1-6 決戦は屋上で

 狭いエレベータに三人で乗り込むと、恵はつま先立ちで一番上の階数ボタンを連打した。

 するとボタンランプの表示が『R』に変わり、エレベータは屋上階へ昇っていく。


『屋上はオープンテラスになっていて、ガーデン♡ウェディングができるメスガキチャペルがあるんです♡』

「ガーデン♡ウェディング!? ブライダル業界が死滅したこの時代に、ガンキでそんなサービスやってたの!?」


 ちょっと弾んだ恵の声が再生されると、それに被せるように、紗綾ちゃんが光の速さで喰いついた。


『残念ですが、普通の結婚式で使われた事はありません。イケメン拉致って覚醒するまで罵倒する、煽りのバージンロードです♡』


 笑顔でスマホを掲げる恵に、紗綾ちゃんは「げーっ☆」とげんなり顔を見せた。

 ワカラセ覚醒を目的とするメスガキ懺悔室は有名になり過ぎて、警察のマークが厳しくなっている。そのため最近は他の部屋に偽装するケースも多いと聞いていたが……まさかの結婚式で、新郎罵倒お手紙朗読会にするなんて。

 確かに渋谷のビル屋上なら、激しく罵倒しても地上に声は届かない。新婦が新郎を踏んづける姿が近隣のビルから見えても、結婚式の余興リハーサルにしか見えないだろう。警察が乗り込んでいっても、オープンテラスのチャペルが罵倒療法会場とは、夢にも思わない。

 都会の密室に、物理的障壁は必要ない。

 喧噪と無関心という檻は、ここ渋谷に溢れかえっているのだから。


「それにしても式場なんて……屋上にメスガキいっぱいいるんじゃないか?」

『いいえ。そんな事したらワカラセ候補覚醒直後、仁義なきメスガキ☆バトルロイヤルが始まっちゃいます♡ ですので罵倒するメスガキは一人だけ。あとは覚醒即結婚するために、牧師代わりのメスガキシスターが立ち会います。なので今のところ屋上にいるメスガキは二人だけです」

「今のところって……これから増えるかも☆ って事?」

『ワカラセ覚醒に手間取るようなら、後から罵倒補助のメスガキが数人呼ばれます。もちろんその場合救出ハードルは格段に上がり、メス堕ちリスクも高くなります☆』

「救出するなら今のうちってわけか……そのメスガキシスターは何者なんだ?」

『詳しくはわたしも知りません。噂ではお店のオーナーとか出資者の一人とか……とにかく偉いメスガキで、ピリオドだろうという事くらいしか分かりません』


 離解者の説得による精神的ワカラセ、または性交による肉体的ワカラセによってのみ、メスガキは束の間の成長を遂げる事ができる。それを重ねる事で初潮を迎えたのが、メスガキピリオドだ。つまりピリオドには離解わからせてくれる特定の離解者パートナーがいるため、普通は覚醒目的の拉致監禁に加担しない。

 なのにメスガキシスターは覚醒を手伝っている……まさか従業員の福利厚生とでも言うんじゃないだろうな。


「いずれにせよ、俺達が乗り込んでいっても、そのメスガキシスターは戦闘参加しないだろう? 正体不明なら尚の事、素性がバレる前にとっとと逃げ出すはずだ」

『わたしもそう思います☆ でも花嫁チャンスのメスガキは、必死で抵抗すると思いますよ。もっともわたしと紗綾の二人がかりなら、余裕で真司さんを救出できるはずです。ね♡ 紗綾?』


 紗綾ちゃんは頷くもハッと顔を上げ、ちゃっかり俺と手を繋ぐ恵を問い詰める。


「ちょっと恵! ナチュラルにカズくんと手え繋がないで☆ それに、なんで私がアンタと一緒に戦わなきゃなんないのよっ!?」

『あら☆ 戦力は多い方がいいでしょう? それに誰が真司さんの居場所を教えてあげたのかな~? ここまで案内しちゃったら、わたしもうガンキで働けないし~☆ 仲間に加えてもらわないと~♡ ね、おにーさん!』


 そう言って、俺のシャツの裾をくいくい引っ張る恵。見上げる瞳が『責任、取って下さいね』と訴えかけてくる。


「アンタまさか……カズくん狙ってるんじゃないでしょうね!? ちょっと離解らされたからって調子乗り過ぎじゃない?」

『え~、そんな事しませんよ~♡ 紗綾は自分に自信がないから、そんな邪推するんです~♡♡? それよりさっきの離解らせでわたし、背伸びたと思いません? ほら☆ 紗綾より背が高い♡♡♡』

「アンタ、ヒール履いてるからでしょ! 私今日、ぺったんこ靴なんだから!」


 わちゃわちゃ始めるメスガキ二人に、俺はわざとらしく咳払いし注目を集める。


「もうすぐ屋上だ。まずは俺と紗綾ちゃんの二人で突っ込む。恵はどこかに隠れておいてほしい」

『わたしも一緒に☆戦えますよ?』

「相手はメスガキ花嫁一人だ。戦力的に不安がないなら、恵の協力をわざわざ敵に知らせる必要はない。それより真司を救出したら、彼を連れて一緒に逃げてほしい」

『……仕方ありませんね。その代わり、もしザコザコ☆おにーさんが負けそーになったら、わたしが守ってあげますね♡』

「私が守るから、そんな事にはならないもん!」


 紗綾ちゃんは鼻息荒く、靴底同じくぺったんこな胸を張る。


「紗綾ちゃんは、俺が真司を助けてる間、メスガキ花嫁の相手をしといてほしい。真司を恵に託したら、俺達もすぐ撤退だ」

「撤退って、エレベータで?」

「俺を抱いて他のビルに飛び移ってくれ。できるだけ、敵を引き付けながら」

『えー☆ わたしはどこに逃げればいいんですかあ?♡』

「はい、アドレス交換。後で落ち合おう」


 俺がスマホのアドレスコードを見せると、恵は嬉々としてコードを読み取った。


『ありがとうございます♡』


 抱き締めたスマホから、メスガキの感謝の声が踊る。その後ろで紗綾ちゃんが「べーっ☆」と、ちっちゃな舌を出した。


* * *

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る