2-2 渋谷メスガキ連続暴行自死事件

 遺体に見守られてシャワーを浴びたメスガキ二人が、ソファーでぐったりしていると、那須野博士が解剖室から出てきた。

 変人だが仕事は丁寧且つ早い。さすが警察からメスガキ犯の検視、遺体解剖見分を依頼されてるだけある。

 那須野博士は血塗れのガウンと手袋を脱ぐと、無造作にダストシュートに放り込んだ。定位置の椅子に座って足を組み、何も見ないで話しだす。


「メスガキ花嫁の死因は、鈍器による脳挫傷。よくぞここまで自分で自分の脳を叩き潰せるなと感心するほど、ぐちょんぐちょんだ。もちろん、脳に寄生するメスガキウィルスは宿主の死亡と共に死滅。ま、あの有様じゃ、生き残ってても調べようがないがね」

「突然自害に至った原因は? 薬物でしょうか?」


 福浦さんの質問に、博士は首を横に振った。


「腕はもちろん、他部位にも注射痕は見つからなかった。胃の中も調べたが、コンビニランチしか出てこない。普通に考えれば、メスガキ花嫁のパワーアップと自我崩壊、その後の自殺は薬物ではなく……メスガキウィルスの暴走と考えるのが自然だ」

「ウィルスの暴走……一年前の、渋谷メスガキ連続暴行自死事件と同じって事ですか!?」


 博士はゆっくり頷いた。


『連続暴行自死……? 一年前にも、同じような事件が起きてたんですか?』


 この場にいる中で、恵だけが事件を知らない。博士は視線で確認を取ると、福浦さんは黙って頷いた。

 博士は机に向き直ると、慣れた手つきでキーボードを叩く。正面の大画面モニタに、渋谷駅前の定点カメラ映像が表示される。


「最初の事件は二〇四九年五月。飲食店勤務のメスガキ (十一歳) が、バイト帰りの渋谷駅前で突如暴れ出し、通行人四人に軽傷一人に重傷を負わせた後、交差点に脳味噌ぶちまけた」


 那須野博士の説明通り、動画の中のメスガキは周囲の人間に暴行を働き、スクランブル交差点に飛び出しトラックに撥ねられた。

 この時、頭から地面に強く叩きつけられたため、メスガキウィルスの超回復が働かず即死だったという。


 次に画面に映ったのは動画ではなく、鑑識データだった。

 全ての資料の見出しには、『渋谷メスガキ連続暴行自死事件』と書かれている。


「次の事件は同年七月、同じく仕事帰りのメスガキが渋谷駅前で発狂。たまたま現場に居合わせた福浦刑事が止めに入るも、金属バットで自身の頭を強打したメスガキは死亡。この事件から私も鑑識協力する事になりメスガキの遺体を調べたが、脳はぐちゃぐちゃウィルスも死滅。ドラッグ利用の疑いもなし。今回のケースと同じだな」

「最初のメスガキ暴行自死は精神病発症による事故扱いだったけど、この事件から連続暴行自死事件として、メスガキ課も捜査に乗り出す事になったんだ」


 福浦さんが一言添えると、恵はハッと顔を上げ、紗綾ちゃんに振り返った。


『一年前って……もしかして、紗綾の事件も?』


 小さな肩をびくんと震わせ、こくりと頷く紗綾ちゃん。俺が説明を買って出る。


「三番目の事件は同年九月。被害者は、紗綾ちゃんが渋谷MESUガンキでバイトしてた時の先輩……メスガキ真綾。仕事中、真綾は突然紗綾ちゃんに襲いかかり、最後にはその場で自決した。当初は密室に二人きりだった紗綾ちゃんが犯人扱いされたけど、これまでの事件と同じく、自死者狂乱による暴行事件だと証明された」


 福浦さんは、バツの悪そうな顔して弁明する。


「事件当時、和志はメスガキ課にインターンで来ていて、紗綾ちゃんの疑いを晴らしてくれたんだ。事件後、警察は『渋谷メスガキ連続暴行自死事件』対策本部を設置して、本格捜査する事になった」

『ちょっ、ちょっと待ってください☆ おにーさんは今、メスガキ課の刑事さんじゃないですよね?』

「まあその……色々あってな。和志の採用は見送られた。俺が上を説得できれば良かったんだが……」

「それは気にしないでください。俺自身で決めた事ですから」


 俺の採用がなくなったのは、福浦さんのせいじゃない。それでも彼は、未だ負い目に感じてくれている。

 そのおかげで、福浦さんと俺はホットラインで繋がってるわけで。今回みたいに離解屋ワカラセヤがメスガキ課の助力を得られるのは、めちゃくちゃありがたい。

 その辺りの事情も知り尽くしている那須野博士は、その話には興味がないと言わんばかり、話を事件に戻す。


「三件目の遺体も言わずもがな、何の証拠も出てこなかった。そうこうしてる内、二か月間隔で三回も起きた暴行自死事件が、起こらなくなってな。この春に捜査本部が解散した矢先、今回の事件が起こったというわけだ」

「もう、終わったものとばかり思っていたが……」


 福浦さんは座ったまま拳を握り、項垂れた。無理もない。

 去年から事件を追い続けてるのに、手がかり一つ掴めていない。再び事件が起きても、やっぱり何も分からないままだ。このままでは、また渋谷のどこかでメスガキが発狂し、罪のない人間を巻き込むかもしれない。

 それが紗綾ちゃんだったらと思うと……俺にとっても他人事ではない。


『あの……そういえば、噂で聞いた事あるんですけど』


 事件の全容を知った恵が、スマホを両手で持って話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る