第3話 四人の魔法使い
「ここに来ているのは、俺達だけか? 他にはいないのか?」
四人は自然に一ヶ所へ、フォーリアのいる近くへ集まった。もう少し竜の顔を確かめたい、という気持ちがあるせいだろう。
セルロレックの方からだと、竜の顔の真正面で表情がよくわからないし、レラートとサーニャの位置ではほぼ身体しか見えない。
フォーリアがいる角度が、竜の顔を一番見やすいのだ。
四人の視線が注がれても、やはり竜は目を覚まさない。
「どうやら、ぼく達だけのようだね。
「一応確認のために聞くけれど、みんな魔法使いよね? こんな所へ来ようとするくらいだから」
サーニャの言葉に、三人がうなずく。
普通の人間にとって、草原を越えてここまで来るのはかなりの労力だ。
もちろん、来られなくはないが、途中に何がいるか、何があるかわからない場所へ来ようとする人はほとんどいない。
「みんなの国でも、何か起きてるのか?」
レラートに聞かれ、また三人がうなずいた。
「天候が妙なんだ。暦は夏なのに、初冬のような気温が続いてる。グリーネは北だから、元々他の国よりは涼しいだろうけれど、涼しいを通り越して寒いんだ。陽の光もひどく弱いし、作物の生長に影響が出始めてる」
「俺の所と逆だな。キュバスは夏真っ盛りって感じだぜ。と言うより、日照りだな。もう半月以上雨が降ってないし、細い川や小さな池は干上がり始めてる。真夏より強い陽射しと気温で、具合が悪くなる奴もいるんだ」
「そう言われれば、二人の服が対照的ね」
フォーリアがそう言って、少年二人はお互いの服装の違いに気付く。
北から来たセルロレックは薄手のコートを着ているし、南から来たレラートは薄手ではなく薄着だ。
「ゼンドリンは、ずっと雨が降ってるわ。小雨だけど、山や地盤が
フォーリアが説明するとあまり深刻さが感じられないが、食物にカビが生えて食べられなくなるということは、将来的に死活問題へとつながる。軽く見過ごせる問題ではない。
「私の所は、どちらでもないわ。寒くもないし、暑くもない。ちゃんと太陽が照らない代わりに、雨も降らないわ。ずっと薄曇りで、夜が明けてもすぐに夜になりそうな暗さよ。黄昏時と言えば聞こえはいいけれど、毎日辛気くさいったらないわ」
フォーリアとは対称的に、サーニャの話し方はとてもはきはきしている。魔法使いと言うより、彼女の場合女優が似合いそうだ。滑舌がいいから、舞台に立てばさぞセリフの通りがいいだろう。
「四つの国で、状況は違えど異常事態が起きてるってことか。じゃあ、考えることは同じはずだよな。パドラバの竜に何かあったんじゃないかって」
レラートの言葉に、それぞれが「そうだ」と答えた。
この大陸に住む以上、パドラバの島は無視できない。一年を通して穏やかな気候のパロア大陸で異常気象となれば、パドラバに視線が向けられるのだ。
「でも、それぞれ王室付きの魔法使いがいるだろう? 国で一、二を争う腕の魔法使いが調べていると思うけれど」
「一応、やってるってことは聞いてるわ。だけど、詳しい話は何もわからないまま。そう言うセルの国の魔法使いはどうなの?」
サーニャは、初対面であるセルロレックの名前をあっさり省略して聞き返す。
「進展なし、らしいよ。ぼく達ペーペーの魔法使いには、詳しい情報が下りて来ないからね。何かしらわかれば、それなりの話が流れてきそうなものだけど……何もない」
「キュバスでもそうだぜ。こういうマイナス面で共通点が多いってのは、問題だよな。ちゃんと情報を下ろさないから、混乱が起きるんだ」
東のゼンドリンでも同じだから、フォーリアがいきなり思い立ってここまで来たのだ。
「お偉方は、どういう調べ方をしてんだろうな。俺、ダメ元で霧の中を突っ込んで行ったら、ここまで来たぜ」
「あたしも。どうかなーって思いながら歩いてたら、森の中になってて……」
セルロレックやサーニャもそうだった。
霧の中へ入っても元の場所へ戻される、という話は聞いていたが、他に入る方法など知らないし、わからない。戻されれば改めて考えようと、まずはそのまま入ってみた。
すると、霧が晴れてきたと思ったら森にいて、竜の身体を見付け、ここで他の三人と出会った……という流れだ。
「もしかして、霧の中には入れないという先入観で、単にパドラバの島周辺をうろうろしていただけ……なんじゃないかな。竜に何かあれば、霧が晴れて中へ入れると考えているとか」
「みんな、当たって砕けろの気持ちで入って、砕けずに来られたってことね。よかったぁ。あたし、霧の中へ入ってここまで来たのはいいんだけど、その後はどうしようかなって思ってたの」
何も考えず、ただ来てみて何かおかしなことがあれば調べてみよう、という行き当たりばったり計画だったので、フォーリアとしては三人の登場はとてもありがたい。
「フォーリアってば、何も考えずにここへ来たの? もう、子どもはこれだから」
「あたし、十六なんだけど」
フォーリアの言葉に、三人が「ええっ?」と声を上げた。フォーリアにすれば、よくある反応なので気にしない。
身長が低いので幼く、よく言えば若く見られるのだ。焦げ茶の髪をおさげにしているせいも、多分にある。
もっとも、フォーリアの場合は身長や見た目だけでなく、言動もどこか頼りないように思われ、幼く見られるのだ。
「うそ……私より一つ年上?」
「サーニャは十五なの? あたし、勝手にお姉さんだと思ってたわ」
フォーリアより、拳二つ分は背が高いサーニャ。口調もはきはきしているし、フォーリアとは逆に年上に見られることも多い。
ちなみに、セルロレックはじき十九、レラートは十八になったところだ。この中では、セルロレックが魔法使いとして一番先輩となる。
「えっと、今は歳のことは横に置いておこう。とにかく、みんなは国の魔法使いが今回の異常気象の原因を究明できずにいるからここへ来た、ということだね。で、実際に竜がいる訳だけど……」
パドラバの島へ入り込めたなら、そこにいる竜を、もしいなければ自然の力を司る竜に準ずる存在を探し、今回の原因を探る。
大まかながら、誰もがそう考えていた。
そして、現実に竜はここにいたのだが……眠っている。いまだに起きる様子はない。
「起こしても平気かな」
レラートが竜を見ながら言う。ここで四人が竜の寝顔を眺めていても、事は進展しない。
「怒らないかしら。怒ったら、パロア大陸全体が今度は嵐になっちゃわない?」
「フォーリア、のほほんとした口調で怖いことを言うなよ」
「弱っている土地や人間に、とどめを刺すことになるわね」
悪のりするように、サーニャが追い打ちをかける。
「あのなぁ……」
「だけど、話を聞かせてもらわないとね。竜がこうしてここにいるからには、パロア大陸を守ってくれていたのはこの竜だ、と考えられる。だとすれば、今回の件と無関係ではないだろうし、わずかでも情報は持っているはずだよ。ただ……どうやって起こすかだね」
誰もが、竜を見るのは初めてだ。当然、竜の生態なんてものは知らない。
文献などで時々竜が出てきたりもするが、人間にこんな力を与えてどうの、といった内容ばかり。それもかなりあいまいな表現ばかりで、今すぐに役立ってくれそうな情報などなかった。
フォーリアの行動ではないが、とりあえず行き当たりばったりで動くしかなさそうだ。
「顔や手を揺すったくらいで起きるとも思えないよなぁ」
「だいたい、私達くらいの力で身体が揺れるかどうかも怪しいわ。この巨体だもの」
いきなり直接竜の身体に触れていいものだろうか。
目の前にいる竜が大陸全体の気候を左右する力を持っているとして、そんな強大な力を持つ生物に直接触ったりすれば……火花が出たり、相手の持つ力に跳ね飛ばされたり、逆に力を吸い取られたり。
とにかく、何かの影響を受けそうな気がする。早い話、ちょっと怖い。
これだけの巨体を前にしたら「怖い」と思うのは、本能的なものだ。みんながためらうのも、仕方がない。
「じゃあ、呼び掛けてみましょ」
三人が「え?」と思っている間に、フォーリアは竜の顔のそばまで歩いて行く。
「パドラバの竜、起きて。あなたに聞きたいことがあるの」
竜の顔の前でしゃがむと、フォーリアはそう声をかけた。
「何て言うか……斬新で大胆な奴だな」
「ぼくの周りにはいなかったタイプだ」
「ディージュにだって、いないわよ」
フォーリアの言動に、三人は呆然としていた。だが、すぐに
「……リリュース」
「え?」
低い声が聞こえ、フォーリアが思わず聞き返す。
「我が名はリリュースだ、小さな魔法使い」
竜のまぶたがゆっくり持ち上がる。黒く濡れた瞳が現れた。
竜の身体は大きい。頭も身体に見合った大きさだし、その目だけでも人間の頭くらいの大きさがある。
そんな大きな目で睨み付けられれば、蛇に睨まれたカエルどころではないだろう。
竜の目は、完全には開かない。半眼の状態で、しかしその視線はしっかりとフォーリアに向けられていた。
「小さなって、あたしのこと? でも、あなたから見れば、人間はみんな小さいわよ」
「確かに」
今開いた目以外、竜の身体はどこも動いていない。その顔も無表情だが、口調は笑みを含んでいるように聞えた。
「すご……彼女、竜と普通に会話してるわ」
「さりげにからかわれて、しっかり返してやがんの」
「ああいう人物が、将来大物になるのかな」
感心してばかりもいられない。
三人はフォーリアと竜の方へ近付いた。
「よかったわ、ちゃんと話ができて。ずっと眠ったままだったらどうしようかって思ったけど。あたしはフォーリア。東のゼンドリンから来たの」
「四方から魔法使いが来たようだな」
三人が自己紹介する前に言われてしまった。
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