3-5 メスガキ?日葵
部屋には大きいアンプやスピーカー、グランドピアノが置いてあり、壁にはギターやベースが何本もかかっている。部屋の一画には音響管理のミキサーやパソコンも並んでいて、本格的な音楽スタジオ……としか言い表しようがない。
ここは……シスターの趣味の部屋?
それにしてはこの二週間、建物内に流れる音楽は讃美歌やゴスペルばかりで、ここにある機材で演奏するような激しい音楽は聴いた事がない。
「恵ちゃん?」
名前を呼ばれ振り返ると、ルームメイトの日葵が、鉄扉に隠れながら中を覗きこんでいた。慌てた様子で中に入って扉を閉めると、私の肩に両手を置いて揺さぶる。
「ダメだよこの部屋勝手に入っちゃ。シスターに怒られるよ!」
「……」
「とにかく出るよ!」
私の手を引いて、部屋から出ようとする日葵。私は仕方なくその手を背中に回し、逆手に取って関節を極めようとするも……バリバリという音と共に全身に電流が走った。
たまらず片膝を付いて見上げた日葵は、黒いスタンガンを持っている。
「やっぱり、シスターの言ってた通りだったね」
何を言ってるの? 慌てて立ち上がろうとするけれど、足に力が入らない。
おかしい……スタンガンのダメージなんて、メスガキならすぐ回復できるはず。
片膝立ちのまま困惑する私に、日葵は一歩詰め寄って――次の瞬間。
顎にとてつもない衝撃が駆け抜けて、わたしは意識を失った。
* * *
恵の定時連絡が来ないまま、夜が明けた。
区長が用意してくれた張り込み部屋で、俺と紗綾ちゃんは互いの不安顔を見つめ合っていた。
「もう、乗り込むしかないか」
「そうだね……」
潜入開始から二週間。恵の定時連絡が途絶えた事はなかった。もうこれは何かあったと思った方が良さそうだ。
恵のバレッタに仕込んだGPSは、教会内を指している。早くしないとどこかに連れ去られてしまう危険性もある。
「カズくん、動いた!」
スマホに表示されたバレッタの位置情報が、突然動きを見せた。望遠鏡で確認すると、メスガキシスターの車が教会敷地内で動き出し、どこかに出掛けようとしている。
「紗綾ちゃんは車を追って! 目的地に着いたらすぐにスマホで知らせてくれ」
「カズくんは?」
「俺は教会内部を調べる。なんらかの真相に近付いたから、恵は捕まった。それが明らかになれば、ひとまず恵だけ口封じすればいいってわけじゃ無くなる。危険度は薄まるはずだ」
「分かった、気を付けてね☆」
紗綾ちゃんは部屋を飛び出した。相手が車でも、彼女の足なら十分追いつけるだろう。
俺は身支度を整えると、この二週間ずっと窓から監視してた教会敷地内に足を踏み入れた。
シスターさえいなければ、俺の顔を知ってるメスガキはいない。中に入ってしまえばメスガキを離解らせて、恵や証拠について聞き出せるはず。
観音開きのガラス扉を開けて、俺はゆっくりと教会に入っていった。
* * *
教会内は微かにゴスペル音楽が流れてるだけで、人の気配はない。
俺は土足のまま中に入る。礼拝堂にはメスガキが一人、十字架の前で手を組み、祈りを捧げていた。
「こんにちは~……」
声をかけると、ボブカットのメスガキはぱっと後ろを振り返った。
その幼い顔立ちから、紗綾ちゃん達より一つか二つ下だろうか。
「こんにちは! 当教会に何か御用ですか? それとも懺悔希望者さん?」
「実は人を探していまして。恵という名前のメスガキが、こちらにいませんか?」
メスガキは、メスガキらしくない爽やかな笑顔を浮かべる。
「恵ちゃんを迎えに来た、久保和志さんですね! 私は日葵と申します。ああ、なんて素晴らしいんでしょう。私の祈りが、こうもすぐ叶えられるなんて!」
「何を言ってるのかさっぱりだけど、迎えに来たってのはその通りだ。恵に会わせてくれないか?」
「生憎、恵ちゃんはお出かけ中です。帰ってくるまでここでお待ち頂いても構いませんよ」
「どこに行ったんだ?」
「さぁ、どこでしょう? 私は迎えに来た和志さんの相手をしろとしか、言われてませんから」
日葵は立ち上がると、ゆっくり俺に歩み寄ってくる。俺は少したじろいだ。
この子は、おかしい。メスガキ特有の上から目線、人を小馬鹿にした態度を微塵も感じとれないのに、独特な摺り足がただの少女ではない事を物語る。
俺はわずかに腰を落とし、いつでも動ける態勢で話しかける。
「君は、シスター・マナの協力者か」
「どうでしょう? シスターにはお世話になってますけど、協力者かと言われると……よく分かりませんね」
清楚な白のブラウスに、淡いブルーのスキニ―ジーンズを着た少女は、小さい顎に指を立て、可愛らしく小首を傾げた。その柔らかな仕草が、俺の警戒心をわずかに下げた。次の瞬間。
日葵はダンッと床を蹴り、俺に掴みかかってきた!
サイドステップで突進を避けるも、追って裏拳が迫ってくる。俺は右手でガードするも、今度は脇腹にパンチが走る。
避けられない! 時計のバックルに指をかけたその時、俺の身体に強烈な電流が流し込まれる。これ……スタンガン!?
床に崩れ落ちるように倒れるも、痺れる指先で時計のバックルを押しこんだ。体内の電流を上書きするように、MSGK被験薬が俺の身体を駆け巡る。
身体の痺れは収まったが、日葵の猛攻は収まらない。更にスタンガンを押し当てようと突っ込んでくる日葵に、俺は立ち上がり、真っ向勝負を挑む。
今なら電流を流されても、MSGK被験薬が打ち消してくれる。捕まえて力勝負に持ち込めば、離解らせる事もできるはず。
肉を切らせて骨を断つ戦法に気付いたのか、日葵は猛攻を止め、一旦俺との間合いを取った。手に持つスタンガンに電気を走らせながら、仁王立ちの俺を観察する。
「スタンガン……全く怖がっていませんね。今何か、ドーピングみたいな事しました? 卑怯な手を使いますね」
「いきなりスタンガン押し付けるヤツに、卑怯とか言われたくないな。こちとら正当防衛だし、恵の命もかかってる。使えるもんはなんだって使うさ」
「それです」
日葵は俺の左手首、腕時計を指差した。
「その時計のベルトを押してから、和志さんはスタンガンのダメージから急速に回復したように見えました」
「どうだろうね。恵を無事に返してくれるなら、その秘密を教えてやってもいいけれど」
「そんな取引、応じる必要ありません。あなたの身体に、直接聞けばいいのですから!」
日葵はスタンガンをポケットにしまうと、代わりにラジコンのコントローラみたいな機械を取り出した。
その直後、俺の真横にあった六人掛けの長椅子が爆発し、爆風で吹っ飛ばされる。
更にぶっ飛ばされた先の長椅子も爆発。粉々に砕け散った木の破片が、俺の身体に突き刺さる。
「むちゃくちゃだ! これじゃ俺から情報聞き出す前に、死んじまうだろっ!?」
「どこまでやったら死ぬんですか? ああ、返事はいいです。もう少し試してみますから」
俺は立ち上がると、日葵に向かってダッシュした。次々と左右の長椅子が爆発を起こし、爆風をもろに受ける身体が悲鳴を上げる。
「しまっ……!」
飛んできた椅子の木片が、右のふくらはぎに刺さった。たまらず転ぶと、目の前の長椅子が次々爆発連鎖を起こし、瓦礫が山となって襲い掛かる。
全ての長椅子が爆発されると、俺は椅子の残骸を蹴とばして、瓦礫の山から抜け出した。
「くそっ、やってる事がめちゃくちゃ過ぎるぞ……」
「それはあなたです」
日葵は俺の顔を指差した。残骸にぶつかって腫れ上がった右目が、急速に萎んで治っていく。
「今のあなたは、メスガキ同等かそれ以上のパワーと治癒力を持ってます。ですよね! シスター!」
「はい。日葵。お見事です」
礼拝堂の奥の扉が開くと、シスター・マナと、後ろ手に手錠をかけられた恵が姿を現わした。
「恵!?」
謝罪の代わりに潤んだ視線を向ける恵は、ヘアバレッタを外されている。紗綾ちゃんと俺を引き剥がすために、わざとバレッタだけ載せた車を走らせたのか!?
「お久しぶりですね、和志さん。またお会いできて光栄ですわ」
シスター・マナは大きく開いたスリットから生足を覗かせながら、メスガキらしい嘲笑を浮かべた。
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