第4話 狙われた力
「ぼく達が魔法使いだと、どうしてわかったんですか。まさか」
「眠ってた訳じゃなかったのか。俺達の話、ずっと聞いてたんだな」
とは言うものの、竜は何も悪くない。目を閉じているから眠っている、と勝手に思ったのはこちらだ。その横でべらべらとしゃべっていたのも、自分達。
そもそも、ここは竜の棲処だ。人の家へ勝手に入っておしゃべりし、家人がいることに気付いて盗み聞きしたな、と言っているようなもの。
「霧の中へ足を踏み入れた時から、わかっている。珍しい者達がいるな、と。人間はあの霧を警戒し、中へ入ろうとはしないのに」
リリュースの口元は、ぴくりとも動いていない。しかし、声ははっきり聞えている。竜の声は耳ではなく、頭に響いているようだ。
「警戒だけじゃ、前へ進めないもの。それより……どうして竜のあなたが、眠ったフリなんてしていたの?」
サーニャは遠慮なく、疑問をリリュースにぶつけた。
「フリをしていたのではない。私はほとんど動くことができない。こうしてわずかに目を開くことが精一杯だ」
動かないのではなく、動けない。目をしっかり見開いて、前にいる人間を見据えることさえもできないのだ。
「リリュース、苦しくない?」
動けないと聞いて、フォーリアが心配そうにリリュースの目を覗き込む。
「苦しくはないが……身体の自由が奪われるのは、やはりつらいな」
半分しか開いていない目が、さらに閉じかける。恐らく、目を開いているのも普段以上に力が必要なのだろう。
「リリュース、無理しないで。目を開けてるのがつらいなら、閉じていいよ」
「……すまぬな」
フォーリアの言葉に遠慮はせず、リリュースは再び目を閉じた。
「パドラバの竜に何かあったんだ、なんて根拠のない噂が飛び交ってるけど……本当だったんだな」
「霧の中へ入ったこともわかっていて、さっきぼく達が話していたことも全て聞いていたんですよね? リリュース、教えてください。あなたに何が起きたんですか。大陸の気候が異常なのも、あなたのこの状態と関係あるんですか」
「……力を封じられた。人間の魔法使いに」
「ええっ?」
思いがけない話に、全員が声を上げた。
「竜を封じるなんて、そんなことができる人間がこの世の中にいるの? 竜の力を上回るなら、世界の支配者にだってなれるじゃないの」
あまりのことに、サーニャの口調が少し興奮気味だ。しかし、誰もが同じ気持ちだった。
竜は強大な魔力を持つ。人間の持つ魔力など、竜のまつ毛一本にも満たない、などと言われるくらいだから、その差は歴然。
そんな圧倒的に力の差がある竜を、人間が封じるなんてことが可能だろうか。
「太陽が隠れた日があっただろう。私の力は太陽が隠されるわずかな時間、無力に等しくなるのだ。それを知る人間がいたらしい。そこを狙われた」
言われてみれば、自分達の国でおかしな天気が続くようになったのは、昼の太陽がわずかな時間隠れた日の後からだ。
その日に竜が封印され、コントロールされなくなった自然の力がおかしな方向へ走り出したとすれば……話は合う。
「誰なんだよ、そいつっ。大陸中が大迷惑してるんだぞ。何考えてんだ」
「竜を封じようとするくらいだから、竜の力を狙ったってところだろうね。強い魔力は、それだけで魅力的だ。特に魔法使いにとってはね」
「つまり、リリュースは力を奪われて、こうなってるってことなの? 力を奪った魔法使い、どこかで高笑いしていそうだわ。そう考えたら、気分わるーい」
「力を奪ってからリリュースがどうなるか、その魔法使いは考えなかったのかなぁ。自分さえよければいい、なんて思ってるとか。ひどいよね」
フォーリアが、リリュースの前脚をそっとなでる。
そんなくらいでリリュースが元気になるとは思っていないが、何かしたかった。滑らかな表面の黒い鱗は、ひんやりと冷たい。
「……力はまだ奪われていない。私の中にある。だが、それを使えなくされた状態なのだ。見えない網をかぶせられ、地面に張り付けられた。例えるなら、そんな感じだろう」
リリュースは、地面に横たわって動けない。言われてみれば、そんな状態にも思える。
「魔法使い達は私の体力が……命が尽きるのを待っている。私が消えても、力は残る。それを奪うつもりでいるのだろう」
「魔法使い……達? じゃあ、こんなことをしたのは、複数犯って訳ね。なんて人達なのよ。魔法使いの風上にも置けないわっ」
「そういう人達の誰かが、さっきまであたしの隣で笑っていたかも知れないのね」
魔法使いが犯人であれば、同じ魔法使いであるフォーリア達の横で、何喰わぬ顔をして立っていた可能性だってあるのだ。
わからなかったとは言え、そう考えると腹が立つ。
「だから誰なんだ、そいつらっ。早くこんなことをやめさせないと、リリュースもくたばっちまうし、キュバスだって一ヶ月もしないうちに干からびちまう。そいつらに封印を早く解かせないと」
「他の国も、まともじゃない。作物が取れなくなれば、いや、そうなる前に食糧をめぐって、戦争も起きるだろうね。……争っているうちに食糧不足になって、すぐ全滅しそうな気もするけれど」
作物は育たず、人や動物には決していい影響を与えない天候。こんな状態になったことなど過去にないから、何が起きるか予測するのもむずかしい。
ただ言えるのは、ろくなことが起きない、ということ。
「こんなことした人達、そうなるってわかってるのかなぁ」
「わかってるんじゃないの? 自分達が竜の力を手に入れるためなら、それくらいは多少のことなのよ、きっと。……魔法って、人を助けるためにあるんじゃないの? 私はそう信じて、魔法使いになったのに」
「ぼくも、本当はそうあるべきだと思うよ。だけど、中には使い方を間違える人もいるからね」
魔法は便利な道具だ。しかし、その道具も本来とは違う使い方をすれば、大変なことになる。その力が大きければ、問題も拡大するのだ。
「リリュース、その魔法使いが誰かわかるのか」
「……いいや」
レラートの問いに答えたリリュースの返事は、四人の期待とは反対のものだった。
「竜にもわからないの? だって、竜はすごい力を持ってるんでしょ。それくらい、見えるんじゃないの?」
「サーニャ、無理を言うんじゃない。リリュースだって、わかっていたらちゃんと話してくれるよ」
竜を責めるような口調のサーニャに、セルロレックがたしなめる。
「でも……あたし達が来たことはわかったんでしょ? それなのに、その魔法使い達のことは、わからないの?」
「あ、そうだ。俺達が霧の中へ足を踏み入れた時からわかってたって、さっき話してたよな」
「霧の中へ入ったからだ」
パドラバの島と呼ばれるエリアは、霧の中。そこはリリュースのテリトリーとなる。自分が完全に関知できる領域だから、四人の魔法使い達のことを知ることができた。
しかし、リリュースを封じた魔法使い達は、霧の外から封印の魔法をかけたのだ。気配を感じることはできても、リリュースはどういった人物がしたことなのかが把握しきれなかった。
まして、太陽が隠れている間は、力がほとんど消える。気配を感じる力さえも薄れていた。
本来なら悪しき力を防いでくれるはずの霧も、リリュースと同じように力を失っていたのである。
かろうじてわかることは、四人の魔法使いが四方から同時に魔法をかけてきたことと、特に北にいた魔法使いから一番強い邪心を感じたということ。
「北、ですか……。北の国の人間としては、気が重くなりますね」
グリーネから来たセルロレックは、苦い表情になる。
「北の国の人間じゃなく、今回のことを企んだ人達のリーダーが北にいたから、かも知れないわ」
「そうだといいけどね」
フォーリアの言葉に、セルロレックは苦笑を浮かべる。
「北側にいたから、北の人間が犯人だって決まった訳じゃないだろ。えっと……ほら、例えばキュバスの魔法使いが集まって、四方にいたのかも知れないしさ」
「……どこの国の者、と言うのなら、四つの国全てだ」
「え……」
四人はリリュースの言葉に、しばし絶句する。
リリュースの話によると、同じように魔法を使っていても国によって微妙に気配が異なるらしい。ここにいる四人がもし同じ魔法を同時に使ったとしても、リリュースにはその違いがわかる、と言うのだ。
そして、その犯人達は全て違う国の魔法使い……四方の国それぞれから犯人が一人ずついる、と感じ取ったのである。
「どの国にも、バカヤローがいるって訳か。まぁ、これで誰かの国だけを責めなくて済むよな」
レラートが髪をくしゃりとしながら、大きなため息をついた。
リリュースの話は楽しいものではないが、前向きに取っておくことにする。全てを暗く考えても、仕方がない。
「だけど、各国に一人ずつ犯人がいるなら、捜し出すのも大変ね。どこかで一つにまとまってくれれば楽なのに」
「でも、そういうことをするのって、きっとレベルの高い魔法使いよね。あたしくらいの腕じゃ、考えても実行には移せないもん。強い魔法使いに団体でいられたら、あたし達じゃ勝ち目はあまりないと思う……」
「フォーリアって、のほほん口調で的確に突っ込んでくれるわね」
のんびりな雰囲気で、どこか頼りなげな感じのフォーリアだが、言うことは結構厳しかったりする。本人には、全然そんな気はないのだが。
「魔法使い達はそれぞれ、封印の鍵を持っているはずだ。それを壊すことができれば、この身体も動くようになる」
「その魔法使いと対峙しなくても、その鍵だけでも何とかできればいいんですね」
セルロレックが確認する。それなら、魔法使いになってわずかな年数の経たない彼らでも、何とかできそうだ。
「あの魔法の力……全員が国でも上位にいる者だろう」
「本当に上にいる奴が、こんなことをしでかしたのか。ろくなこと、考えないよな」
「強くなれば、もっと強い力が欲しくなるんだろうね。人間の欲望は果てしないから」
「だけど、これだとズルじゃない。自分の実力で強くなる訳じゃないんだもの。卑怯なだけだわ」
「人間って、楽を覚えると横着になるって。あたしの師匠がよく言ってるよ」
とにかく、手掛かりは腕のいい魔法使いで、それぞれの国に一人ずついるということ。
四人の魔法使い達は、必ず助けるとリリュースに約束して、パドラバの島を後にした。
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