5-2 姉妹

 福浦さんはシートベルトを緩めると、深いため息を吐いた。


「和志は、俺を信頼してるとばかり思っていたんだがな」


 抑揚のないイケボが、俺の心に突き刺さる。


「もちろん信頼してましたよ。だからこそ気付くのに遅れたし、今だって……否定してほしいと思ってる」


 ここまで問い詰めて尚、俺自身信じたくなかった。自分が憧れ尊敬してた人に、ずっと騙され続けていたなんて。

 それは誤解で、他に理由があるんだと、必死に言い訳してくれたらどんなに良かったか。

 でもこうして見つめる福浦さんの横顔は、むしろ憑き物が取れたかのように晴れ晴れとしていて。もう演技をしなくていいんだと、安堵さえ感じてるように見える。

 この場で零れるその笑顔が、俺達がどうしても交わらない平行線にいる事を示唆していた。


「どうして俺が、レベル☆☆☆スリー離解者ワカラセだって、気付いたんだ?」

「シスター・マナはピリオドです。じゃあ彼女をピリオドにした離解者パートナーは誰だと考えた時、協力者であろう福浦さんがその筆頭に挙がる。おまけに福浦さんは、『もしレベル☆☆☆になったとしても、お前には言わない』と言っていた。あれは何かの拍子でレベル☆☆☆がバレた時の事を考えて、先回りで理由を用意しておく必要があったから……」

「でも実際、俺が誰かをワカラセてるところなんて見てないだろう?」

「そうですね……でも裏ではメスガキを一人、離解らせてます」

「誰の事だ?」

「いくら探しても見つからない、紗綾ちゃんの事ですよ」


 あの日、ショックで飛び出して行ったとはいえ、そのまま三日も行方不明になるなんてどう考えたっておかしい。

 紗綾ちゃんはメスガキだけど、子供じゃない。ショックが収まれば、どういう事か俺ときちんと話して、理解しようと思うはず。

 それが、イザイザ☆メスガキ党まで巻き込んで大々的に捜索してるってのに、こうも見つからないなんてあり得るだろうか。

 紗綾ちゃんの実力を考えれば、誰かが強引に拉致監禁する事も考えにくい。


 その相手が……知り合いでもなければ。


「大学を飛び出していった後、紗綾ちゃんを待ち構えていた福浦さんは偶然を装い話し掛けた。心配そうに「とりあえず話聞くよ」と声を掛ければ、紗綾ちゃんも信用して、車に乗り込んでもおかしくない。そこで話してる内、福浦さんに離解わからせられてしまったら……逃げ出す事もできなくなる」

「ふふふ……はははっ!」


 福浦さんは突然、笑い出した。

 どうして笑えるのか。何がおかしいのか。理解できない。

 嫉妬するほどイケメンな福浦刑事が、今はとてつもなく気持ち悪い存在に見えてしまう。


「くっくっ……すまんすまん。やっぱり和志は、メスガキ課の刑事になるべきだったよ。推理は立つ、メスガキには信用される。そこまで分かっている癖に、犯人の弁明もきちんと待ってくれている」

「福浦さん、教えて下さい。紗綾ちゃんをどこに隠してるんですか? シスター・マナの居場所は!?」

「俺はなあ、和志。お前が羨ましかったよ」

「だから! はぐらかさないで下さい!」


 福浦さんは、焦点の合わない瞳を天井に向けた。


「米国時代、マナは俺に熱烈なアプローチを仕掛けてきた。俺も天才マナのメスガキ研究の手助けがしたくて、一緒に長い時間かけて彼女を離解らせていった。でもよ……離解者ってのはパートナーがピリオドになると、もう必要な存在では無くなってしまうんだよな。想いの天秤はいつの間にか逆側に傾いて、俺の方がマナを追い駆けるようになっちまった」

「福浦さん……」

「彼女を支えたい。もっと俺を必要としてほしい。そんな想いだけで突っ走ったと言えば聞こえはいいが……やってる事は言い訳もできないほど、悪党の所業だな」


 福浦さんは、スーツの内ポケットから拳銃を取り出した。

 と同時に、車内の扉が四つ同時にカタンと鳴って、ロックされてしまう。


「親の影響力やメスガキ達を離解らせ骨抜きにさせる事で、俺は渋谷をフェテレータの実験舞台として整えていった。自ら『渋谷メスガキ連続暴行自死事件』の担当刑事となる事で、数々のフェテレータ実験失敗を隠し、闇に葬ってきた」


 銃口を向けながら、福浦さんは話を続ける。


「そんな中、俺はお前達に出会ったんだ。紗綾とお前はメスガキと離解者でありながら、ワカラセなしで強い信頼関係を築き上げていった。俺とマナでは到底考えられない関係は、姉弟だったからかもしれないが、俺の目には理想のパートナー像に映っていた。これがフェテレータの目指すところなんじゃないかって」

「意味が分かりません。じゃあなんで、紗綾ちゃんを攫ったんですか!?」

「フェテレータだ。全てはフェテレータの結実のため。和志、周りのメスガキ党の車を引かせるんだ。そうすれば、今からお前を紗綾の所に連れて行ってやる」


 向けた銃口はそのままに、福浦さんは周りの車を視線で牽制した。

 恵は今にも飛び掛からんとする目で、こちらをじっと見つめている。


「福浦さん。今となっては俺も、あんたを疑う事しかできない。その提案を鵜呑みにして、引かせるわけにはいきません」

「なら、強行突破させてもらうしかないな……紅葉もみじっ!」


 突然の叫び声に呼応するように、車のトランク蓋が凄い勢いで宙に飛んだ。それと同時に、セダン天井に誰かが飛び乗った音がする。

 驚いて窓から外を見ようとすると、扉のロックが解除され、福浦さんが両足で俺を蹴り飛ばした。

 助手席から外に転がり落ちると、恵がメスガキと戦っている!? 

 紅葉と呼ばれたメスガキが、セダンのトランク内に待機していたのか!


「恵!」

『紅葉はわたしが☆ おにーさんは福浦をっ!』


 インカムを付けたメスガキ紅葉は、恵のバット攻撃を華麗に避けながら、SUVタイプのメスガキ党車両を次々蹴り飛ばしその包囲網を崩している。

 白セダンはエンジンがかかり、その隙間の突破を狙っている。


「福浦さん! もう止めて下さい!」


 俺が運転席側に回り込むと、パワーウィンドウが下がり、福浦さんが銃を突き出した。


「すまんな和志」

「ぐあああっ!」


 銃声が轟くと同時に、俺の右腿に激痛が走った。

 夥しい出血と痛みで、アスファルトの上をのたうち回る。


『おにーさん!』

「い、いそげ! 回収するんだ!」


 一斉に俺の元に集まってくる恵と、メスガキ党メスガキ。この機を逃すはずもない。

 メスガキ紅葉は二台のSUVを三角蹴りでぶっ飛ばすと、ちょうど車一台、通り抜けられる幅が出来上がる。

 福浦さんはセダンのタイヤをスリップで鳴らし、急発進しようとするも――!


「だあああっ!」


 俺はセダンの前に立ち塞がり、そのバカデカい車体を受け止めていた。

 撃たれた太腿から弾丸が押し出され、傷口もみるみる塞がっていく。

 

「しつこい」

『させない☆』


 両手で車を受け止め無防備な俺に、紅葉が殴りかかってくる。が、恵が二刀流バットで応戦し、守ってくれる。

 横殴りに振ったバットの一本が、セダンのフロントガラスをぶち破ると、ハンドルを握る福浦さんの必死の形相が現れる。


「車を受け止めるだと!? バカな! MSGK被験薬の消費期限は、一週間のはずだ!」

「那須野博士がそんなデメリット……いつまでもそのままにしとくわけねーだろ!」


 腰も砕けよ腕も引きちぎれよと、俺は渾身の力を振り絞り、荒ぶるセダンを天地逆さにひっくり返した。

 とんでもない爆音と共に自重で扉がぐしゃりと潰れ、福浦さんは車の中に閉じ込められた。


「了解しました」

『待ちなさい☆ 紅葉!』


 メスガキ紅葉はインカムから誰かの指示を受けたのか、福浦さんを見捨て走り去っていく。

 その逃げ足は紗綾ちゃんクラスのスピードで、追い駆けた恵もすぐに諦め、戻ってくるしかなかった。


「恵、大丈夫か? あの子、知ってる子だったのか?」

『紅葉は孤児院で一緒の子でした。でもこんな身体能力、絶対なかったはずなのに、どうして……ああっ!』

「どうした?」


 がくがくと震える手で、恵はネックストラップ内のスマホを操作した。

 画面に映ったのは、教会の中庭で遊ぶ、仲睦まじい二人のメスガキ。俺と紗綾ちゃんが、教会を外から隠し撮りした写真の一枚だ。


『孤児院には紅葉の妹、かえでもいました。彼女達は、実の姉妹なんです』


* * *

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