2-5 メスガキ紗綾と離解者和志

 帰りの空は、もうすっかり茜色。

 検査帰りの俺達は、広尾の商店街に立ち寄って、夕飯を買っていく事にした。ついでに真司の様子を見に青果店に立ち寄ると、家族総出で感謝され、メロンやらマンゴーやら高級果物をたくさんもらってしまった。

 紗綾ちゃんと二人、両手いっぱいにビニール袋を下げて帰路につく。


「今週末はどーするの? ゲーオタ☆ナメクジは、やっぱり家で格ゲー三昧?」

「そこはせめて、名前も付けてくれない!? そうだなぁ、明日は身体バッキバキだろうし、動きたくないかなあ」


 力を使った翌日は、全身筋肉痛で起き上がるだけで一苦労。

 いつもなら土曜は定期健診の日だけど、せっかく博士にお休みもらったんだから、部屋でゆっくり過ごしたい。


「じゃあ今夜、カズくんち泊まっていーい?」

「ダメだ。おうち帰んな」

「えー、なんでよー! カズくん動けないならさー、代わりにさーやが料理☆ 作ってあげるし!」

「そこは逆に、俺が動ける時にしてくれよ。フォローできないから」

「ダメー☆ 料理ヘタネキの汚名返上するの! この前動画の『メスガキ♡クッキング』見て、いいレシピ見つけたし♡」

「マカロンにボッキーぶっ刺して生クリームぶっかける、老いた宇宙人の踊り食いみたいなヤツでしょ?」

「えー、かわいいじゃーん♡」

「家庭料理は、可愛さより美味しさ求めてよ。それに商店街の店屋物、たくさん買っちゃったじゃん。はい、紗綾ちゃんの分」

「ヨワヨワ商店街の癖に、それなりに美味しそうでムカつく☆ 早く帰って一緒に食べよ♡」


 紗綾ちゃんは俺の分のビニール袋も奪い取り、両手に持ってくるくる回り出した。

 もう完全に帰る気ないな、こりゃ。


「じゃあ一旦家帰って、荷物置いてから来なよ。今日だったら俺もまだ動けるし、恵も呼んで祝勝会しようか」

「それじゃ意味ないじゃん!」

「なんでさ」


 紗綾ちゃんはぱっと俺にくっつくと、恋人みたいに腕を絡めてくる。


「だってさ……恵はカズくんに離解らされたわけじゃん。ズルくない? 次はさーやの番じゃないの?」

「え? いやあれは成り行き上……」

「なんでカズくんはさ、さーやの事、離解らせようとしてくれないの?」

「だって紗綾ちゃん、メスガキ煽りはするけど、俺の事バカにしてくる事はないじゃん」

「そうじゃなくて! ……身体で離解らせてくれたって、いいじゃん」

「え、いや~、それはちょっと……」

「勇気出ないって言うなら、さーやがしちゃうよ?」

「いや、それもちょっと」

「もうっ☆ どうしたらさーやの事、離解らせてくれるの?」

「俺は紗綾ちゃんの事大好きだし、大切に思ってる。だから、離解らせる離解らせないの関係でいたくないんだ」

「何それ、意味わかんない」

「大事に思ってるからこそ、軽はずみにしたくないってことだよ」

「恵にはしたくせに」

「あれは言葉による離解らせだったし、離解らせようとしてたわけじゃないし……」

「あーあ☆ 私このままじゃ、絶対ピリオドになんかなれないじゃん!」


 首後ろに両手を回し、先を歩く紗綾ちゃん。

 そうだよな……紗綾ちゃんがピリオドになりたいって思うのは自然な事だ。

 離解者の俺が傍にいる。なのに全く離解らせない。今日、那須野博士と交わした会話が頭をよぎる。そうなると、どうしても気になってしまう。

 ワカラセなしでメスガキを成長させる、フェテレータ。そんなもの効果ないって、博士は完全に決めつけていたけど……。


「分かった……俺が、離解らせてやるよ」

「ホント?」


 笑顔で振り向く紗綾ちゃんに、拳を固めて突き出した。


「本気のストファイ、全力リューで、お前を離解らせてやる!」

「バーチャルに逃げんな☆ 悔しかったらリアルショーリューケン♡かまして見せなさいよ!」

「おっとここは、煙に巻くぜタツマキセンプーキャク」

「待てコラ☆ リアルスピニングハードキック!」

「ちょっ、すげえ! それどーやってんの⁉」


 ゲームの技を躱したり喰らったりしながら、なんだかんだ二人で部屋に戻ってきた。

 なし崩し的に彩綾ちゃんのお泊まりが決まってしまったが、これくらいはしょうがない。


「あ、鍵あけっぱなし~♡」


 二人で玄関に入ると、見慣れない小さな靴が出迎えた。電気付けっぱなしのリビングからは、カチャカチャと奇妙な音が聞こえてくる。

 紗綾ちゃんは無言でずかずか部屋に上がると、バンッと勢いよく扉を開けた。


『あ、おかえりなさい。遅かったですね♡』

「恵!? なんでアンタがここにいるのよ! どうやって入ったの!?」


 ノートパソコンの前でブルーライトカットの伊達メガネをくいっと上げた恵は、テーブル上に置いてある俺のカギを指差した。もしかして……別れ際俺に抱きついた、あの時に!?

 更に恵の背後には、ででんと大きなトランクケースが二つ。どう見ても恵の引っ越し荷物だろ、これ。


『言いましたよね? おにーさんには責任取ってもらいます♡ 今日から私も離解屋の一員になりましたので、手始めにホームページ開設しよーかなーって♡』


 照れ臭そうにパソコン画面の離解屋ホームページを見せると、小さくぶいっと二本指を立てる恵。

 よーし分かった戦争だと、鼻息荒く恵に突っかかっていく紗綾ちゃん。

 飛び交うメスガキ煽りに、筋肉痛どころか頭まで痛くなってきた俺。


 メスガキ二人が暴れ回る離解屋の夜は、騒がしくも楽しく、穏やかなひと時に……なるわけねーだろ!


* * *


 一方。

 一人になった第二法医学室で、那須野博士は正面モニタに二つのデータを並べて、コーヒーを飲んでいた。

 データの標題には、どちらもミトコンドリアDNA塩基配列と書かれている。


「ふぅん……そういうこと」


 那須野博士は唇の端に笑みを湛えると、引き続き研究に没頭していった。

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