第三章 メスガキの秘密

3-1 メスガキ区長

「離解屋さん、メスガキが子猫抱いて逃げてったよ!」

「了解!」


 商店街のネコカフェ店員・半田さんから、インカム経由で連絡が入る。

 逃げ足だけは一級品の子猫誘拐常習犯メスガキは、俺達が店にいる間は警戒して犯行に及ばない。だから俺と紗綾ちゃん、恵の三人は店を取り囲み、待機していたわけで。どこに逃げようが、三方向で待ち伏せしてれば、必ず誰かが捕まえられるはず!


「恵、そっち行った! 逃がさないでね☆」


 インカムから紗綾ちゃんの声が聞こえてくる。どうやら誘拐犯は、俺の持ち場とは反対方向に逃げたようだ。


『紗綾、あの、その……逃がさなかったんだけど……』

「ナイスぅ♡ って、どしたの?」

『この子、可愛すぎて置いていけない~♡ 犯人追いかけられな~い♡』

「逃がさなかったって、子猫の方!? なんでネコ泥棒の方、追っかけないのよ!」

猫命にゃんめい救助が最優先♡ どのみち私の足じゃ逃げられちゃうから、紗綾お願いね☆』

「こんの脳筋メスガキ! いいから犯人追っかけなさいよ!」

『冷蔵庫の三個プリン☆ 紗綾、私に黙って二個食べたよね?』

「プリン一個とネコ泥棒じゃ、割りに合わないってーの!」


 ぎゃーぎゃー言い合うメスガキ二人。

 インカム越しだと恵の小声もデフォルトで増幅できるから、いつもより会話がスムーズにできるなと思っていたら、まさかの煽り合いがスムーズになるなんて。


 メスガキ花嫁事件から一週間。開店休業中だった離解屋は、ネコの手も借りたいほどの大忙しになっていた。

 というのも田淵のオッサンが、真司救出のお手柄を商店街の皆に喧伝してくれたおかげだ。しょうがないで諦めてたメスガキトラブルが、一気になだれ込んできた。

 これを機に、紗綾ちゃんは勤めてたメスガキ喫茶を辞めて離解屋ワカラセヤに専念。なんやかんや紗綾ちゃんのルームメイトに収まった恵と一緒に、三人で依頼をさばいていくわけだが……肝心のチームワークはいいんだか悪いんだか。


「見つけた☆ さーや♡あたーっく!」

『ほーら♡ メグミ☆ちゅーる!』

「紗綾ちゃん、どこ? 今向かう!」

翔雲寺しょううんじの敷地内! あ☆ こらまて逃げるな!」

「え! そこの住職さんめっちゃ怖いから! お寺のモノ絶対壊さないで!」

『がっつかないにゃあ♡ あ☆ 奥に残ってるの、絞り出してあげるにゃ~♡♡♡』

「そんな事いったって……あ☆」

「何したの紗綾ちゃん! すごい音聞こえたんだけど!?」

「大丈夫☆大丈夫! これはヨワヨワ☆境内が悪いわけで……え☆」

「紗綾ちゃん! マジで俺が行くまで待ってて! 大人しくしといて!」

『大人しくして~♡ ちょっと待っててにゃあ?』

「待てないにゃん☆」

「え」

『え』


 その後、俺が住職にこっぴどく叱られてる間に、子猫誘拐メスガキ犯は紗綾ちゃん達の手によって警察に突き出された。


 一事が万事こんな調子だけど、離解屋は三人チームになって機動力もアップ。次々舞い込むメスガキトラブルを、右から左にどんどん解決していった。


* * *


「区長から呼び出し!?」


 メールチェックをしていた恵は、嬉しそうにスマホを俺に差し向けた。

 画面には離解屋公式ページの問い合わせメールボックスが表示されていて……なるほど。差出人欄には『渋谷区役所』と書かれている。


『最近の離解屋の活躍で、渋谷のメスガキ犯罪率が減少傾向に転じたそうです☆ そこでメスガキ区長が、一度私達と話がしたいと♡』


 スマホから恵の声が響くが、どうやらメールの内容をAIに要約させ、自分の声の合成音声で喋らせてるようだ。

 恵はホント、なんでガンキでレジ打ちなんかしてたんだってくらい、ITに強い。

 離解屋ホームページの更新・運用はもちろん、三人チームのインカム調達、スマホ契約の見直し、メスガキご用達のSNSで紗綾ちゃんの『高速踊ってみた』動画をバズらせる等、離解屋の知名度向上は恵の手腕によるところが大きい。

 そんな恵の背中にくっついて、メールを覗きこむ紗綾ちゃん。


「なになに~? 感謝のキンイップー☆とかくれるわけ~?」

『それはないと思うけど……区長と懇意にしておくのは損じゃないと思いますよ♡ 今後の活動のためにも☆』

「でもこのメスガキ区長、いつまで持つかな~?」


 紗綾ちゃんはリモコンでテレビを付ける。ちょうどお昼のニュースが流れてきた。


「区長! 先日の『メスガキだらけの野外フェス』で起きた暴動について、一言お願いします!」

「多くのメスガキが逆ナンと称し、複数の男性を攫ったという話ですが!?」

「メス堕ち被害者に対し、救済策は考えておられるのでしょうか?」


 追求するマスコミの皆さんを完全無視し、軍服を着たメスガキ区長は、カメラに向かってお饅頭まんじゅうを美味しそうに食べている。


「渋谷を舞台にしたメスガキアニメとのコラボ企画で、メス牡蠣饅頭ガキまんじゅうを販売しま~す♡ みんな~☆ 生意気なメスガキ、たくさん食べに来てね♡」

「渋谷区におけるメスガキ犯罪への対策について――」

「はーい♡ くちゃいお口におすそ分け~♡」


 メスガキ区長は、しつこくマイクを突き出すリポーターの口に、コラボ饅頭をツッコみ黙らせる。ついでに隣の記者にもツッコんで、追加質問を許さない。

 もはや囲み取材は、区長のストレス発散&謎コラボ宣伝タイム。ウマイと言うまで口から口へと饅頭を繰り出す軍服区長は、まるでTSロリ転生した伝説のハートマン軍曹。理不尽罵倒と連帯責任の饅頭責めに、メスガキ視聴者も歓喜に湧いてる事だろう。

 やりたい放題の囲み取材は途中でスタジオに切り替わり、コメンテーターが目新しくもないメスガキ論を展開し始めた。

 紗綾ちゃんは一つ溜息を吐くと、テレビのスイッチを切る。


「同じメスガキだから応援してあげたいところだけど……この区長はダメね☆」

「俺達の血税が、コラボ饅頭になるとはなあ」

『おにーさんは法人税、まだ払ってませんけどね♡』


 恵は苦笑いで、痛いとこを付いてくる。


『それで、会ってみますか?』

「感謝状の一つももらえるなら箔が付くってもんだし、行ってみようか」

「さーやも行くー☆」

「恵も来るだろ?」

『はい☆ おにーさんと紗綾だけじゃ、心配ですので♡』

「なんの心配があるのさ?」


 笑顔から一転、恵は人差し指を立て、脅すような声色を再生した。


『ここだけの話……区長はガンキ役員の一人なんです』


* * *

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