1-4 メスガキ☆バトル

 濃紺ジャンパースカートに白ブラウスを着た物静かな女児は、背後の壁に立てかけてあった金属バットを二本、両手に持って構えた。

 もしかして伝説のメジャーリーガー、オータニサン? 野球の二刀流、間違えちゃったのかな?

 と、無理やり微笑ましく見守っていると、恵は金属バットを二本、もの凄いスピードで振り回し始めた。

 その見事な演武は、本家本元・宮本武蔵の二刀流剣術。図書館で本でも読んでそうな恥ずかしがり屋のぽわとろ娘は、パワー系メスガキ剣士だった!?

 いや、それよりも。


「どうして俺が、レベル☆☆☆スリー離解者ワカラセだと分かった?」

『このご時世、自らガンキに乗り込んでくる男性なんていません☆ おまけにメスガキのボディーガード付き……あなた、紗綾さんでしょ♡』

「なっ……なんでアンタが私の名前、知ってるのよ?」

『有名人ですから♡ あの事件以来、被疑者のメスガキが広尾で離解屋ワカラセヤやってるって、ガンキ裏サイトに書いてありましたよ♡』

「裏サイト!? そんなのあるの!?」

『ダメですよ、紗綾さん……お店辞めるだけならともかく、貴重な離解者ワカラセまで独り占めするなんて!』


 声の再生が終わるや否や、恵は紗綾ちゃん目掛けて大きくバットを振りかぶった。

 紗綾ちゃんは素早い回し蹴りで恵の手首を蹴り上げると、間髪入れず振り下ろされたもう一本のバットもバク宙で躱し、着地と共にその切っ先を踏みつけた。

 恵がもう一本のバットを横に薙ぐと、バク転バク宙。新体操選手のような鮮やかな身のこなしで回避する。


『どうやらあなた、スピード特化型のメスガキみたいですね』  

「それ☆ 手も使わないでどうやって録音再生してるのよ!」


 紗綾ちゃんは、恵の首からぶら下がるスマホホルダーを指差した。

 両手にバットを持つ恵は、俯き加減で僅かに唇を動かすと、一切手を触れてないスマホから声が再生される。


『このネックストラップにはマイクが仕込まれてて、音声操作で録音再生が可能なんです。分かりましたか? レトロ☆メスガキ@時代遅れさん♡』

「そんなものに頼ってるから、まともに会話できないんじゃないの!?」

『あなたに言われたくありません☆ 離解者ワカラセと一緒にいる癖に、ピリオドでもないあなたに♡』

「うっ……うるさい! クソザコナメクジ☆カズくんは、飼育方法に癖があるの!」

『そういうのを、宝の持ち腐れと言ってるんです。まぁ今更お宝に気付いても、ここで失ってしまうわけですが♡』

「カズくんはモノじゃない! そんな事も分からないから、離解者ワカラセがいないんだよ!」


 メスガキ二人は煽り合いながら、激しいバトルを展開していく。俺は近くのスポーツ用品コーナーに身を潜め、戦況を窺った。

 二本のバットを振り回し全てを破壊する戦闘狂・恵と、持ち前の俊敏さで回避に専念し、隙あらば打撃を加える紗綾ちゃん。恵の強振は空振りばかりだが、紗綾ちゃんの攻撃も大きなダメージにはなってない。

 柔剛相まみえると言えば聞こえはいいが……狭いガンキの店内で、どちらが不利かと言えば――。


「きゃあっ!」


 横殴りのスウィングをバックステップで躱した紗綾ちゃんは、床に散乱する商品に足を取られ転んでしまった。

 この機を逃すまいと、恵がダッシュで詰めてくる!


「紗綾ちゃん!」


 俺は二人の間に飛び込んだ。恵は一瞬驚くも、振り下ろしたバットは止めようがない。

 見上げた俺の視界に、もの凄い勢いで金属バットが迫ってきて――!

 がんっ! と鈍い音と共にバットは弾かれ、俺は紗綾ちゃんと一緒に後ろにひっくり返った。


「カズくん? カズくんっ!?」


 一瞬気を失いかけたが、紗綾ちゃんの必死の呼び掛けでなんとか意識を繋ぎとめる。


「大丈夫? カズくん」

「ああ……キャッチャーマスクって、すげえんだな」


 そう、俺は咄嗟にスポーツ用品コーナーにあったキャッチャーマスクを被り、飛び出していた。

 右手には、これまたその辺に転がってたカッターナイフ。恵が怯んだ隙に、なんとか一太刀浴びせる事ができた。もちろん、驚異の自然治癒力を持つメスガキに、カッターでダメージなんて期待できない。

 俺が切りつけたのは……。


「ううっ……ああっ……!」


 からんからんと、二本のバットが床を跳ねる。恵は自らの身体を両手でまさぐり、焦燥の顔を浮かべていた。

 そんな彼女の目の前に、左手を突き出す。

 拳の左右から、だらりと垂れ下がる二本のストラップ。ホルダーごと奪い取った、恵のスマホを見せつけて。


「このスマホと引き換えに、真司の居場所を教えてくれないか?」


 狼狽する恵は、「えと」、「あの」を呟くだけ。

 すかさず紗綾ちゃんがその背後に回り、腕関節を極めて拘束した。


「この子、もう抵抗する気ないみたい……スマホを取り上げられただけなのに、どうしてこんなヨワヨワに?」


 怪訝な顔の紗綾ちゃんに、俺は手の中の可愛くデコられたスマホを見せる。

 これは最新機種とかではなく……年代モノのキッズスマホ。

 ホルダー越しに触れてしまったせいか、画面が光ると、若い夫婦とグレーのスモックを着た幼女が写った。


「恵はおそらく……極度のスマホ依存症なんだ」

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