第二章 法医学室のメスガキ
2-1 那須野博士
駆け付けたメスガキ課刑事・福浦さんの判断で、俺達は近隣の刻学院大渋谷キャンパスで、治療と検査を受ける事になった。
メスガキ花嫁の遺体を省くと、救急車に乗り込んだのは福浦さん、俺、紗綾ちゃん、恵の四名。真司はパトカーで広尾の商店街に戻っていった。
とりあえずこれで、離解屋仕事は無事完了。田淵のオッサンにメッセで報告すると、すぐに感謝の返信が届いた。
『紗綾ちゃんにも、ありがとうと伝えておいてくれ』
横からスマホを覗きこんだ紗綾ちゃんは、嬉しそうに手を伸ばし返信を打つ。
『なんで上から目線☆ モブハゲの癖に♡』
振り向いて照れくさそうに笑うと、紗綾ちゃんは送信ボタンをタップした。
相変わらずのメスガキ文だけど、こうしてわざわざ自分で書いて送っちゃうところが可愛らしい。田淵のオッサンにも、メスガキの尊さが伝わるといいんだけど。
刻学院大に着くと、救急車は地下駐車場に入っていく。
ひんやり空気の駐車場は、血みどろ汗まみれの俺達にとって心地良いものではあるけれど……背筋に走る冷たい感覚は、決して空調のせいだけじゃない。ここに来ると、パブロフの犬状態で気が滅入る。
俺は重い足取りで廊下を進み、第二法医学室と書かれた扉を開けた。
「いらっしゃ~い、こりゃまた大人数で」
足の踏み場もないほどモノが散らかる研究室で、くるりと椅子を後ろに回した白衣の中年女性は、俺達を見て目を丸くする。
満身創痍の俺と二人のメスガキ、ストレッチャーに横たわるメスガキ花嫁の遺体。何があったか言うに及ばず。女性は伸ばしっぱなしの長髪をかきあげると喜色満面、アカデミックな好奇心に瞳を輝かせる。
「ずいぶん派手にやらかしたみたいだが……生きてる人間の方が多いなんて大手柄じゃないか、福浦刑事」
「不本意ながら、私が駆け付けた時には全て終わっていました。これじゃ手柄になりません」
「そう言うな。君がいなきゃメスガキ共は自分から私を訪ねては来ない。それこそ、死体にならない限りね」
「
「奥に運んどいて~」
安請け合いの手がひらひら舞うと、福浦さんはストレッチャーを奥の『検査室』と書かれた部屋へと押していく。
那須野博士は立ち上がると、血まみれのメスガキ二人の前にしゃがみこみ、背後の扉を親指で指し示した。
「あんた達二人は、あっちでシャワー。こんな汚い恰好じゃ、検査室にも入れやしない」
「はーい☆ いくわよ恵」
『あの……ここ、どこですか?』
不安げな面持ちの恵は、スマホを両手で持って録音音声を再生した。
面食らう那須野博士に代わって、俺が答える。
「ここは刻学院大第二法医学室。こちらは室長の
「変態は余計だ。ロリコン離解者」
『すごい……まだ若い女の人、久しぶりに見ました♡』
恵がスマホの録音ボイスで感想を言うと、那須野博士は身を乗り出し、超至近距離で恵を凝視する。
「はじめまして恵ちゃん! 君、ちっちゃい声をスマホに録音して、再生で大きくしてるんだね! 面白い事思いついたねえ!」
「ほら、いくよ恵☆ いつまでも那須野博士と喋ってると、知らない間に解剖されちゃうよ☆」
顔を真っ赤にしてあわあわする恵の手を、紗綾ちゃんが引っ張ってバスルームに連れていく。
博士は特に反論もせず笑い飛ばすと、今度は俺の左手を取って手首を裏返した。
「MSGK被験薬、使ったね。どうだった?」
「どうもこうも、相変わらず凄い利き目でしたよ。腕の骨が粉々に砕けた瞬間、一瞬で再生したみたいです。今はクスリが切れかけてて、全身ガタガタに痛いですけど」
「痛いで済んでる君の方が凄いっての。こりゃ面白いデータが取れてそうだね」
博士は俺の腕時計を外すと自席に戻り、嬉々としてケーブルに接続した。正面の大型モニタに『データバックアップ中』のプロンプトが表示される。
このスマートウォッチデバイスには、心拍数、血圧、血中メスガキ濃度など、様々な俺のヘルスデータが二十四時間記録されている。もちろん今日、MSGK被験薬を使った時の数値もだ。
奥の部屋から戻ってきた福浦さんは、真面目な顔で訊いてくる。
「和志……お前こんな治験続けて本当に大丈夫なのか? 思考がメスガキになったりしない?」
「そういう事言うの、やめて下さいよ。自分でもちょっとイラっとしただけで、メスガキになってるんじゃないかって、怖くなるんですから!」
その治験管理者であるところの那須野博士は、相変わらず邪悪な笑みを湛えている。
「なら福浦刑事も、もう一回試してみるかい? メスガキ全盛のこの時代、いっそ男も全員オスガキになれば解決さ」
「打ちませんよ。あの地獄の一週間を思い出すだけで、気持ち悪くなります」
「そんな事もあったねえ……だがそれさえ克服できれば、男もメスガキ以上の身体能力・自然治癒力が手に入る。メスガキ課の刑事にはもってこいだろう?」
「あんなもの実用化されたら、なんとか均等を保ってるこの世界で、メスガキVSオスガキ大戦争が勃発しますよ」
「だがその戦争で死ぬ者はほとんどいない! 受験勉強中のガス抜き運動会みたいなものさ。ひひっ!」
自分で言って自分で引き笑いする那須野博士。その姿は変態法医学者というより、うっかりミスで地球を滅亡させかねないマッドサイエンティストだ。
と思っていたら、奥のバスルームでメスガキ二人の悲鳴が上がった。紗綾ちゃんと恵が、取る物も取らず逃げてくる。
「ど、どうした!?」
「お……お風呂の中に! 男のヒトの死体がっ‼」
青い顔で俺に縋り付く紗綾ちゃん。恵も俺にしがみついてくる。またしても、那須野博士の引き笑いが部屋に響いた。
「いひっひっひ! すまんすまん。解剖待ちの死体が腐りそうだったから、浴槽でホルマリン漬けにしてたの忘れてた」
「いくらなんでも罰当たりすぎない!? ちゃっちゃと解剖して、さっさと埋めてきなさいよ☆」
「そう言われてもねえ……まーた急ぎの案件が、舞い込んできちゃったわけだし?」
メスガキ花嫁が待つ奥の検査室を指し示し、にひっと相好を崩す博士。
「それより和志くん。裸のメスガキ二人を抱きつかせるなんて、メスガキスキーここに極めけりじゃあないか。紗綾ちゃん達も、煽りの一つも囁いてごらんよ。離解らせてくれるかもしれないよ?」
恵はもちろん紗綾ちゃんまで顔を真っ赤に染め上げると、次の瞬間「見るなスケベ♡」と、結構本気なさーやパンチが腹をえぐる。
悶絶する俺を残して、二人のメスガキは逃げるようにバスルームへと消えていった。
それを見て、やっぱり笑い転げる那須野博士。下手なメスガキよりもメスガキな、悪戯好きの三十九歳独身女性。
だからここに来るのは、気が重いんだ。
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