1-8 たぶんじゃダメ☆ぜっったい、ヤ‼

 鮮血に染まる石膏ブーケを掲げるメスガキ花嫁。その前でうつ伏せに倒れ、血みどろの小さな身体を痙攣させる紗綾ちゃんと恵。

 メスガキの治癒力をもってしても、すぐに回復できないほどのダメージを喰らったのは明らかだ。


「二人がかりでも、敵わないってのか……」


 おかしい。

 紗綾ちゃんが飛び込んでいった時点では、互角以上の戦いをしていた。そこに恵まで加勢したんだから、こんな簡単にやられるはずがない。

 そう信じたくとも、目の前のメスガキ花嫁はオオカミのような勝ちどきを上げている。まだ血が足らぬと言わんばかり、ふらふらした足取りで恵に近づき、その胸倉を掴んで鈍器ブーケを振りかざす。


「やめろっ!」


 俺は物陰から飛び出し大声で叫ぶも、メスガキ花嫁は振り向きもしない。焦点の合わない目と歪んだ唇……こいつ、正気を失ってるのか? 躊躇いもなく、幸せの花を模ったはずのブーケが、恵に振り下ろされる。

 その時、ぐったりしていた恵は素早く左腕を上げ、ブーケを粉々に粉砕した。石膏の破片が舞い散る中、渾身の右ストレートが花嫁の頬に食い込む……が!

 メスガキ花嫁の首は時計周りに一回転、耳に付けてたインカムが飛ぶほど激しく回り、恵のパンチをいなしてしまう。


「なっ!?」


 自ら、首の健も筋も引きちぎったってのか!? 驚く間もなく花嫁の首はぐるんと戻り、その勢いのまま強烈なボディーブローが放たれる。

 恵は宙に弧を描き、為す術なくぶっとんでいった。


「もうやめろ! もうすぐ警察が来る。これ以上暴れても罪が重くなるだけだぞ!」

「……ざあこ♡」


 暴走メスガキは止まらない。今度は紗綾ちゃんに狙いを定め、ふらふら近付いていく。

 紗綾ちゃんも、まだダメージが完全に癒えていない。なんとか立ち上がろうと片腕で踏ん張るも、血溜まりに手が滑り肩から地面に転がってしまう。

 俺はメスガキ花嫁の前に躍り出ると、指を差して警告する。


「紗綾ちゃんに手を出すな! 俺は離解者だ。俺がお前の相手をしてやる!」

「ざあこ♡……ざあこ♡」


 返り血でドレスを真っ赤に染めた花嫁は、うわごとのようにお決まりの文句を漏らすだけ。愉悦とも苦悶ともつかない表情は、俺の言葉が理解できてるとは思えない。

 会話が成立しないなら……メスガキを離解わからせてやる事もできない!


 ここまで、か。


「ダメええっ! カズくん☆逃げてっ!」


 使いたくなかったが、仕方ない。

 紗綾ちゃんの絶叫を背中で受け止め、俺は腕時計のバックルをこれでもかと強く押した。

 左手首にちくっとした痛みが走ると同時に、時計ベルトに仕込まれた極小シリンダー内の薬液が、バックル裏の注射針から橈骨とうこつ動脈に注入される。薬は血流に乗って、瞬く間に俺の全身に広がっていく。

 鈍器ブーケを振りかざすと、メスガキ花嫁は俺に向かって殴りかかってきた。


「カズくんっ!」


 振り下ろされたブーケを、恵に倣って左腕で受ける。激痛と共にブーケと前腕の骨が粉々に砕けるも……俺の骨は驚異的な速さでくっつき再生される。

 呆気にとられるメスガキの腹めがけ、腰を乗せたアッパーカットを振り抜く。渾身の一撃が女児の柔らかボディを捉えるも、メスガキ花嫁は後ろに二、三歩たたらを踏むだけで倒れない。

 なぜだ……いくらメスガキだからって、今のがノーダメージなんてあり得ない!


 女児の脳に寄生するメスガキウィルスは、宿主の身体強化と自然治癒力を飛躍的に向上させる。それでも今の俺みたいに一瞬で治せるわけじゃない。徐々にだ。

 そもそも痛覚がないみたいだし……もしかしてコイツ、俺と同じくクスリでもやってるのか?


 メスガキ花嫁は、新たな石膏像の花束を掴み取った。せめて紗綾ちゃんから引き剥がそうと、背を向けて逃げようとするも、凄まじい速さで後ろに回り込んできた。とてもじゃないが、逃げられそうにない。

 今の俺の身体ならいくら怪我しても一瞬で治りはするけれど、痛覚は普通にある。アレでぐちゃぐちゃに叩きのめされたら……精神的に耐えきれるのか?


「ブーケトスにしちゃ、ちょっと固すぎやしませんか?」

「ざあこ♡……ざあこ♡」


 やはり、お決まりのメスガキゼリフしか返ってこない。

 打つ手なしの俺の隣に、紗綾ちゃんが並び立った。俺が戦ってる間に、なんとか回復したみたいだ。


「恵は?」

「真司くんが回収して、一緒に隠れてるみたい☆ あの子もだいぶ、酷い有様だったから」

「紗綾ちゃんも隠れてて。俺がこいつを離解らせる」

「無茶だよ! この子正気失ってて言葉も通じない。いくらヘリクツ☆カズくんでも、問答無用でぼっこぼこだよ」

「俺なら大丈夫。MSGK被験薬も使ったし、殴られながらでも呼び掛ければ、何か反応が返ってくるかも……」

「クスリ使っても殴られたら痛いんでしょ? 副作用だって」

「種の存続はメスガキの本能だ。離解者相手に死ぬまで殴り続けるなんて事、しないはず……たぶん」

「たぶんじゃダメ☆ぜっったい、ヤ‼」


 鼻がかった声に気付いて隣を振り向くと、ぼろぼろの紗綾ちゃんは、ぽろぽろと大粒の涙を流していた。

 俺の首に手を回し、抱きついてくる。


「カズくんが殴られるなら、さーやも一緒に殴られる! クソザコ☆カズくんを守るのは、さーやの役目なんだからっ!」


 どうあがいても勝てない相手……それでも俺と一緒にいたい。紗綾ちゃんの想いが、手に取るように伝わってくる。

 俺は紗綾ちゃんを強く抱き締め、メスガキ花嫁に背中を向けた。何があっても紗綾ちゃんだけは守る。この態勢のまま殴られ続けていれば、いずれ福浦さんが助けに来てくれる。

 この期に及んでイチャつく俺達を前に、メスガキ花嫁は何もしてこない。

 背中越しに恐る恐る振り返ると、メスガキ花嫁は鈍器ブーケを頭上に掲げたまま、呆然と立ち尽くしていた。


 不思議に思う俺達の目の前で、メスガキ花嫁は――自らの頭に力いっぱい鈍器ブーケをぶち当てた。

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