5-4 共闘

 戦場と化した渋谷に、真司に借りたバイクで乗りつける。


 今の渋谷の人口は、八割以上がメスガキだ。そしてここ渋谷スクランブル交差点のメスガキは、一人残らずメスガキ☆ゾンビと化している。

 警察がなんとか取り抑えようとしていたようだが、驚異のパワーと治癒力を持つメスガキ相手では、まるで歯が立たなかったようだ。警官は姿を消し、パトカーはフンコロガシよろしく交差点の隅に追いやられている。まさにメスガキ☆無法地帯。もうメスガキ以外の人間は、この近くにいないようだ。

 メスガキ区長の話によれば、政府は自衛隊に出動要請しているらしい。もし本当に自衛隊が渋谷に来て武力で鎮圧する事になれば、フェテレータやMSGK被験薬に携わった者全員、どんな沙汰が下るか分からない。『もちろんぼくの支持率も壊滅~☆』と泣き事を言う区長に、同情しないわけでもない。

 いずれにせよ、今はこの災厄の中心人物――紗綾ちゃんを止めるしかない。


 俺はバイクを少し走らせて、近くの道路標識を引っこ抜いた。そのままぶんぶんと片手で振り回し、左肩に担ぐ。

 紗綾ちゃんの冷凍保存MSGK被験薬のストックはあと一本。今朝打ったMSGK被験薬の効果がまだ残ってる間に、なんとか決着を付けたい。

 左手で道路標識を構え、右手でアクセル全開にすると、バイクは弾かれたようにメスガキ☆ゾンビの集団に突っ込んでいく。


「ざあこおおお☆☆☆」

「よわよわああ♡♡♡」


 群がるメスガキを道路標識で薙ぎ払い、中央のゲリラステージを目指す。途中で標識は持ってかれてしまうが、小回りの利く原付バイクで回避に専念。次々現れるメスガキをすり抜け突き進む。

 ようやくステージトラックが見えてきたと思ったら、前方に転がったのは複数の金属片。これは――!?


「しまっ……」


 次の瞬間、目の前で起こる大爆発にバイクごと突っ込んでいた。ちゃちいカウルを炎に染めて、車体は道路を横滑り。ガードレールに激突し爆発炎上してしまう。

 俺は横滑り時に咄嗟に飛び降り、派手に転がって衝撃をいなした。メットを脱いで地面に放り投げると、コンクリートの擦り傷で右腕の半分が削れていた。


「随分派手な登場ですね、和志さん」


 どんどん腕の傷が治ってく俺の前に立ち塞がったのは、黒髪ボブカット日葵。

 周りのメスガキ達は日葵を怖れるように後ずさりし、俺達の周りに近寄らない。


「渋谷きっての爆弾魔が演出してくれたんだ。どこぞの特撮ヒーローにもできないくらい、派手に転んだろうよ」

「爆弾魔だなんて失礼な。これはちょっとした、盛り上げ花火みたいなものですよ」

「お前……MSGK被験薬の影響を受けないのか?」


 周りのメスガキがゾンビのように唸り徘徊する中、日葵だけは自我を保ち、落ち着いているように見える。ここら一帯にミストとなって充満するMSGK被験薬は、フェテレータB群の日葵には効かないのか?


「どうやら孤児院で育った私達には、紗綾の髄液の効果はないようです」

「紗綾ちゃんから精製されたMSGK被験薬に、一体どんな効果が隠されてるっていうんだ?」

「それを知る必要ありません。なぜならあなたは、ここで私に倒されるのですから!」


 日葵が腕を横に薙ぐと、目の前に複数の金属片がバラ撒かれた。こいつはプラスチック爆弾の一種だ。金属片がアスファルトに弾かれると爆破を起こし、周りのメスガキを巻き込んで連鎖爆発が起こっていく。

 俺は爆風と噴煙の中に飛び込み、そのまま前に突っ切って、日葵との距離を詰める。


「そっ、そんな!?」


 爆風で吹っ飛んだ右腕はすぐに再生し、でろんと飛び出た右目も勢い良く戻ってくる。視界が戻ると目の前に、両手にスタンガンを構える日葵の姿が。

 俺は勢いそのままに突進。日葵の腰に縋り付くようなタックルを放つ。

 すぐさま背中に、スタンガンが押し当てられる。強烈な電気を流し込まれながら、負けじと俺も、右手に持った黒い箱を彼女の背中に突き立てた。

 那須野博士がメスガキ秘書から預かったスタンガン――護身用とはいえ、自然治癒力を持たない日葵になら、十分すぎるほどの威力を持つ。


「きゃあああっ!」


 そのまま俺に押し倒される格好で、日葵は仰向けにひっくり返った。

 俺は痺れる身体を四つん這いにして、懐から取り出した注射器を振りかざし――自らの首筋に打ち立てた。

 どくんと、身体中の血流が大きく波打つと同時に、那須野博士のサディスティックな笑顔が脳裏に浮かび上がる。


『スタンガンによる電気ショックが与えられた君の身体は、MSGK被験薬の副作用を打ち破る事ができる。要は、整骨院でよく見られる電気療法と同じさ。酷い筋肉痛を引き起こす化学物質が誘導される前に、生体電流を外部電気で活性化させ、MSGK被験薬接種時と同程度の筋肉量を一時的に復活、ダメージを上書きできる』

『だからって、スタンガン押し付けられて気絶したら意味ないですよっ!?』

「そう。だから君が、スタンガン使いと戦う時に取れる戦法はただひとつ!」


 冷凍保存されていた最後のMSGK被験薬が、俺の身体に流し込まれる。電気を帯びた俺の身体に、血流に乗った驚異の自然治癒力が駆け巡る。

 MSGK被験薬を連続で一日二回打つのはこれが初めてだが、日葵のスタンガンによる電気が身体中に残存する今なら、蓄積疲労は誘導されない。ただしスタンガンのダメージ自体は喰らってるわけで、それを新たなMSGK被験薬で上書き治癒してしまえば――!


 完全復活した俺に、両肩を抑えつけられた日葵は、諦めたように両手のスタンガンを放り投げた。

 代わりに両手の指の間には、小さな金属片が挟まっていて!?


「さようなら、和志さん」

「おまっ……バカ!」


 制止する間もなく、日葵は手首のスナップを利かせて、全ての金属片を宙に放り投げた。そのまま俺の首に両手を回し、逃がすものかと抱き着いてくる。

 地面に落ちた瞬間に、金属片が爆発するのは明らか。爆破の雨に晒されても、俺は時間が経てば回復していくが、日葵は……。そうまでして、俺の足止めをしようと!?

 引き剥がされないよう必死で喰らいつく日葵を、俺は逆に抱き締めた。小さな頭のボブカットが顎に隠れるくらい、強く深く胸に抱く。


「なっ……何を!?」


 次の瞬間、四方八方から爆撃されたかのような衝撃が俺の身体を襲い、俺達は爆風で天高く吹っ飛ばされた。

 背中からアスファルトに叩きつけられると、ゆっくりと腕の力を抜き、少女を解放する。


「一体何を考えてるの!? どうして私を……?」


 俺の胸の上で、日葵が慌てたように俺の左顎を擦った。消し飛んだ左半身と一緒に、左頬が凄い勢いで再生されていく。


「お前にはメスガキの治癒力がないだろう……安心しろ。今の俺なら、どんな怪我でも一瞬で治せるから」

「だからって! 痛みだってあるんでしょう!? 私、あなたの敵なのに――」

「敵とか味方とかどうでもいい。俺はただ、紗綾ちゃんを救いたい。日葵はただ、シスター・マナを救いたいんだろう?」

「……うん」

「だったら俺達は同士。同じ志を持つ仲間だ」


 日葵の頬に、涙が伝う。

 本当にこの娘は……メスガキとはほど遠い、無垢な表情がよく似合う。


「このままでは紗綾ちゃんが扇動者となり、裏で操るシスター・マナは大量殺人鬼になっちまう。このバカげたメスガキゾンビ☆パンデミックを止めよう。メスガキを紗綾ちゃんが呼び寄せてるっていうなら、俺がそれを阻止する。手伝ってくれ日葵」

「でも、シスター・マナの命令は……あなたを近づけさせない事」

「恩義があるのは分かってる。でもシスター・マナだって、今まで日葵に助けられてきたはずだ。今彼女は、極端な方向に舵を切っている。まずは舵を戻させて、その上で話し合う事だってできるはずだ。そうじゃなきゃ……もう取り返しのつかない事故が起きた後じゃ、話し合う事もできなくなってしまう」

「和志さんは、シスター・マナを救ってくれるんですか? 私達の敵ではないんですか?」

「敵も味方もない。俺はメスガキと共にある、離解者ワカラセだ」


 日葵の瞳に琥珀の色が揺らめくと、涙の雫となって落ちていく。

 まだ再生されかけの俺の胸に顔を埋め涙を拭うと、きっと両眼に力を込めた。


「勘違いしないで下さい。あなたに離解らされたわけじゃありません。私も今回のシスター・マナは、勇み足だと思っています。メスガキ☆ゾンビを止めるだけの一時的な共闘です」

「了解だ。俺が紗綾ちゃんを止める。日葵は、あのスプリンクラーから噴出されるMSGK被験薬をなんとかしてくれ」

「分かりました」


 俺は日葵を抱いて立ち上がり、彼女を地面に下ろす。

 互いに頷き合うと、俺達は一緒にステージトラックへ駆け出した。

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