3-2 表敬訪問
「おお、よく来たのだ! 離解屋諸君!」
区役所の職員さんが案内してくれた区長室で、メスガキ区長がハイテンションで出迎えてくれる。
テレビだとサイズ感が分からなかったが、背は紗綾ちゃんや恵より二回り以上小さい。せいぜい六、七歳だ。そんなちっちゃな女の子が黒軍服を着て、おもちゃみたいな警棒をぶら下げてる姿は可愛いっちゃ可愛いんだが……どうしてもコスプレキッズ感は否めない。
「君が離解者の和志くんかー、初めまして☆ 僕が渋谷区区長だよ!」
「えーと、初めまして。久保和志です。あの、お名前は?」
「あはは♡ 何言ってるのかなこのクソザコナメクジは☆ 僕は区長だよ!」
蔑視感たっぷりの上から目線に、ああ、やっぱり区長もメスガキなんだと実感する。
『基本メスガキに姓はありませんが、区長は名前も非公開です。選挙時も『メスガキ司令官』の名前で当選されています』
隣の恵が、スマホ音声で補足情報を入れてくる。じゃあ司令って呼んだ方が……いやいや。区長になった今、その呼び名は物騒すぎる。
「君が噂のメスガキAI、恵ちゃんだね☆ スマホが本体で身体がスマホっていうのは本当かい?」
「ぷぷ☆ 恵ってそんな風に言われてんだ♡」
真っ赤な顔の恵は、ぷるぷると震えるように首を振った。
区長は、隣で吹きだす紗綾ちゃんに狙いを定める。
「こっちは『ワカラセ♡ダーリン』でバズった紗綾ちゃんか! 歌いながらの高速ダンスはチート級って評判だけど、やっぱり合成口パクだったりするのかい!?」
「初対面で普通、そこ聞く!?」
『区長、ネットニュースばかり見てて、仕事してないんじゃないですか?』
「逆だよ逆☆ メスガキだらけの渋谷でネットニュースもチェックしない候補者が、当選できるわけがない! 日々メスガキの
メスガキ区長は、アホほど付けた胸の勲章を見せびらかすように胸を張った。この中のどれかが本物の議員バッジなんだろうけど……メスガキウケを狙って、いっぱい付ける事にしたんだろうなあ。
「その軍服姿も、流行を抑えた結果なんですか?」
「僕らイザイザ☆メスガキ党は、候補者を有権者に覚えてもらいやすくするため、一人一人にキャラ付けしてるのさ♡ 僕は司令官だけど、他にもナース、チアリーダー、女教師……バリエーション豊富に取り揃えているぞ☆」
「女教師って、メスガキに需要あんのかよ……」
「パドワイザーメスガキよりましさ☆ ただバスタオル巻いてるだけの子供にしか、見えなかったからね♡」
区長の高笑いが部屋に響く。ある意味人とかどうでも良くて、イザイザ☆メスガキ党から区長を出せればそれでいいって事か?
有権者の大半がメスガキとなった今、区長の立場を脅かすのもまたメスガキ。メスガキ党にメスガキ集めておけば対立候補は減るし、党も強く大きくなる。区長を他のメスガキに譲っても、また別のポストが狙えるかもしれない。そう考えればこの戦略、悪くないのかも。
「そして君が、離解者の久保和志くんだね。よろしく☆ うん。聞いてた通り、角度によってはイケメンだね♡」
「俺だけネットニュースの情報、少なくない!?」
とはいえ、それはある意味仕方ない。
離解者である以上、ほいほいネットに露出するわけにもいかないので、SNSやホームページ上で俺の情報はほとんどないから。
「さぁ☆ 立ち話もなんだし、お茶でも飲みながら話そう。それとも変態☆和志くんは、僕の椅子になる方が良かったかい?」
「そんな特殊性癖ねーし。あったとしても、初対面でそこまでひけらかさねーよ」
「あはは☆ さすがレベル☆☆☆離解者。返しも完璧だ」
俺達がソファーに座ると、秘書らしきメスガキが現れお茶を振る舞ってくれる。
秘書から資料を受け取ると、区長はとんとん机に叩き、ぱらぱらめくりながら話し始めた。
「さて、君達離解屋の活躍は聞いている。メスガキ花嫁自死事件を筆頭にこの一か月、大小様々なメスガキ犯罪を摘発してくれた。離解屋が噂になって軽い気持ちで犯罪に走るメスガキも減ってるようで、先月は僕の就任以来初めて、渋谷区のメスガキ犯罪率が減少に転じてくれた☆」
見せてくれた資料には、棒グラフが書いてある。成長著しい棒は確かに収まりを見せてはいるが……ほとんど水平で誤差みたいなもんだ。
「僕が区長になってから、どういうわけか警官がメスガキ犯罪を軽んじ、メスガキも羽を伸ばして犯罪行為を繰り返すようになった。まったく、困ったものだよ」
「それって区長が『メスガキだからお目こぼし♡』みたいな事、言ったからじゃないの?」
紗綾ちゃんが、物怖じなく問いかける。
「僕はそんな事言ってないし、もしそんな忖度してるんだったら、とんだ勘違いだね☆」
「と、いうと?」
「僕は、メスガキ達が生き生き罵倒するモデルタウンを、ここ渋谷に築きたいと考えている。しかし犯罪率が高止まりでは、ただのメスガキ☆スラム街だ。これでは支持率ダウンも必至。マニフェストの理念『渋谷をメスガキ☆ユートピアに!』も、絵に描いた餅になってしまう☆」
そう言って資料を一枚めくると、これでもかと急降下する、区長の支持率グラフがお目見えする。
「先日の『ドキッ♡メスガキだらけの野外フェス♡イン渋谷』でも警備が甘く、多くの男性が拉致監禁・メス堕ちコンボを決めてしまった。普段はイケメンしか狙わないメスガキも、野音の開放感からか手あたり次第逆ナンし、罵倒療法による強引なワカラセ覚醒が横行した。これで来月の犯罪率上昇は確定的。僕の支持率も低空から滑空、なんなら緊急不時着も許されず、爆発炎上するかもしれない」
メスガキとの恋愛は基本自由だが、ワカラセしか耐えられないのは不可避の事実。普通の男が付き合っても、メス堕ちするのがオチだ。メスガキと付き合いたいなら、男性がワカラセになるしかない。
それでも無謀なワカラセ覚醒に走るのは、メスガキのパートナーが欲しいという気持ちの現れだし、男性側も同意の上行われる事もある。
今回の場合、メス堕ちリスクは分かっていても、野音の開放感でついつい挑戦してしまった男も多かったのだろう。
「メス堕ちは同情するけど、それはそれでまた別の需要があるし、メスガキだけに限れば支持率は上がったんじゃないですか? もちろん区の主導で、おおっぴらにやるのはどうかと思うけど」
「勘違いしないでほしい、離解屋。僕はメスガキ票欲しさに、野音フェスを罵倒療法チャレンジ☆マッチングにしたかったわけじゃない。実際、開催にあたってルールは明文化し広く周知し、警察にも協力を要請していた。だが――」
区長はスマホを取り出すと、プロジェクタに接続した。いにしえの掲示板らしきスレッドが、投影される。
「それを上回るバカげた噂が、メスガキ達の間で広まっていたんだ」
壁に映し出されたのは、今回の野音フェス用匿名掲示板。
そこに何度も登場する、聞き馴染みのある単語は――。
「フェテレータ……」
「そう。野音フェスでワカラセ覚醒に至らなかったメスガキには、フェテレータなる海外の妊孕性促進剤が提供されると書かれている」
「こんなドブ板みたいな掲示板、みんな信用しちゃったわけ!?」
紗綾ちゃんが呆れてると、恵が唇を震わせながらスマホを口元に持っていく。
『これ……フェテレータはメスガキシスターから提供されるって書いてある……』
「なんだって!?」
メスガキシスターと言えば、ガンキ屋上でメスガキ花嫁と一緒にいた、お偉いさんのメスガキピリオド。
「君達には、心当たりがあるんだね? メスガキシスターと呼ばれる人物に」
「いや、同一人物かは分かりませんけど、シスター姿のメスガキなら、ガンキの役員に一人」
「僕もガンキ役員だからね☆ それで間違いないと思うよ。シスター姿のメスガキなんて、ウチの党にもいない」
そういえばここに来る前、区長もガンキ役員だと恵が言っていた。
あの時は区長とシスターが裏で繋がってるかもしれないと疑っていたが……実際はその逆!?
「とは言っても僕もそんなに親しくなくて、彼女の素性はよく知らない。お金に困ってないだろうセレブって事と、ボランティアでメスガキの支援をしてるとか……そんな程度だ」
「メスガキシスターがメスガキ達を扇動して、フェテレータ争奪戦を仕掛けてる?」
区長は否定も肯定もせず。ただ口角を上げるだけだ。
「残念だが、区長は憶測だけで動けない。警察はフェテレータなんてただの粗悪ドラッグだと思ってるし、メスガキシスターを名乗る扇動者もネットミームの一つとしか認識していない。それに最初に言った通り、どうも警察はメスガキに対し寛容だ。証拠も何もない状態で話を持っていっても、誰も相手をしてくれないだろう」
一瞬、福浦さんの顔が浮かんだが、黙っておく。
ワカラセなしでピリオドになれるかもしれない、妊孕性促進剤――フェテレータ。
「だからこれは渋谷区長としてではなく、僕個人の依頼だ。メスガキシスター・マナに張り付き、フェテレータとの関係性を調べてくれ。野音フェス絡みじゃなくてもいい。違法ドラッグをバラまいているとか、メスガキ達を集めて実験してるとか、なんでもいい。とにかく証拠をかき集めてほしいんだ」
メスガキ区長のバックアップがあれば、本当に手に入るかもしれない。
紗綾ちゃんを、成長させる手段が。
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