第19話 後味悪い終わり方
彼らは三人を殺すことなど、何とも思ってないようだ。犯罪者の立場としては、当然とも言える。
彼らは、三人に顔を見られたのだ。生きて帰せば、自分達の捕まるリスクが高まってしまう。
さっきはさっさと帰れと言っていたが、素直に従っていれば後ろから攻撃を受けたかも知れない。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
レラートの周りを火が囲む。熱気が少年を包み込んだ。手を少し伸ばせばすぐ火に触れてしまう。大きく動けば、身体のあちこちを火傷しそうだ。
そんな火の輪が、さらに二重三重と増えていく。少々転がって逃げたくらいでは、この火の輪から出られない。
「これでひるむと思うなよ」
レラートは目の前に風を起こし、自分の前で燃えている火に向ける。強い風で火はちぎれ、紙吹雪のように黒髪の方へと流れた。
しかし、全ては相手が瞬時に出した防御の壁で遮られる。
「俺の火を利用するなんて、せこい真似をするがきだな」
「あるものは使わないと、もったいないだろ。それに、泥棒からせこいなんて言われたくないね」
レラートは口笛を吹いた。
すると、そばにいた狼が飛び出し、レラートの周囲の火を自分の身体に引き寄せる。全ての火を狼が身体にまとう頃には、本来の大きな身体に戻っていた。
そして、レラートは火の檻から解放される。
「ふん、魔獣に頼るか。自分の力に自信がないようだな」
「俺は自分を過小評価しないし、過信もしない。それだけだ」
「けっ。口だけは達者ながきだ」
突然、黒髪の後ろに津波が現れる。池の水を使って攻撃をしかけてきたのだ。
小さな池ではあるが、水量はそれなりにある。あんなのがかかったら、火に属する狼はただでは済まない。
レラートは、すぐに結界を張った。
「そんな薄っぺらい結界で防げるかな」
頭上に津波が襲いかかる。思った以上に勢いが強い。
やばい、と思った直後、結界に亀裂が入った。わずかでもヒビが入れば、後はもろい。
あっという間に、レラートの張った結界は崩れた。水の勢いで地面に倒される……と言うより、叩き付けられる。すぐ近くで、狼の悲鳴が響いた。
「おやおや。せっかく俺が出した火をまとっていたのに、消えちまったなぁ」
地面に転がる少年と狼を見て、黒髪が笑う。
一方、赤茶の相手をしていたフォーリアとサーニャは、相手の出す氷の矢に四苦八苦していた。
まさに矢継ぎ早に飛んで来るので、防戦一方だ。
「さぁ、どうするんだ? このままじゃ、そのうちお嬢ちゃん達は氷のオブジェになっちまうぜぇ」
防御の壁を出してはいるものの、そこに氷の矢が当たると壁がその部分から凍る。その壁を支え続ける二人は、凍る部分が広がるにつれて身体が冷えてきた。
氷の効果が防御の壁だけでなく、術者にまで影響を及ぼしているのだ。ずっと攻撃を受け続けていたら、本当に氷漬にされかねない。
「サーニャ、少しの間だけがんばって」
「……何するつもりか知らないけど、早くしてね」
歯を食いしばりながら、サーニャは必死に耐える。
急いでフォーリアは、壁とは別の呪文を唱えた。周囲の木々からツルがするすると伸び出し、赤茶の足に絡みつく。そのまま、男をひっくり返した。
「この、小娘どもがっ」
転ばされた怒りにまかせ、男は風の刃をサーニャの出す壁に向けた。それまで氷の矢の攻撃に耐えていた壁は、風の刃を受けて限界を超える。
派手な音がして、壁が砕けた。
「きゃああっ」
その衝撃で、フォーリアとサーニャは飛ばされる。さっきの赤茶と同じように、二人して地面を転がった。
「お前らみんな、まだペーペーだな。俺達はあいつに破門されたとは言え、お前らよりはずっと多くの場数を踏んでるんだ。勝てると思うな」
髪から水をしたたらせ、レラートは黒髪を睨む。
何年修行して破門になったか知らないが、確かに実力はある。もう少し力がある助っ人が来てくれなければ、この状況はかなり厳しい。
その時、馬がまた大きくいなないた。
はっとした黒髪が振り返ると、木に手綱を結ばれていたはずの馬が、口から泡を吹きながらこちらへ突進して来る。
狂ったような走りに、黒髪は何かをする間もなく馬に激突された。
馬は曲がることもできず、そのまま自分から木に衝突する。かなりの勢いがあったようで、馬の顔面はひどくひしゃげてしまっていた。
ぶつかられた木も、細いとは言えない幹が半分折れかかっている。
「あ、兄貴……?」
一瞬のことで何が起きたかわからず、赤茶がその場に棒立ちになった。そこへもう一頭の馬が後ろからまともにぶつかり、赤茶の身体が地面に叩き付けられるようにして倒れる。
その男を踏んで馬は走り続け、さっきの馬と同じように木にぶつかって倒れた。
その場に沈黙がおり、ぶつかられた衝撃で木の葉がひらひらと宙を舞うのを、三人は別世界で起きていることのように見ていた。
「な……何なの……」
いきなりのできごとに、サーニャの声が震えている。フォーリアは、言葉が出て来ない。
顔を血で染め、白目をむいている黒髪の男にレラートが近付き、そっと首に手を当てた。
「生きてる……」
かろうじて命はあるようだ。
うつ伏せで倒れている赤茶の男はぴくりとも動かないが、フォーリアがつつくと低い呻き声が聞えた。何とか助かった、というところか。
ただ、よかった、という思いが全くわいて来ない。男達が助かって残念、と思う訳ではないが、あまりの展開に言葉もなかった。
ひどい目に遭わされたという憎さや悔しさも、自業自得だと
「こんな結末って……あり?」
フォーリアが、ぼそりとつぶやく。
結果的に自分達は助かったが、何とも後味が悪い。
馬はさっきから様子がおかしかったし、目の前で魔法の応酬があったから(実際にはフォーリア達は防戦一方だったが)さらに混乱したのだろう。
狙ったように泥棒二人にぶつかったのは、二人が立っていて目立ったからだろうか。
完全に混乱状態だった馬に狙ったつもりはなかったかも知れないが、泥棒達は立っていたために被害が大きくなってしまったようなもの。
だとすれば、フォーリア達は倒れていたおかげで助かったのだ。攻撃されたためだが、何が幸いするかわからない。
「みな様、大丈夫ですか」
ムウが姿を現わした。
「うん、何とかね。気分は最悪だけど」
少し不機嫌そうに立ち上がり、サーニャは服のほこりをはたく。その手も、わずかに震えていた。
防御の壁が壊されて身体は飛ばされたが、多少のすり傷だけで済んでいる。運がよかった、としか言いようがない。
レラートは急いで狼の身体を火で包んでやり、毛から水分を飛ばす。狼が自力で炎をまとえるようになるまで、火を出し続けてやった。
そのおかげで、魔獣はすぐに元気を取り戻す。
「この二人、どうしよう」
フォーリアがレラートを見る。
「どうって……」
指示を仰がれても、レラートだって困る。
「そのような
かわいい顔で、ムウは
「それはそうだけどさ、このまま放っておくのも気が引けるし……。フォーリアとサーニャは治癒の魔法、できる?」
「あたしはそこそこに」
「得意じゃないけど、できるわ」
「じゃあ、死なない程度にケガは治してやろう。面倒は見てられないから後は役人にまかせるとして、役人が来るまでは持ち堪えてもらわないとな」
「役人に引き渡すの? ここまで走った距離を戻るの、いやだわ」
途中から狼に乗せてもらったくせに、サーニャは一人前に文句を言う。
「戻らなくてもいい。伝達魔法を使って、この場所を役人に知らせるんだ。俺達はやることだけをやって、早くグリーネに戻ろう。これで鍵は全部揃うんだから」
伝達魔法は、魔法で出した小鳥に伝言を託し、届け先で小鳥が手紙に変わるというもの。
これなら、自分達が役人の所まで行かなくても済む。
だいたい、役人と顔を合わせたら、どんな質問を浴びせられるかわかったものじゃない。ここは、通りすがりで匿名希望の魔法使いが泥棒を捕まえた、ということにしておく。
普通なら「こんなことをしたのは、一体誰なんだ」と不思議がられることはあっても、あまり深く
だが今回の場合、大切な物を取り戻してくれた魔法使いに礼を言いたい、と捜し出されるかも知れない。
テルワーグが鍵をすり替えられたことに気付き、建前はそう言って鍵を取り戻すために、フォーリア達を捜し出そうとすることは考えられる。
だが、テルワーグに見付かる頃には、タッフードの元に鍵は戻っているはずだ。
三人は、泥棒二人に代わる代わる治癒魔法をほどこす。と言っても、傷を大雑把にふさいで出血を止めたくらいだ。
全て治せばまた襲われるかも知れない、というのもあるが、治すのにも限界がある。
二人とも、身体中の骨が折れているだろう。見た目にわかりやすい切り傷やすり傷の治療ならともかく、医療の知識もないのにこの魔法を乱用すると症状を悪化させかねないのだ。
苦しいだろうが、言ってみれば自業自得。こちらはまともに攻撃もできず、最悪だと殺されていたかも知れない。
何もせずに放置して立ち去らないだけでも、感謝してもらいたいくらいだ。
小屋へ入ると、汚れてボロボロになったシーツがあった。それを持って外へ出ると、身体が冷えてしまわないように泥棒二人にそれをかけてやる。重傷者を動かすことはできないし、ないよりはましだろう。
小屋の中へ戻ると、改めて盗まれた天使像を確認する。
麻袋に適当に詰め込まれ、陶器でできた像などはあちこちが欠けていた。売るのが目的ではなく、破門されたと言っていたから、その恨みから起こした犯行のようだ。
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