第24話 パドラバの島

 タッフードは、足下に見えるパドラバの島を眺めていた。霧に隠されて全容は見えないが、霧が漂う中心に竜はいるのだろう。

 そんな霧の漂う大地を、タッフードは金色の毛並みを持つ鹿に乗って見下ろしていた。

「さぁ、その力を受け取るとしようか、パドラバの竜よ」

 その手には、四つの封印の鍵があった。白くぼんやりした光の珠が、ふわりと魔法使いの手から浮き上がる。

「待てっ、タッフード!」

 呪文を唱えようとした時、野太い声が響いた。そちらを見ると、巨大な鷹に乗ったいかつい身体付きの男がいる。東の国ゼンドリンの魔法使いテルワーグだ。

「おや、テルワーグ。お久しぶりですね」

 タッフードが穏やかに挨拶するが、テルワーグはそんな言葉は聞いていない。

「貴様、今何をしようとしていた」

「ここに封印をかけたあなたなら、わかるんじゃないですか?」

 テルワーグは、タッフードが竜の封印をそそのかした魔法使いの一人。

 もっとも、テルワーグは自分が騙されたとは知らない。誘いをかけてきたのは、あくまでもエンルーアだと思っている。

「封印の鍵がなくなっていた。お前が盗んだのか」

 自分の大切にしている天使像が盗まれた。どこかの魔法使いが犯人を捕まえてくれたと聞いて一安心したものの、調べてみれば一番肝心なものが消えている。

 封印の鍵を変化させた天使像がない。

 盗まれた天使像の数は合っている。表向きは全てが戻って来てめでたしだ。

 しかし、全く同じ形でありながら、鍵を変化させて作っておいた天使像は完全なまがい物。

 なくなっていれば、盗んだ二人がどこかで落としたか、二人をあんな目に遭わせた魔法使いが報酬のつもりで持ち去った、と考えただろう。

 だが、なくなってはおらず、まがい物とすり替えられているのは変だ。

 犯人である元弟子二人は重傷で話を聞ける状態ではないし、彼らがそれだけをどこかに隠したとは考えにくい。

 その天使像が本当は何かをわかっている者の仕業だ、と考えるのが普通だろう。すぐには気付かれないようにしたのだ、と。

 怪しいとすれば、盗人を捕まえたという魔法使いだ。

 そうなると、テルワーグの頭に浮かぶのは三人の魔法使い。

 一緒に竜を封印した者の誰か、と考えるのは当然だった。

「私は自分の国を一歩も出ていませんよ。でも、鍵がここにあるんだから……まぁ、結果的にはそうなるんでしょうね」

 タッフードは真実を話している。国は出ていないし、彼自身が盗んだのではない。

 しかし、現物がタッフードの手の中にあってそんなことを口にしても、テルワーグには言い訳にしか聞えなかった。

「貴様が盗んだのでなければ、なぜ鍵がそこにあるっ。潔く認めたらどうだ」

「暑苦しい人ですねぇ、あなたは」

「何っ」

 さらにテルワーグが怒声をあげようとした時。

「タッフード! あなた、何してるのっ」

 今度は女の声が響いた。

 二人がそちらを向くと、真っ赤な翼の火の鳥に乗ったエンルーアがいた。美しい顔を引きつらせ、こちらを睨んでいる。

「鍵がなくなっていることに気付いて来てみたら、案の定。どういうことなの。一人で抜け駆けするつもりっ?」

 人形に変化させた封印の鍵。

 人形部屋へ行くと、その人形がわずかに傾いていたので不審に思って手に取ってみると、あろうことかすり替わっている。エンルーアは真っ青になった。

 あの鍵がなければ封印が完成しないし、完成しなければ美しさを手に入れられない。

 弟子達は封印のことなど、もちろん知らない。人形の一つがその鍵であることも知らないはず。

 何度かパーティをやっている間に、この部屋へは何人かの客が入っている。その中に不届き者がいたということだろうか。

 人形部屋へ誰かが入る時は必ず見張るように言いつけておいたが、その弟子の目をかいくぐってすり替えられたのだ。

 盗まれたならともかく、すり替えるということは、人形の意味を知っている。鍵を必要とする人間は自分以外に三人しかいない。

 となれば、向かう先は決まっていた。

「抜け駆け……少し違うんですけれどね。元々、私がやり始めたことですから」

「私がって……どういうことなの。この計画は、アズラが考えたことでしょ」

「それは聞き捨てならない。私は話に乗っただけだ、計画などたてていない」

 タッフードとエンルーアがそちらを見ると、白い獅子に乗ったアズラが現れていた。

 彼は「新しく来た」と話していた使用人の少女二人のことがどうも気になり、今日になって女中頭に尋ねてみたのだ。

 誰が新しい使用人を雇用する許可を出したのか、と。

 すると、相手は何のことかと首をひねる。新しく来た子などいないと言われ、それから彼女達が掃除をしていたのは自分の部屋だった、と今更ながらに思い出した。

 急いで部屋へ戻り、机の引出を開けてみる。

 そこにはいつものようにちゃんと眼鏡が並んでいたが、確かめてみるとその中にあるはずの鍵がない。眼鏡はあるが、眼鏡に変えた鍵ではないのだ。

 やられた、と思った。不審に思った時点で、ちゃんと確認するべきだったのだ。

 テルワーグの天使像と同じで、数はちゃんとある。だが、変化させた鍵はなくなっているのだ。

 あの鍵は、封印が完成する時に必要となる。それを奪われるということは、封印を横取りされることに、つまり竜の力を横取りされることになるのだ。

 そうなれば、向かう先はただ一つ。

「私は、テルワーグに言われたのだ。竜の力を手に入れれば、全ての魔法を、そして竜のことを知ることができる、と。私がきみに会ったのは、封印をかけたあの時だけだぞ」

 エンルーアの疑いを晴らすべく、アズラは訴える。

「ちょっと待て。わしはその女から言われたぞ。最高の力が手に入ると」

 今度はテルワーグが、聞き捨てならないと言いたげに反論した。

「何よ、それ。私があなたみたいないかつい男、相手にするはずないでしょ」

「南の魔女と呼ばれるような女に、そんなことを言われたくないわっ」

 エンルーアに不愉快そうに言われ、テルワーグが声を荒らげる。

「二人とも、待ってくれ。どうなっているんだ。誰が誰にこの話をされた?」

 アズラの言葉に、それぞれが自分に誘いをかけてきた魔法使いを指差す。その中に、タッフードは入っていない。

 三人の顔が、面白そうに彼らを見ているタッフードに向けられた。

「そう。私があなた達三人の力を借りるために、仕組んだ」

 堂々と言ってのけるタッフードは、まるで自分が正しいことをしている、と言わんばかりだ。

 彼の態度に、三人はしばらく呆気にとられる。

「ふざけるなっ。力を借りるためだと? で、借りた後は、自分のやりたい放題と言う訳か。人をばかにするにも程があるっ」

「全くだ。我々がどういう人間かわかった上でやったことなんだろうね。ただで済ませる程に、我々もお人好しではない」

「ほんと、冗談じゃないわ。どうして私があなたのために力を使わなきゃならないのよ。このまま黙って帰るなんて、思ってないでしょうね」

 騙されたと知った三人の魔法使いはタッフードを睨むが、睨まれた方は落ち着いたものだ。

「黙って帰れ、なんて言いませんよ。せっかく来ていただいたんですから、最後まで見て行ってください」

「させるかっ」

 タッフードが呪文を唱えようとするのを見て、テルワーグが火を出す。火は槍となってまっすぐタッフードへ向かった。

 だが、タッフードに達する前に火は消えてしまう。

「何……」

「無駄ですよ。ご存じでしょう? パドラバの島は竜の聖域。攻撃魔法は無効化されるんですよ。あなたがどれだけ強い攻撃力をお持ちでも、このエリアで誰かを傷付けることはできません」

「くっ……」

「ですが、魔法でなければ有効かも知れませんよ」

 タッフードのそばに、巨大な白蛇が現れる。彼を追って来たムウだ。

「噛まれたり、尾で叩き付けられたりすれば、多少なりともダメージがあるでしょうね」

 痛い目に遭いたくなければ近付くな、という警告だ。

「タッフード!」

 今度は若い声が響いた。ようやく追い付いたフォーリア達だ。

「やれやれ、一体何人まで増えるのかな」

 新たに現れた四人を見て、面倒くさそうにタッフードがため息をつく。

「これって、もしかして……関係者全員集合なの?」

 その場の顔ぶれを見回して、フォーリアがつぶやく。

 竜に封印をした魔法使い達が、全員揃っているのだ。

「きみ達はあの時の」

 アズラが少女二人に気付く。

「あなた達、私の誘いを断った……」

 エンルーアも少年二人に気付いた。

「お前は確か」

 テルワーグだけは、フォーリアの顔をかろうじて知っているだけだ。しかし、二人の魔法使いが知っていたり、この場へ来るということは、全員が何かしら関わっているのだろう、とは推測できた。

「そんなに手足を失いたいのかな」

 ムウが四人に向かって威嚇する。

「構うな、ムウ。すぐに終わる」

「やめろっ」

 タッフードが呪文を唱え、他の誰もが口々に制止を叫んだ。しかし、タッフードの唱えた呪文はすぐに終わってしまう。

 あまりにもあっけなかった。封印の魔法の仕上げは、こんなにも簡単なものなのか。

「そんな……これでリリュースが……」

 フォーリアが力なくつぶやいた。

 鍵を持って呪文を唱えることで、封印は完成する。竜は封印という箱に閉じ込められ、その魔力を奪われてしまうのだ。

「くそっ。俺達が竜を封印する手助けをしたなんて、シャレにもならないじゃないかよっ」

 リリュースと約束したのに。必ず助ける、と。

 何が何でも守るつもりでいたのに。竜のことを。竜との約束を。

 それなのに、やったのは真逆のこと。リリュースを窮地に追い込むどころか、とどめを刺して息の根を止めてしまうようなことをしてしまった。

「これで助けられると思ったのにっ」

 サーニャが涙を浮かべて叫ぶ。

 ゼンドリンでかろうじて最後の鍵を手にした時、これでリリュースを助けられると思った。

 本気で思ったのに。

「まだ終わってないよ」

 セルロレックが一人、冷静に言った。三人が年長の魔法使いを見る。

 一方で、タッフードは戸惑いの表情を浮かべていた。

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