5-3 渋谷フラッシュ

 国道を走るSUVの中、拘束着を着せられた福浦さんと俺、恵は向かい合って座っていた。

 あの後、潰れたセダンから救い出した福浦さんに目立った外傷はなかったが、抵抗する気力はもう残っていないようだった。銃を取り上げ拘束具を付けると、自分の足でメスガキ党のSUVの中に乗り込んだ。


「福浦さん、紗綾ちゃんの居場所、やっぱり教えてくれませんか?」

「……言っただろう。俺がマナを裏切る事はないと」

『だったらあなたに用はありません。警察に突き出して、芋づる式にシスター・マナをタイホしてもらうだけです☆ それでもいいんですか? 捨て駒☆クソザコ☆裏切り野郎の、福浦さん♡』


 恵の怒気を含んだメスガキ声にも、福浦さんは微動だにしない。

 俺は恵の肩に手を置くと、首を横に振った。このまま感情論で訴えかけても、欲しい情報は聞き出せないだろう。


「福浦さん。シスター・マナはフェテレータとMSGK被験薬の効果を合体させて、楓の姉・紅葉をパワーアップさせてたんですよね?」

「知らないな」

「シスター・マナは、『フェテレータはあっちが立てばこっちが立たないの繰り返しで、正直行き詰っている』と言ってました。それはつまり、フェテレータは調整の仕方によって少なくとも二種類の効果があり、そのどちらも良い塩梅にならないという意味ですよね? だから足りない部分をMSGK被験薬で補おうとした。さっきの紅葉みたいに」

『どういう事ですか?』


 きょとんとする恵に、俺は今まで見てきたメスガキ達を思い浮かべ、説明する。


「まずメスガキ花嫁やメスガキ真綾など、『渋谷メスガキ連続暴行自死事件』に関係する暴行自死メスガキ犯。これをフェテレータA群としよう」


 恵は珍しく、俺の声を録音しながら聞いている。


「フェテレータA群は、普通のメスガキでは敵わない超パワーと超スピードを兼ね備えた、戦闘特化型メスガキだ。しかし自我は保てず、好き放題暴れた後、自分の頭をカチ割り自害する」

『はた迷惑なメスガキですね』


「次にフェテレータB群。これは恵が教会孤児院で出会った、日葵を始めとする十数人のメスガキらしからぬ少女達だ。彼女らはメスガキウィルスが抑えられているお蔭で穏やかな性格となり、ワカラセなしでも徐々に身体が成長する。しかしメスガキ特有のパワーと治癒力はなくなり、頭も年齢相応かそれ以下。精神的に幼いままになってしまう」

『……わたしもあそこで長く生活していたら、そうなっていたかもしれません』


「最後にフェテレータC群。これはさっき戦ったメスガキ紅葉で、言わばA群とB群のハイブリッド。フェテレータB群の紅葉に、実の妹から精製したMSGK被験薬を打つ事で、A群並みのパワーとスピードをもたらし、思考力もメスガキ並みに向上、自害する事もなくなった」


 そうでなければ、福浦さんの車を包囲網から突破させようとか、インカムの指示を受け一人で撤退する事もできないはずだ。


『でも、結局シスター・マナの目的はなんなんですか? 渋谷で暴行事件を起こしたり、那須野博士を強襲したり、紗綾を拉致したり……。実験と称するにはあまりに大胆というか、無謀というか……』

「それは俺にも分からない。離解者に頼らずメスガキをピリオドにする事で、メスガキ☆パンデミックに終止符ピリオドを打つと言っていたが……。その目的とフェテレータA群の実験は、明らかに矛盾している」


 福浦さんの顔を窺うも、不気味な笑みを浮かべるだけで、何も喋ってくれそうにない。問い詰めるだけ無駄かと諦めたところで、スマホに着信が入った。那須野博士からだ。


「もしもし、和志です。計画通り福浦さんを拘束して、今は渋谷に戻ってるところですけど……」

『大変だ和志くん! 車内にテレビはないのか? ニュースを見てくれ!』


 スマホ越し、珍しく慌てた声を出す那須野博士。

 運転席のメスガキ党員に「ニュースを付けてくれ」と頼むと、車内の小型モニタに渋谷のライブ中継が映し出された。

 そこには――数多のメスガキが、渋谷の街で暴れ回る姿が映っている!?


『ご覧ください! 渋谷のスクランブル交差点は、正気を失くしたメスガキ達で溢れかえっています。これはもう、メスガキゾンビです! 皆さん、危険ですので絶対に渋谷に来てはいけません!』


 渋谷の駅前は、地獄の様相を呈していた。轟く悲鳴と怒号、どこかで車が炎上しているのか、断続的に爆発音まで聞こえてくる。

 その中を大勢のメスガキ達が、ガンキのメスガキ花嫁のように我を失い「ざあこ♡ ざあこ♡」とうわ言のように繰り返し、辺りを徘徊している。目に映る全てのヒト、モノ、車両を無差別に攻撃し、それでいてメスガキ同士の争いは起きてない。ゾンビと化したメスガキ達は自害する素振りもなく、ただただ街を破壊する暴徒と化していた。


「一体、何が起こって……」


 見慣れた渋谷のスクランブル交差点は、メスガキゾンビがひしめくフラッシュモブ。一日中流れる広告映像の音楽に合わせ、メスガキ達が続々集まり、息の合ったゾンビダンスを披露している。

 日常の音楽と、非日常の暴力。隊列を成すように、集まり増えるゾンビ達。中継していたカメラもメスガキに襲われると、ほうほうの体で逃げ出し、横倒しになったカメラが、メスガキゾンビと交差点を真横に映し出す。


 二十五年に及ぶメスガキ☆パンデミックは、今まさに、メスガキゾンビ☆パンデミックに移行しようとしてるのか!?


『まさかこれ……フェテレータA群に、MSGK被験薬を!?』


 恵のスマホ再生が聞こえたのか、通話の向こうの那須野博士が、驚異の理解力で説明してくれる。


『奴らはフェテレータで暴行自死状態にしたメスガキを、進化させたんだ。彼女達は同類のメスガキを敵と認識せず、その他大勢を排除するメスガキゾンビになっている。見えるかい? スクランブル交差点中央に、大きなトラックが停まっている。どうやらあそこで霧状のMSGK被験薬を吸い込み、暴徒化してるようなんだ』


 中継カメラが地上から、空中ドローンの俯瞰カメラに切り替わった。確かにゲリラライブで使うような大きいステージトラックが、交差点中央に停まっている。

 積み荷のステージの所々に、残暑対策なのかスプリンクラーのような機械がたくさん設置されている。集まったメスガキ達はその霧を浴び……って、トラック中央で踊っているのは、紗綾ちゃん!?

 渋谷のメスガキは、フラフラした足取りで紗綾ちゃんのダンスステージに集まるとスプリンクラーの霧を浴び、またフラフラとどこかに行ってしまう。


『集まってくるメスガキは、一、二件目の『渋谷メスガキ連続暴行自死事件』と同様、フェテレータによって発狂したメスガキ達だ。スプリンクラーで撒いてるのは恐らく、紗綾ちゃんの髄液から精製したMSGK被験薬。この二つが合わさる事でメスガキ達は同族殺しを回避し、自害もしなくなった』

「どうして……どうして渋谷の駅前にいるだけで、フェテレータの影響を受けているんですか!? 紗綾ちゃんのMSGK被験薬だって、俺以外にも何か特別な効果があるって事ですか!?」

『それを確かめるためにも、和志くん。紗綾ちゃんを止めてくれ! メスガキが近づけば文字通り、ミイラ取りがミイラにされてしまう。今、彼女を止められるのは、離解者ワカラセの君しかいない!』


 メスガキ党のSUVは、高速に乗って渋谷へ急ぐ。

 電波の状態が悪くなると、俺はスマホの通話切って福浦さんに話し掛けた。


「福浦さん。これもシスター・マナの筋書きなんですか?」

「お、俺は知らない! マナはあくまで治験の舞台として渋谷を選んだだけで、こんな大それた実験するなんて……」

『しらじらしい☆ 世界一のエリア・メスガキとして知られる渋谷で、こんな大惨事を起こして……。これじゃメスガキが、世界から非難の的になるだけです!』

「分からない……俺はただ、マナを……」

「福浦さん!」


 狼狽する福浦さんの肩に両手を置き、激しく揺さぶる。

 

「このままでは、シスター・マナは大量殺人鬼として世界に認知されてしまう。俺は紗綾ちゃんを止める。福浦さんは、シスター・マナを止めてほしい。そのために最後にひとつだけ、教えて下さい」

「な、何だ?」

「フェテレータは、もしかして――」

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