3-3 サーチ・リサーチ・チャーチ

 待ち合わせの喫茶店に入ると、先に来ていた福浦さんは軽く手を挙げてくれる。

 俺は向かいの席に座ってブレンドを注文。ウエイトレスのメスガキが去っていくと、福浦さんは不思議そうな顔で俺を見つめた。


「今日は紗綾ちゃんと恵ちゃん、一緒じゃないんだな」

「まだ細かい依頼が残ってるから、二人にはそっちを片付けてもらってる。それに福浦さんの情報を、紗綾ちゃん達にそのまま聞かせていいか分かんないしね」

「へぇ……色々気い遣ってるんだな。さすがレベル☆☆☆離解者だ」

「福浦さんだってレベル☆☆なんだから、レベル☆☆☆にだってそのうちなれるんじゃない?」

「そうだといいんだが……たとえなったとしても、お前には秘密にしておくけどな」

「えーっ、なんでさ。俺ってそんなに信用ない?」

「和志だからじゃない。ウチの課にもメスガキが何人かいる。レベル☆☆☆離解者が同じ職場にいると知ったら、浮足立って仕事にならん。必要最低限にしか教えないってのは、今の時代、当然の処置なんだよ」


 福浦さんはダンディな所作でコーヒーカップを口に運び、ニヒルに笑って見せた。

 細マッチョを細身の黒スーツで隠す二十九歳独身男の福浦さんは、俺みたいに角度に頼らず、どっからどう見てもイケメンだ。今だって彼の周りにいるメスガキは、相当浮足立ってるに違いない。それでも浮いた話一つ聞かないのは、刑事の仕事に全力投球しているからだろう。

 インターンで聞いた話だと、福浦さんは米大卒のキャリア組。出世コースの警視庁勤務もできるのに、本人希望で現場のメスガキ課に籍を置いてるらしい。曰く、ワカラセなら会議室じゃなく、現場でメスガキ事件を解決するのが当然との事。顔がいいってだけでもカッコいいのに、中身までイケメンの刑事なんてズルすぎる。


「それはともかく。フェテレータについてだ」


 福浦さんは背広の内ポケットからアナログ手帳を取り出すと、ぱらぱらめくって目的のページを開く。


「ガンキで働くメスガキ数人に聞き込み調査をしてみたが、全員噂レベルでしか知らないようだった。実際に使ったメスガキどころか、実物を見た者すらいない。渋谷警察署でも、メスガキ専用の成長剤を押収した事は無いそうだ」

「そうですか……」

「これは俺の個人的推測だが……フェテレータと渋谷メスガキ連続暴行自死事件は、切り離して考えた方がいいんじゃないかな。あんなもの、しょせんネットの噂話。メスガキ達の願望が産み出した、想像上のドラッグなのかもしれない」


 離解者なしでメスガキの成長を促進し、月経発来ピリオドを迎える事ができるフェテレータ。それが本当なら確かに都合の良すぎるクスリだが――、俺は左手首の時計を見た。ベルトに組み込まれた極小シリンダー内には、透明な液薬がたぷんと波打っている。

 言ってしまえばMSGK被験薬だって、かなり都合が良い。これを接種すれば、副作用に個人差はあるにせよ、男でもメスガキを凌駕する力と治癒力が手に入る。こんなものが実在してるんだから、フェテレータがあってもおかしくはない。


「フェテレータに関しては収穫ゼロだったが、メスガキシスターについては少しだけ情報が掴めた」

「おっ、さすが福浦さん」

「メスガキシスター・マナ。確かにガンキ役員に名を連ねてはいるが、出社する事はほとんどない名誉役員のようだ。彼女も那須野博士同様、海外で解離性メスガキ症候群の研究をしていたが、数年前に勤めてた会社を辞め、現在は渋谷のメスガキ教会でシスターとして活動している。メスガキをサポートするボランティア活動に力を入れていて、自らが所有する教会の敷地内に孤児院を建て、路頭に迷ったメスガキを保護してる。もちろん教会外のボランティア活動にも積極的に参加していて、ガンキのガーデンウェディングもその一つだったみたいだ」

「ガーデンウェディングでは、具体的に何をしてたんですか?」

「そのまんま、ガーデンウェディングの神父役だな。男の牧師じゃ花嫁のメスガキ波でキレる可能性があるし、シスターを代役に立てるのが通例のようだ」

「拉致監禁の罵倒療法を、裏で指示してたんじゃないですか? 任意同行で話を聞いてみるとか」

「あの場にいた事は認めるだろうが……メスガキシスターは、戦いもせずすぐ逃げていったんだろう? ガンキのメスガキが勝手にやった事で何も知らないと言い張れば、警察も長期間の勾留はできない」

「でも自前の教会を持ってるなら、メスガキ懺悔室があるかもですよ? 捕まえてる間に、教会を調べてみるとか」

「以前メスガキ懺悔室一斉取り締まりが行われた際、彼女の教会も確認されたが、そのような事実はなかった」

「どこか見つからない場所に隠してたり、取り締まりの後こっそり作ったり……」

「刑事の俺が、警察が潔白を証明した施設に、証拠もなしに乗り込むわけにはいかない。他部署の面子に関わる事だし、宗教法人相手だと手続きや根回しに時間がかかる事もある」

「そうなんですね」

「だからこうして、俺の独り言を和志に聞いてもらうしかできない」

離解屋ウチが仕事で調査する分には、福浦さんは部外者でいられますもんね」

「任せてばかりで、すまない」


 福浦さんは頭を下げた。俺は手を振り、慌ててフォローする。


「止めて下さいよ。こうして情報もらえれば、俺も作戦を立てやすいですし。懺悔室でもフェテレータでも、何か証拠が掴めたらすぐ共有します」

「頼む。でも、どうやって調べるつもりだ? 礼拝に出席しても教会内部を隅々まで調べるのは不可能だろうし、夜中忍び込むって言うなら、俺の立場上賛成できないんだが……」


 真面目か。こういう融通利かないところが、正義感の強い福浦さんらしいけど。

 しばらく腕組みして考え込むと、俺はパッと閃いた。


「そういえば……ウチにうってつけのメスガキがいます!」

「その言い方も、どうかと思うぞ」

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