第21話 首謀者
「あの人、そんなことしてたんだ……」
フォーリアはレラートから少し話を聞いていたが、サーニャはその時眠っていたので初耳だった。
「人質がいる倉庫の鍵を、知らない男に渡すものだろうか。あまりにも警戒心がなさすぎる。ムウはそれが本物だと言ったけれど、それならなおさらなぜ? そう考え出したら、疑問が他にも出て来ました。人質をこの家に残した理由は何だろうって」
鍵だけを持つなら、テルワーグ達は管理が楽になる。人質の面倒を見なくてもいいし、閉じ込めておく場所の確保もしなくて済む。その場に人質がいないのだから、見張りも必要ない。
しかし、タッフードがその鍵なしで妻を助ける方法を見付けるかも知れない、という可能性を、彼らは考えなかったのだろうか。
タッフードはこの館から出られない魔法をかけられている、と話していた。
それが本当だったとしても、彼が今いる部屋から出られない訳ではない。その気になれば、妻が閉じ込められている地下倉庫のそばまで行けるのだ。
それなら、なおさら同じ館内に人質を置いて行くのは、リスクが高いはず。
仮にも、国のトップにいる魔法使いだ。当然ながら、腕はいい。
その彼が必死に探せば、別の方法で倉庫を開けることは十分にありうる話だ。
もしそうなったら、彼らはタッフードを言いなりにできる材料を失うことになる。竜の封印に手を貸さなければ妻を殺す、といった脅し文句は効かなくなってしまう。
確実さを求めるなら、人質は自分達の手元にあった方がいいはずだ。絶対の自信があるから、と言われてしまえばそれまでだが、竜の封印そのものが危険な賭でもあるはずだし、確実な保険は必要だろう。
そんなことを考えていけば。
エンルーアの場合のようにあっさりと鍵が手に入るのは、レラートやセルロレックにとって楽ではあるが、あまりにも不自然だ。
最初にもっとしっかり考えれば、早くから妙なことに気付いただろう。
タッフードは使用人を順次辞めさせていったようだが、太陽が隠れたあの日から半月以上が経っている。最後の使用人であるあのおばさんが去るまで、誰も地下倉庫へ近付かなかったのだろうか。
タッフードは、妻は地下の「食糧倉庫」に閉じ込められている、と話した。半月以上も食糧倉庫へ誰も行かない、なんてありえない。
倉庫が空っぽならともかく、ここには間違いなく人が住んでいるのだから、絶対に備蓄があるはずなのに。
「だから、結論としてこう思ったんです。ムウが嘘をついているのでは、と。いつも先に偵察へ行き、ここにあると教えてくれていたけれど、自分で作り出した鍵を置いてあそこにある、と言っていたんじゃないかって。封印の鍵はともかく、倉庫の鍵については、それが可能であると思いました。そして、ムウが嘘をつく理由は一つ。同行するように言った、あなたの命令に従うためです」
「なるほど」
タッフードは、焦る様子もなく聞いている。
「ちなみに、ムウを疑ったのは、ぼくの魔獣がつぶやいたからです。あいつは胡散臭くて嫌いだ、と。ぼく達は全然疑っていませんでしたが、獣の勘は鋭いですからね」
セルロレックが北の国グリーネから西の国ディージュへ移動する時、翼を持った黒馬に乗っていた。
その魔獣が、そう言ったのだ。普段、好き嫌いなど口にすることはなく、まして「嫌い」とはっきり言うなんて、これまでになかったのに。
それだけに、セルロレックは気になった。
ムウの見かけは子どものおもちゃにでもなりそうな姿だが、何かあるのではないか、と。
「あ、そう言えば、うちの犬達もムウに唸ってたっけ」
サーニャの家で飼われている犬達が、ムウに気付いて唸っていた。
単に妙な存在だから警戒したのではなく、もっと別のところで何か感じ取っていたのだろうか。
セルロレックの黒馬のようにはっきり口にはしていなかったが、レラートの狼も妙だと思っていたかも知れない。
普段は呼び出された時に誰が周りにいようと気にしないのに、ムウにだけは何か反応していたようにレラートは感じたのだ。
でも、気のせいか、と尋ねることもせずに過ごしてしまった。
テルワーグの庭へ泥棒の遺留品を手に入れるため、フォーリアが魔鳥を呼び出したが、その鳥も何か言いたげだった。
今思えば、ムウを見る目があまり好意的ではなかった気がする。
あの時は早く鍵を手に入れることが先で、そんな細かいところにまで頭が回らなかった。いや、回ったとしても、あの時点ではムウを疑うことなどしなかっただろう。
「だいたい、封印の鍵も見付かるのがあっさりすぎた。ムウの力があるとしても、それならぼく達が来る前に信頼できる別の誰かを、もっと早い時点で送り込めたはずです。仮にぼく達が捕まったとしても、あなたとぼく達との接点が見付からないからこちらの方が安心と考えたのか、とも思いましたけれど」
フォーリア達四人は、忍び込んでタッフードと向かい合うことになった。
接点と言えばそれだけ。
以前からの知り合いではないから、バレない……かも知れない。
だが、セルロレック達が魔法使い三人の誰かに捕まり、拷問でもされてしゃべってしまえば。
結局、タッフードが鍵を取り戻そうとして動いたことは、すぐにわかってしまう。
いや、拷問をするまでもない。封印の鍵をすり替えようとしたとわかった時点で、その後ろにいる人物の特定などすぐだ。
誰がしても最終的にタッフードにつながってしまうなら、もっと早くに動いてもよかったはず。タッフード程の人物なら、いくらでも妻を取り戻す方法や竜の封印をやめさせる方法を考えられただろう。
しかし、実際は四人のペーペー魔法使いが来て、初めて動き出した。
「手をこまねいていた訳ではなく、最初から動く気がなかった。ひたすら時間が経つのを待っていたんじゃありませんか? 封印が完成するのを」
セルロレックの話を聞いても、タッフードは薄く笑いを浮かべたままだ。
「俺もセルからその話をされた時は、まさかって思った。だけど、使用人を全部辞めさせて後は何もしない、なんておかしいと感じ始めたんだ。自分の家の中とは言っても家族が閉じ込められているのに、最初からあきらめるかな。それも俺達みたいに大した力のない魔法使いならともかく、国のトップレベルの位置にいる人が」
一度妙に思うと、どんどんそちらへ傾いてしまう。だから、フォーリアとサーニャには言えなかった。
気持ちをわずらわせたくないと思うと同時に、全員が同じ方向に傾いたら正しい判断をできる人がいなくなってしまう。決定的な証拠がない限り、絶対にタッフードが黒とは言えなかった。
「だから、ぼくはあなたの奥さんを捜したんです。まさに彼女は、今回の鍵ですからね。近所の人に尋ねて実家を調べ、そちらへ向かいました。……お元気そうでしたよ」
タッフードの知り合いの魔法使いの弟子だと言ったら、タッフードの妻は疑うこともなく迎えてくれた。
実家に戻ったと聞いたので具合を悪くしたのでは、と師匠が心配している。タッフードが何も話してくれないので、お前がこっそり行って来いと言われた。
そんなことを適当に話すと、彼女は苦笑しながらこう言ったのだ。
「夜中に魔獣に乗せられてね、しばらく実家でおとなしくしていろって。訳は後で話すって言われたんだけれど、いまだに何も教えてくれないの。彼、何をしているのかしら」
主の奥方が知らないうちに実家へ帰った、と使用人が言っていたのは、奥方本人さえも理由を知らない、という事情があったからのようだ。
「それから、リリュースの言葉を改めて思い出しました。北から一番強い邪心を感じた、と。あなたは三人の邪心が自分に集中したせいだろう、と言っていましたけれど、実際はやはりあなたが一番強い邪心を持っていたからですね。今回の事件を最初に考えたのは誰なんだろうと思っていたんですが、首謀者は……あなたじゃないんですか?」
「ああ、そうだよ」
にっこりと笑いながら、タッフードはうなずいた。
「あいつらは、私がそそのかしてやらせたんだ」
☆☆☆
昼間の太陽が完全に影に覆われる時、竜はそのわずかな時間だけ無力になる。
古い文献を整理していたタッフードは、そんな文言が記されたページを見付けた。
パドラバの島にいる竜が、太陽が隠された時だけ力を使えなくなる。
その力をもし奪うことができれば……。自在に操ることができれば、まさに世界の支配者だ。
魔法使いとして存在する以上、穏やかそうな外見を持つタッフードもさらなる高みを目指している。竜の力は、その頂点だ。
高みに近付きたい、力を手に入れたいと思う人間と、
パドラバの竜は、その力を主に天候を制御することに使っていると聞く。大陸全体が潤い、温まり、風が吹くように。
言葉では簡単なようだが、現実には相当なエネルギーだ。それは、自然を操る力に他ならない。
その力を持てば、大陸の天候を、国の未来を、人の命をも手中にできる。
雨を降らさない、太陽を隠すと言えば、人々はこの足下にひれ伏すしかない。
太陽や雨がなければ作物は育たず、人々は命をつなぐ
全ては、自分の気持ち一つでどうとでもなるのだ。要求すれば、富も簡単に転がり込むだろう。
たとえ無力になるとは言え、相手は竜だ。動けなくするには、一人では限界がある。四方から封印するのが確実だろう。それには仲間が必要だ。自分と同じレベルの力を持つ仲間が。
もちろん、この封印をする間だけでいい。
自分の周りの人間に誘いをかけて断られた場合、タッフードにこんなことを言われた、と他の人間に言いふらされてしまう恐れがある。
それは避けなければならない。力を手に入れるまでに、邪魔をされてしまう。
危険人物として投獄される、ということも考えられた。そんなリスクは冒せない。
だったら、よその国の人間によその国の人間が誘いかけたようにすれば。お互いをよく知らない方が、うまくいく場合もあるだろう。
それぞれの国の高位魔法使いの中から、話に乗りそうな人間をピックアップしていく。
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