4-2 シスター・マナ
もし本当にそんな事ができるなら、紗綾ちゃんの夢を叶える事ができる。
でも――。
俺は放心状態で床に座る、那須野博士に目を向けた。それは以前、博士が存在を否定した妊孕性促進剤――フェテレータの存在が不可欠だ。
「ワカラセなしでピリオドにするって……それはあんたが『ただの噂話』と言って存在を否定した、フェテレータがあるって事なのか?」
「あの時は和志くんがそれに見合う価値を持ってるなんて知らなかったから、しらばっくれただけよ☆ フェテレータは実在する。恵からも聞いてるんでしょう?」
「聞いてませんよ、そんな話」
「そこにいる日葵も、他の孤児院の女の子も、メスガキとは思えないって恵は言ってなかった? 彼女達はウィルスがもたらす苛烈な性格から解放され、身体も徐々に成長しているわ。これがフェテレータの効果でなく、一体なんだって言うの?」
確かに恵は、孤児院で暮らしてるとメスガキ成分が抜け落ちていくようだと語っていた。
という事は、あの施設自体がフェテレータ!?
ここまで沈黙を守っていた那須野博士は、ハッと顔を上げる。
「メスガキらしい言動が発現しないのなら……同じく、メスガキウィルスがもたらす力も発現されないはず。だからこの娘、スタンガンなんて持ち歩いて……」
日葵は眉一つ動かす事もなく、那須野博士を見据えている。
自分の事なのに……まるで感心がないような。ただ命令された通り、監視の義務だけを果たして。
「ちょっと待て。ウィルスが働かないって事は、もしかして……」
「メスガキウィルスが巣食うのは、性格や思考を司る前頭前野脳――ここを長期間抑制してしまったら、この子達は……身体は成長しても脳は成長していかない」
「さすが莉子☆ これだけの情報で、そのリスクに気付くなんて♡」
実験とばかりに、シスター・マナは日葵に用事を言いつける。
「日葵、ちょっと外の様子を見に行ってもらえないかしら? 扉まではスキップで♡」
「はい」
突然振られた突拍子もない指示。それでも日葵は素直に頷くと、楽しそうに両手を振ってスキップを始めた。鼻歌でも歌い出しそうな無邪気な笑顔で扉まで進むと、何事もなかったように無表情に戻り、一礼して部屋を出ていった。
彼女が普段、どういう教育を受けているのかは分からない。
だがこうも盲目的にシスター・マナの指示に従う姿を見せつけられると、洗脳やマインドコントロールといった言葉しか頭に浮かんでこない。
「日葵はメスガキ的な性格と一緒に、パワーと治癒力が抜け落ちてしまった。総合格闘技の経験は身体が覚えてるみたいだけど、オツムの方はご覧の通り。年齢にしては自我、主体性に欠ける。でもそのおかげで、私の言う事はなんでも聞いてくれる忠実なボディーガードになってくれたわ♡」
「あんた……あの孤児院にメスガキ集めて、洗脳実験でもしてるのか!?」
「洗脳だなんて人聞きの悪い……これは治験で、もちろん全員同意書にサインをもらってるわ♡ 和志くんと莉子が交わした、治験契約のようにね☆」
那須野博士は、表情に暗い陰を落とす。それに比べシスター・マナは、少しも悪びれた様子がない。
自分に従い守ってくれる日葵が、バカになっても仕方がないと言わんばかりに。
「フェテレータはあっちが立てばこっちが立たないの繰り返しで、正直行き詰っててね。日葵だってこのままピリオドを迎えられたとしても、頭パッパラパーじゃ世間体が悪すぎるでしょう?」
「そう思うなら、今すぐ治験を中止すべきよ……」
那須野博士の忠告に、シスター・マナは高笑いで返す。
「アハッ♡ マッドサイエンティストと呼ばれた莉子に、そんなつまらないアドバイスをされるとは、思ってもみなかったわ!」
「私の何を知ってると言うの? どこかで会った事があるのかしら?」
「リコは覚えてなくて当然でしょうね。自分が使い捨てたメスガキの事なんて」
「……え?」
シスター・マナはモニタを振り返ると、マウスを操作しブラウザを立ち上げた。定番のショッピングサイトが表示される。
「和志くんも大変だよねぇ? ベンチプレスで潰されるわダーツの的にさせられるわ、いくらすぐ治ると言っても、好き放題されたら精神の方が持たない☆ そういえば、ネットショップの検索履歴にピストルと日本刀って残ってたけど、さすがに売ってなかったみたい。代わりにチェーンソーが買い物かごに入ってたわよ☆」
「あなた……もしかして」
『お買い上げ、ありがとうございます!』
シスター・マナは決済ボタンをクリックすると、嗜虐的な瞳で博士を見下ろした。
「いくらメスガキが不老不死に近いからって、随分遠慮なく切り刻んでくれたわよねえ? ま、私も研究者になってからマッドサイエンティスト・リコの手法は余す事なく参考にさせてもらったから、いい経験だったけど☆」
「あなた……アメリカ時代の私の、治験者だった子ね……」
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