第四章 暴かれるメスガキ

4-1 メスガキ救済

 受話器越し、余裕ぶったメスガキの声が聴こえてくる。


『どうして? あなたが案内してくれなかったからじゃない☆ しょうがないから私自らリコに会いに来ただけよ♡』


 やられた。少なくとも今日一日は、MSGK被験薬の解析で手一杯だと思っていたが……。それにしても、大学はともかく、どうやって那須野博士の第二法医学室まで突き止めた? 学生はもちろん教授ですら、あの部屋の場所を知らないってのに。


「さっきの博士は、とても旧交を温め合ってるようには聴こえなかったけどな。何が目的だ!?」

『あら怖い☆ 女子会じゃ味気ないから、和志くんも呼ぼうって話になっただけ♡ 今から第二法医学室に来てくれないかしら? もちろん他のゲストは無し。あなた一人でね♡』

「何を企んでいるんだ……」

『そんな事、心配してる時間ないと思うけど?』


 受話器の向こうから、博士の呻き声が聞こえる。何が女子会だ、ふざけやがって。


「分かった、行く! 今すぐ行くから、博士への乱暴は止めてくれ!」

『一〇分で来て♡』

「そんな無茶な……」


 またしても、那須野博士の悲鳴。俺は慌てて訂正する。


「分かったから! 今すぐ行くから!」

「じゃあ五分でお願いね☆ じゃーねー♡」


 電話を切ると、目の前には俺を心配そうに見つめる真司。

 買ったばかりのメロンと、その他食材を彼に押し付ける。


「和志、大丈夫か? 一体何があった!?」


 俺は黙って踵を返す。店の前に止めてあった配達用原付バイクに跨ると、差しっぱなしのイグニッションキーを捻ってエンジンをかけた。


「悪いけど、バイク借りる!」


 半帽キャップを被るのももどかしく、俺は刻学院大へとバイクを走らせた。


* * *


 肩で息をしながら、第二法医学室のインターホンを押す。

 五分とまではいかなかったが、バイクのおかげでなんとか一〇分以内に刻学院大に着いていた。


「那須野博士、和志です!」


 扉が開くと出迎えにきたのは、教会で戦ったボブカット日葵。

 慌てて飛び退くも襲う気はないようで、無表情のまますっと身を引き「どうぞ」と通してくれる。

 一歩入ると、部屋の隅で手錠をかけられ、拘束されてる白衣の女性が目に入った。


「博士!」

「すまない、和志くん……」


 俺が駆け寄ると博士は顔を上げ、虚ろな瞳で謝罪する。

 暴行された形跡はないが……その顔は憔悴しきっていて、いつもの人を食ったような雰囲気が微塵も感じられない。

 博士の代わりに大画面モニタ前に座っているのは、メスガキシスター・マナ。約束通り来た俺に目もくれず、キーボードとマウスを操作して、何やらデータを調べている。代わりに日葵が、俺と博士の傍に立ち警戒を怠らない。


「身体は大丈夫なんですか?」

「ああ……そこのお嬢ちゃんに散々スタンガンで痛めつけられはしたが、怪我はしてないようだ」

「出力は最低にしてましたので。ちなみに今は、最大にしています」


 日葵は手の中のスタンガンを見せつけると、威嚇するように白い電流をバチバチいわせた。

 午前中に打ったMSGK被験薬は、とっくに効果が切れている。アレを一発でも喰らいでもしたら、間違いなく気絶してしまうだろう。


「こんなに早く来てくれるなんて思わなかったわあ♡ 和志くんにとって莉子は、よっぽど大事な存在なんだね☆ 妬けちゃうな♡」


 画面に夢中だったシスターマナが、ようやくこちらに振り向いた。

 日葵は来客用テーブルの椅子を引くと、顎で座れと合図を送ってくる。俺が素直に従うと、日葵は入れ替わりで那須野博士の傍に立った。


「どうしてここが分かった? 俺達が刻学院大に出入りしてる事は知ってても、どこで誰に会ってるかまでは分からなかったはずだ」

「開口一番、つまらない事を訊かないでほしいな☆ これから話す事に比べれば、そんなの些事に過ぎないのだから」


 メスガキらしくない日葵に比べ、シスターマナは生意気顔とメスガキ煽りを隠さない。ある意味これはチャンスだ。

 シスター・マナが後ろめたい目的でこの場に来ているなら、離解わからせる事ができるかもしれない。被験薬クスリが切れた俺に残された最後のカードは、これしかない。


「それで。わざわざ俺まで呼び寄せて、どんな話がしたかったんだ?」

「もちろん、コレの話よ」


 シスター・マナがポケットから取り出したのは、恵と交換条件で渡した腕時計型スマートデバイス。残存する薬液を分析しても分からなかったから、那須野博士を強襲したまでは分かる。

 でも何故、俺まで?


「MSGK被験薬については莉子から大体の話は聞いたし、パソコンのデータも確認した。これはオジサンがメスガキを凌駕するパワーと自然治癒力を手に入れられるクスリで、何故か君だけが、血中メスガキ濃度に関係なくクスリに適合できる☆ 他にも色々、興味深い論文がいっぱい出てきたわ♡ 例えば――」


 治験結果を基に、博士がまとめた資料だろう。シスター・マナは次々と画面にデータを表示し、それぞれに熱のこもった所感を述べていく。

 専門用語だらけで俺にはさっぱりだが、要は化学的根拠がしっかり示せてるデータで、その治験方法や合理的な進め方を褒めている事はなんとなく分かった。


「それで、結局アンタの目的はなんなんだ? 那須野博士のMSGK被験薬を、自分の研究成果として発表したいのか?」

「うふふっ☆ この私を、無能大学の無能教授たちと一緒にしないでほしいわ♡」


 メスガキの嘲笑に、俺は眉を一瞬跳ね上げる。シスター・マナはおどけるように人差し指を空中で遊ばせ、ビシッと俺に突き出した。


「私の目的は、四半世紀にも及ぶメスガキ☆パンデミックに終止符ピリオドを打ちたい。それだけよ♡」

「そんなの、その四半世紀を振り返れば分かるだろ。無理だ! 人類は新型メスガキウィルスを撲滅しようとして、何度も失敗してきた。それどころか感染対策のほとんどが医者や政治家の金儲けだったし、極端な政策はメスガキの人権をないがしろにする。ろくな事になりゃしない!」


 ワクチン、マスクといった自衛手段から、無菌小学校、女児用ヘルメット、女児のみロックダウンなどの無茶な政策。専門家が声高に叫ぶ感染対策の全てが、効果がないばかりかより深刻な二次被害を引き起こした。

 人類はウィルスに対しあまりに無力。日々数千という単位で突然変異を繰り返すウィルスに場当たり的、一時しのぎの対策が通用しない事は分かりきっている。


「それは私も同意見☆ だから私は、撲滅より救済を考える」

「救済? メスガキの?」

「ええ。ウィルスを撲滅するのではなく、不老となった女児を救済する。哀れなメスガキ達を下らない離解者ワカラセ探しから解放し、誰もが月経発来ピリオドを迎えられる世界を作る☆ それこそが、メスガキ☆パンデミックに終止符ピリオドを打つ、唯一の方法……だと思わない?♡」


 メスガキシスターの瞳が、蠱惑に光る。

 それがあなたの欲しいものなんでしょうと、俺の心を見透かしたように。

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