くはなかった、ということかな」
「あなたに疑念を抱いた時、ぼく達以外は信用しないでおこうと思いました」
セルロレックがエンルーアの館から単独行動をする時、レラートにも言った。信用できる人間は限られてる、と。
あたし達はみんな、リリュースに信用してもらったもん。安心よね。
今回の事件を起こした魔法使いをどうやって見付けようかと話していた時、フォーリアが言った言葉だ。
今、確実に信じていいのは、この四人だけ。
他の魔法使いは、普段どれだけいい人であろうと、完全に信用するのは危険だ。
あの時のフォーリアの言葉がなければ、セルロレックもタッフードに対する疑いを抑えてしまったかも知れない。
妻を人質に取られれば言うことを聞くしかないだろう、と考えて。
だが、タッフードは間違いなく加害者の一人でもある。だったら、信用しすぎてはいけない。
「奥さんだけでなく、使用人まで追い出したのはどうして? 奥さんがずっと帰って来ないのはおかしいって思われると困るから」
「まぁ、それもあるけれどね」
フォーリアの問いに、タッフードは軽く肩をすくめた。
使用人達を解雇したのは、世界を手にする者がこんな「小さな館」にいつまでも住んでいられないから。いきなり職を失うより、今のうちの方が次の仕事を見付ける余裕ができるだろうという「優しさ」だとのたまう。
つまりは必要ないから人払いした、と。
そんなことを言ってはいるが、単に疑心暗鬼になっていたのかも知れない。
周りにいる全ての人間が自分を邪魔しようと狙っているのでは、と思い始め、魔法使いであろうとなかろうと、理由を付けて遠ざけたのだ。
「彼らは自分達が地下倉庫の鍵なるものを持っていたことすら、知らないだろうね。エンルーアに限っては、鍵を使ってくだらないことをしていたようだが。ムウが置き場所を選び損ねた、というところかな」
ムウがフォーリア達に偵察へ行って来ると言ったのは、封印の鍵の確認をするためでもあったが「倉庫の鍵を置くため」でもあったのだ。
ただ、エンルーアの館には都合のいい鍵束がなく、あまり長居をすると気配に気付かれかねないので、似たような鍵が入っているジュエルボックスを見付けてそこへ放り込んだ。
まさかそれをエンルーアが身に付けるとはムウも予想しなかっただけに、面倒だとは思ったが、いざとなればここの鍵はあきらめて次へ行け、と言うつもりだった。
テルワーグの館に泥棒が入ったのは、悪い偶然が重なってしまった、というところ。
「あの女のせいで疑われてしまったのはいただけないところだが、封印の鍵さえ手に入れば、それで十分だ」
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