4-3 二人の関係

「勘違いしてほしくないから言うけど、別にリコを恨んでるわけじゃないのよ☆ それどころか、あなたは私の目標だった。自らの理論に誇りを持ち、病的なまでに研究に打ち込み、容赦ない治験で結果を叩き出す。私はあなたに憧れて、治験で得たお金を使って大学に入り、有名企業の研究職まで上りつめた。不老のメスガキだからこそ、十年以上の歳月をかけてね」


 見つめ合う二人に、どんな思いが交差してるのか。俺には分からない。

 ただ鬱々とした那須野博士の表情を見るに、自らの背を追い駆けてきた後学に、どう向き合っていいか分からない動揺が見えた気がした。

 

「マナと言ったわね。私が言えた義理ではないかもしれないけど、治験者は実験動物じゃない。研究に夢中になる気持ちは痛いほどよく分かるけど、時に研究者は、立ち止まる勇気も必要なのよ」

「その立ち止まった結果が、カートに入ったままのチェーンソー?」

「発注してないだけ、まだ良心的だと思わない?」

「じゃあ届いたら、使わない?」

「そりゃ……もったいないから、一度くらいは、使ってみたい。かも?」


 那須野博士が、熱い視線を送ってくる。

 助けに来るべきではなかったと、不信の半目で返すしかない。


「あ、ずるい~♡ 私も和志くんに、熱視線で訴えてみよっかな~☆ お願いい~♡♡ 治験させてええ~♡♡♡」

「論外だ。人の思考を奪う治験なんて、許される事じゃない」

「だから~、私だって日葵が可哀想だって思うから、お願いしてるの~♡」

「どういう事?」


 俺ではなく、那須野博士が喰い気味に訊く。

 シスター・マナは、嘲笑に自尊心をふんだんに織り交ぜ説明し始めた。


「私のフェテレータとリコのMSGK被験薬が合わされば、日葵の成長曲線を維持したままメスガキパワーと治癒力、思考力を取り戻せる可能性がある☆ だから莉子にはクスリの調合、和志くんにはその治験をお願いしたい。二人ともどう? ここは三人、力を合わせて、このメスガキ☆パンデミックにピリオドを打ちましょう!」


 那須野博士は拘束された両手を見せつけて、シスター・マナを睨みあげた。


「ここまでやっておいて、共同研究の誘いとは恐れ入る。考えるまでもない。お断りよ」

「俺だって、アンタの治験なんかに協力しない。どんな目に合わされるか分かったもんじゃない」


 シスター・マナは目を丸くすると、手元のマウスを操作して、一つのデータを表示した。


「ならしょうがないわ。データさえあれば莉子はいらないし、代わりの治験者にも心当たりがあるから、和志くんじゃなきゃってわけでもない☆」

「そんなに上手い事、いくわけないだろ」


 いくら今までの研究データが手に入っても、開発者の那須野博士がいらないなんて暴論だ。適合者が俺しかいないMSGK被験薬の治験も、他に心当たりがあるなんて嘘に決まってる。

 そう思って那須野博士に視線を送ると、博士は真っ青な顔でディスプレイを見上げていた。


「だってこれ見れば、一目瞭然なんだもの☆ 和志くんと紗綾ちゃんのミトコンドリアDNAは、塩基配列が同一♡ 細胞核遺伝子は両親からランダム遺伝するけど、ミトコンドリアDNAは母性遺伝――母からしか遺伝しない。つまりあなた達のお母さんは同一人物で、二人はきょうだい確定☆ メスガキに兄弟姉妹がいれば、その子はMSGK被験薬の治験者になれるってわけ!」


 べちゃっ。


 上機嫌なメスガキ声に被さるように、背後で何かが潰れる音がした。

 後ろを振り返ると、部屋の入口で日葵に連れられた紗綾ちゃんが、メロンを落としたまま立ち尽くしている。

 見開いた淡褐色ヘーゼルの瞳から音もなく、大粒の涙を零して。


「さ……紗綾ちゃん! どうしてここに!?」

「どういう事……どうして私とカズくんが、きょうだいなの?」


 これが、俺を呼び寄せた理由!?

 シスターマナは取り出したスマホを振って、感心したように日葵に声をかける。


「タイミングばっちり☆ 意外とすぐだったのね」

「ターゲットが、既に地下駐車場にいましたので」


 日葵に席を外させたのは、紗綾ちゃんを迎えに行かせ、この話を聴かせるため!?


「残念だったね、紗綾ちゃん☆ 和志くんはファイブナイン――九九.九九九パーセント、君のお兄ちゃんか弟くんだ。君の恋慕を利用して、離解屋と治験を手伝わせるため、この二人はその事実を隠してた☆」

「……本当なの? カズくん」

「違うんだ、紗綾ちゃん! 俺はただ、紗綾ちゃんが心配で――」

「あたし達がきょうだいって、本当なのかって聞いてるのっ‼」


 紗綾ちゃんの叫び声に俺の頭は真っ白になり、何も言葉が出てこない。

 泣いてる紗綾ちゃんを前にして、駆け寄って抱きしめる事もできないなんて。


「カズくんは……知ってたんだね。知っててずっと、さーやに黙ってたんだ」


 無言の俺を押しのけて、シスター・マナがしゃしゃり出る。


「ごめんね紗綾ちゃん☆ 和志くんが恵ちゃんを離解らせても、紗綾ちゃんを離解らせなかったのは、近親交配忌避インセスト・タブー――家族には手が出せないからだったんだ♡ 決して紗綾ちゃんが魅力ないとか子供っぽいとかそういうんじゃなく☆ 初めからそういう対象じゃなかったの!」


 墓まで持ってくはずの真実が、赤の他人メスガキにバラされる。

 那須野博士は俯いたままで――俺は以前、何故紗綾ちゃんを離解らせないのかと、博士に問われた事を思い出した。

 あの時博士は気付いていた……MSGK被験薬の適合条件を。

 それでも俺が言い出さなかったから、何も言わずにいてくれただけで……。


「ごめん、紗綾ちゃん。でもっ――!?」


 紗綾ちゃんは踵を返すと、脱兎の如く逃げ出した。

 待って、逃げないで。

 もう二度と、逃げる紗綾ちゃんの背中は見たくない!


「待ってよ紗綾ちゃん! 話を聞いて――ぐわああっ!」


 追い駆けようと日葵の横をすれ違う瞬間、全身を凄まじい電流が駆け巡った。

 たまらず倒れた俺の背に、日葵は馬乗りになって、容赦なくスタンガンを押し付けてくる。


「いかないで……紗綾ちゃん」


 立ち上がる事も、考える事もできず。

 俺は冷たい床を涙で濡らし、そのまま意識を失った。

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