第20話 鍵

「俺、美術品とかの良し悪しってよくわからないけど、きれいな顔の天使ばっかりだな」

「人って見掛けによらないわよねぇ。あのおじさんがこんなかわいい天使像を集めてるなんて、言われなきゃ想像もつかないもん」

 今回は、顔さえ見ることのなかったテルワーグ。姿を知っているのはフォーリアだけだが、話を聞いている限りではこういった物を集めそうな雰囲気はまるでないらしい。

「金の天使像もあるけど、高価だから手に入れたって感じでもないみたいね。きっと価値なら、この木彫りの方が高いわよ。かなり細かい仕事してるもん」

 詳しくはわからないけど、などと言いながら、これまで幾度となく美術品を見る機会があったらしいサーニャが「なんちゃって鑑定」をする。

「作者は全部違うと思うけど、みんな同じような顔ね。もしかしたら、好きな人の面影がある像を集めてた、なんてことじゃない?」

「言われてみれば、似てるな」

「若い時に奥さんを亡くした、なんて聞いたけど……じゃあ、その人に似てるのかな」

 ずっと昔の話らしいので、フォーリアはもちろんその人の顔など知らない。

「へぇ。そうだとしたら、本当に大切な物なんでしょうね。まさかとは思うけど、竜の力を手に入れようとしたのは、奥さんを取り戻すため……だったりして」

「死んだ人間を蘇らせるって? おいおい、そんなこと……あり、なのかな。竜の力って、本当に何でもありなのかよ」

「わからないから、試してみようと思ったんじゃない? 男の人って、案外女の子よりロマンチストだったりするらしいわよ。愛する奥さんを取り戻したいって、昔から思ってたのかもね」

「そういう話は聞いたことないけど……思ってても言わないタイプかな、あのおじさんは。あたしは話したこともないから、単に知らないだけってこともあるだろうけど。だからって、竜の命と引き換えにしていいって訳じゃないわ」

 フォーリアの言葉に、二人もうなずく。

「ムウ、この中で鍵はどの天使像なんだ?」

「それです。その一番小さな、ガラスの天使像ですよ」

 レラートの手にすっぽり収まってしまいそうなサイズの天使像。

 ガラス製で、翼の部分はとても薄い。これなら、下手に触って割ってしまったら大変、と弟子達も触ろうとはしないだろう。

 しかし、こうやって乱暴に袋へ入れられているにもかかわらず、その薄い翼部分は一ヶ所も欠けていない。魔法で作られたものなら、そう簡単に壊れないから当然だ。

 レラートが手に取り、魔法を解くと本来の形である白い珠に戻る。

「地下倉庫の鍵は? あいつら、どこへやったのかしら」

 麻袋はもう一つ。そちらには指輪やペンダントなど、いわゆる金目の物が入っていた。

 その中に、鍵束も一緒に放り込まれている。青白く光る鍵も、そこにあった。

「これね」

 サーニャが、鍵束の中からその鍵を外す。

「よっしゃあ。これで全部揃ったぜ」

「これで、タッフードさんの奥さんも助けられるわ」

「リリュース、まだ間に合うわよね。早く戻ろ。きっと首を長くして待ってるわ。……あ、でもリリュースの首って、どこからどこまでかしら」

「もう、フォーリアってば。それはリリュースが助かってから、直接聞けば?」

 レラートが苦笑しながら、小屋を出るように二人をうながす。

 レラートは待機していた狼に、フォーリアとサーニャもそれぞれ魔獣を呼び出し、三人は急いで北の国グリーネへと向かった。

☆☆☆

 街の中まで魔獣に乗ったままだと、魔獣を見慣れない人々に騒がれてしまう。

 街の外で降りてから、三人はタッフードの館へと向かった。その距離がとても遠く感じる。

「セルはどうしてるのかしら。まだ何か調べてるの? 私達がグリーネへ戻って来たって、わかるかしら」

 夏なのに初冬のような気温に震え、セルロレックに借りたマントを再び身体にしっかり巻き付ける。

 キュバスは溶けてしまいそうに暑かったが、グリーネでは鳥肌がたつ。全てが終わった後、体調が崩れないか心配になってきた。

「セルには、俺から知らせておいた。グリーネに向かうって。あいつからの返事はまだ来ないけど、俺達が向かっていることはわかってるはずだ」

「じゃあ、タッフードさんの所で合流できるかな。……ねぇ、レラート。セルは本当は何をしに行ったの?」

 フォーリアに再び突っ込まれ、レラートはどきりとする。

「何をって、だから気になることを調べにって言っただろ」

「うん、それは聞いたわ。でも……レラートはセルが何を調べに行ったか、知ってるんじゃない?」

 ああ、そうだよ。あいつはこれこれこういうことを調べに行ったんだ……と言えたらどんなに楽だろう。

 秘密を持つというのは、想像するより苦しいものだ。たとえ後ろめたくなかったとしても、隠している、というだけで自分が悪いことをしているような気分になってくる。

「セルが戻って来たら、本人に聞いてくれよ」

 レラートは、そう答えるのが精一杯だった。

 グリーネは、前に来た時よりも寒くなったように思える。ほんの二日離れただけなのに。

 それとも、キュバスの暑さを経験したから、そう感じてしまうのだろうか。

 そんなことを考えるうち、三人はようやくタッフードの館へ着いた。

 館も周囲も、静まりかえっている。彼らが来た時、最後の使用人が出て行ったから、あの後何も変わっていないのなら、ここには主だけしかいないのだ。冷たい空気がさらに静けさを強調している。

「タッフードさんっ」

 玄関の扉を開けて呼んでみたが、返事はない。三人は館の中へ入り、タッフードの部屋へ向かった。

 ノックし、扉を開けると窓の外を眺めている主がいる。フォーリア達が部屋へ入って来たことにようやく気付いたようで、こちらを向いた。

「ああ、きみ達か……」

 タッフードは、薄い笑いを浮かべる。

「タッフードさん、少しは食べてますか? 顔色があまりよくないですよ」

「前に私達が来た時、使用人のおばさんが出て行ったでしょ。もしかして、その前から食べてないとか」

「食べずにいても、人間はそう簡単に死なないよ」

 青白い顔でそう言われても、そのうちにいきなり倒れそうな気がする。

「タッフードさん、あたし達、鍵を全部見付けて来ました。もちろん、地下倉庫の鍵も全部です。これで、奥さんもリリュースも助かるわ」

「まさか……本当に全部を?」

 驚いているタッフードを前に、レラートが机の上に取り戻した鍵を置いていく。

「すごいよ、きみ達は。全てを持って来るなんて、正直思ってはいなかったよ」

 タッフードは、三つの封印の鍵をふわりと浮かび上がらせる。三つの白い珠は、魔法使いの手の中に収まった。

「それを壊せば、リリュースは助かるんでしょ。あとはタッフードさんの持ってる鍵を出して、同時に……」

「そんな必要はない」

 フォーリアの言葉を、タッフードが冷たくさえぎった。

「……タッフードさん?」

 様子がおかしい。顔色が悪いのに、目だけがぎらついている。

「ご苦労だったね。きみ達のおかげで、手間が省けた」

「何を……言ってるの?」

「タッフードさん、手間が省けたってどういう意味?」

 一歩前へ出ようとしたサーニャを、レラートが腕を掴んで止めた。

「俺達を騙してたんだ、この人」

「ぼくの思い過ごしであってほしかったんだけど」

 声がして振り返ると、セルロレックが部屋へ入って来るところだった。

「ほう、すでにどこかで気付いていた、とでも言いたげだね」

「封印の鍵だけなら、ぼくも気付きませんでした」

 セルロレックもタッフードも、話は通じているらしい。しかし、フォーリアとサーニャは、目を丸くするばかりだ。

「何? どういうこと? セル、説明してよ。今までどこへ行ってたの。封印の鍵だけならって、何なのよ」

「サーニャ、落ち着いて。それじゃ、セルが話せないわ」

 フォーリアがサーニャをなだめる。でも、フォーリアだって同じことが聞きたい。

 さっきのレラートのセリフだと、やはり彼もセルロレックがどこへ行って何を調べていたのかを知っていたのだ。

 今のこの状況についても。

「地下倉庫の鍵だよ。あれが全部、にせものだったんだ」

「鍵がにせものって……レラートやセルがすり替えた方って意味じゃなくて?」

 フォーリアが、首を傾げながら聞き返す。

「奥さんが閉じ込められている事実なんて、どこにもないんだ。奥さんは実家にいる。そうですよね」

「ああ、そうだよ」

 セルロレックの問いに、タッフードはあっさりと答えた。

 同時に、机にあった青い鍵が音もなく消えてしまう。三本全てが。

「ええっ、何よ、それ!」

 サーニャはセルロレックとタッフードの顔を交互に見やる。

「あの使用人のおばさんが言った通り、奥さんは本当に実家へ帰っていたんだ」

 あのおばさんが言ったことは、間違っていなかった。でも、夫であるタッフードが嘘をつくなんて思わない。

 だから、四人は彼女を助けようとしたのに。

「どうして閉じ込められていない、と気付いたのかな? まさかうちの地下倉庫を開けて、確かめた訳ではないだろう」

「キュバスのエンルーアのおかげです」

 南の国キュバスで、パーティーをしていたエンルーア。彼女はペンダントとして、鍵を身につけていた。

 それだけなら、簡単に盗られたりしないように警戒しているんだろう、と思えた。タッフードと通じる誰かが来た時のために。

 しかし、彼女は初対面であるセルロレックやレラートに、その鍵を手渡したのだ。

 あまりにもあっさりと手に入り、最初は罠かと疑った。そうでなければ、ムウが確認した後で、彼女自身が別の鍵を出して来たのか、と。

「彼女は気に入った男性を部屋へ誘う時、その日のドレスの色と同じ鍵を渡して通行証にしているようです。彼女が身に付けている鍵が、ぼく達の捜している鍵だ、とムウは言いました。だとしたら、誰であれ初対面の人間に鍵を渡すことは、絶対にありえないでしょう。それがもし自分にとって支障のある人物で、そのまま逃げられたら人質が解放されてしまい、あなたを支配できなくなる可能性が高いんですから」

「あの女……余計なことを」

 セリフだけならいまいましそうだが、タッフードは薄笑いを浮かべていた。

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