3-7 君の名を、知る人は
自宅兼事務所となってる俺のアパートで、恵はベッドに横たわっていた。
リモートで那須野博士に診てもらったところ、恵の体調不良の原因は、日葵から喰らった顎への打撃らしい。顎関節に沿って掠るように放たれたパンチは、脳震盪を引き起こし、一時的にメスガキウィルスの回復力を奪ったのだ。
日葵はスタンガンや爆弾を用いる戦い方が特徴的だが、決して格闘戦が苦手なわけじゃない。俺と対戦した時も、避けたところに裏拳が飛んできたり、潜り込まれてスタンガンを押し当てられたり……高度な格闘技術があればこそ、そんな芸当もできるのだろう。
しばらく安静にすればすぐ良くなるとの事だが、自然治癒力の高いメスガキが大人しく寝込んでる姿事態、見てて胸が痛くなる。
それは俺だけじゃない。ベッドを囲む紗綾ちゃんと福浦さんも、沈痛な面持ちで恵を見つめていた。
恵は肌掛け布団をきゅっと掴んで真っ赤になった顔を隠すと、布団の中から冗談混じりの声を再生する。
『そんなにみんなで見つめないで下さい……まるでわたし、死んじゃうみたいじゃないですか☆』
「恵、チョコミント食べる? 頭スッキリするよ? それともカズくんにワカラセ子守歌、歌ってもらう?」
「ざ~こざ~こ、おロリよ~、メスガキよ~♪」
「つまんなーい♡」
「即興にしては、頑張った方じゃないかな!?」
「おまえら少しは静かにできんのか。恵ちゃん、具合悪くて寝込んでるんだから」
いつもの調子で掛け合いを始める紗綾ちゃんと俺に、福浦さんのツッコミが入る。
恵は口元に手を添え小さく笑うと、スマホの再生ボタンをタップした。
『ふふっ、皆さんと話してるとなんだか安心します。この二週間、自分がメスガキじゃない気分だったから』
『それは、どういう意味だい?』
パソコンの中の那須野博士が問いかけると、恵は表情を引き締めた。
『シスター・マナの教会と孤児院について、潜入班の活動報告をします』
恵はスマホの読み上げ音声で、二週間に及ぶ捜査活動を語ってくれた。
まとめると――。
孤児院で暮らす十数人の少女は、日葵を始め全員メスガキとは思えない優しい性格で、メスガキ特有の身体的強度がなかった事。
自分もあそこで暮らしていると、徐々にメスガキ成分が抜け落ちていくのを感じた事。
シスター・マナはたまに車で外出する以外、自室に籠っている事。
教会地下の鉄扉に守られた秘密の部屋は、音楽スタジオになっていた事。
日葵はおそらくシスター・マナに命じられ、最初から恵の監視役としてルームメイトになったと思われる事。
一通り話を聞き終えたところで、俺は真っ先に音楽スタジオについて訊く。
「結局、フェテレータに繋がりそうな薬品開発の部屋はなかったって事か? その音楽スタジオみたいな部屋が、別の隠し部屋に繋がってるとか?」
『分かりません……すみません。わたしがもっとしっかりしていれば、もう少し調べられたかもしれませんが』
「いや、スマホもなしに恵はよくやってくれたよ。ありがとう」
しょんぼりする恵に、紗綾ちゃんはよしよしと頭を撫でて、労ってあげている。
『それで、和志くん達監視班の方はどうだったんだい?』
パソコンの中の那須野博士が、話を促す。
「紗綾ちゃんと交代で二週間、教会の出入りをチェックしましたけど、礼拝参列者以外の来客は一度もありませんでした。どうもシスター・マナは来客を好まないようで、自ら車を運転し、不特定多数の企業の人と会ってたみたいです」
「車の尾行は私がしたから、間違いないよ☆ 毎回違うトコ行ってた」
自信満々、片手のピースを貼り付けて、目を見開く紗綾ちゃん。
「和志から貰った出掛け先リストを一通り洗いましたけど、どこもメスガキ・ボランティア関連の団体か企業で、製薬会社や闇ドラッグとは無縁の組織でした」
アナログ手帳をめくりつつ、福浦さんが補足説明をする。
『ふーん、なるほどねえ』
モニタの中で、難しい顔で考え込む那須野博士。俺は、ずっと気になっていた事を訊いてみる。
「那須野博士は、シスター・マナと面識があるんですか?」
『どうしてそう思うんだい?』
「俺と恵が教会を出て行く時に、シスター・マナは「リコによろしくね」って言ってました。俺と紗綾ちゃんが週一で刻学院大に通ってる事も知ってましたし……もしかして、面識があるんじゃないかって」
那須野博士は顎に手を添え考え込んだ。
やがて何かを思いついたようにポンと手を叩き、出てきた言葉は――。
「私の娘かもしれないね!」
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