1-2 MESUガンキ

「つまり真司は、渋谷の『MESUガンキ』に連れ去られたって事か。これだからイケメンは……」


 紗綾ちゃんの格ゲープレイに目を奪われつつ、俺は田淵さんの話を聞いていた。


「渋谷はエリア・メスガキだ。免疫のない俺が乗り込んでいっても、ミイラ取りがミイラになりかねん」

「徒党を組んだメスガキの煽りは強烈……精神崩壊を起こしかねない。これ、仕事の依頼って事でいいんですよね?」

「もちろんだ。だから頼む!」


 開店休業中のメスガキ&ニートを、なんだかんだ気にかけてくれる田淵のオッサン。見たくもないつるつる頭頂部を見せられては、引き受けないわけにもいかないだろう。

 そんな空気を察してか、テレビを見ながら聞き耳を立ててた紗綾ちゃんが、ぽつりと呟いた。


「さーや、いかなーい」

「んなっ!?」

「ハゲは性欲強いんだから、自分で助けに行けばいいじゃん。あ、雑魚モブだからそんな勇気もないか☆」

「ああん!? メスガキが偉そうな口利きやがって。元はと言えばお前らのせいで……」


 立ち上がって紗綾ちゃんを威嚇する田淵さん。俺はその前に立ちはだかった。


「田淵さん……あんた、真司を助けたいのか? それとも紗綾ちゃんをワカラセたいのか?」

「うっ……すまん和志。メスガキの煽りを聞くと、どうしても抑えられなくてな」


 田淵さんは禿頭に手を添え軽く振った。そう、これは彼が悪いわけじゃない。

 紗綾ちゃんが発している微弱なメスガキ波が、田淵さんの脳を刺激して、ワカラセ衝動を誘発しているだけだ。

 それはともかく……渋谷のガンキか。行きたくない気持ちも分かるけど、このままいつまでもってわけにはいかない。


「行こうよ、紗綾ちゃん」

「ヤダ」

「分かったよ。じゃあ俺一人で行ってくる。部屋で待ってて」


 そっけなく言うと、膝を抱えてそっぽ向いてた紗綾ちゃんがパッと顔を上げた。


「ちょっ……カズくん☆クソザコなんだから、一人で行ったら返り討ちにあっちゃうよ? ホントに監禁されてんなら、福っちに連絡すればいいだけじゃん☆」

「今分かってるのは、真司がメスガキと一緒にガンキに入ったってだけ。いくらメスガキ課の刑事でも、それだけで店に乗り込めないって」

「じゃあ近くの交番にツーホー☆すれば?」

「それこそメスガキとデートしてるだけだろって言われて、まともに取り合ってくれないよ!」


 小さなほっぺを、目いっぱい膨らませる紗綾ちゃん。

 どうやら自分が行きたくないというより、俺を行かせるのが嫌みたい?


「メスガキだらけの渋谷で警察なんかあてになんないってのは、紗綾ちゃんも分かるでしょ?」

「メスガキだから☆わかんなあい♡」


 俺はリモコンを取ると、テレビをニュース番組に切り替えた。


『あれあれえ?♡ ハイエナ☆記者さんが寄ってたかって子供に群がるなんて、よっぽど今度開催する、『ドキッ☆メスガキだらけの野外フェス♡イン渋谷』の事が気になるんですか~♡♡♡』


 画面では、コスプレみたいな軍服を着たメスガキが、得意げな顔でマスコミの囲み取材を受けている。


『区長! 渋谷区におけるメスガキ犯罪率の増加について一言!』

『都知事をメスガキ煽りで傀儡化した疑惑も浮上していますが!』

『渋谷区のメスガキ人口について、データを隠ぺいしてるという噂も!』


 マスコミの皆さんは、女児のほっぺにマイクを突き立てんばかりの勢いで、メスガキ区長に詰め寄っている。

 しかし区長は平然と、野外フェス開催参加を煽り続けるだけで、記者の質問には一切答えない。

 さすがイザイザ♡メスガキ党を支持基盤に持つ、メスガキ区長。メスガキに不利な発言をするはずもない。

 一緒にテレビを見てた田淵さんが、深い溜息を吐いた。


「このメスガキが区長に就任してから、渋谷はメスガキ・パラダイスだ。俺も何度かメスガキ関連のトラブルを警察に相談しに行ったが、全部門前払いされた」

「そうだったんですか」

「警察署の連中、メスガキ関連だと分かると露骨に嫌な顔しやがる。何か煽られたんじゃないか? このメスガキに」


 テレビの中の区長を睨み、苦虫を嚙み潰したような顔で舌打ちする田淵さん。

 俺は田淵さんに聞こえないよう、紗綾ちゃんの耳元で囁いた。


「田淵のオッサンは、広尾商店街振興組合の理事長さんだ。ここでキッチリ仕事すれば、商店街の人からも依頼がもらえるかもしれないだろ?」

「でも渋谷のMESUガンキだよ!? メスガキいっぱいいる中に、離解者ワカラセのカズくんが乗り込んでいくなんて……」

「だから紗綾ちゃんの力が必要なんだ。一緒に来て、お願い!」


 両手を合わせ、メスガキを拝む俺。

 紗綾ちゃんは淡褐色ヘーゼルの瞳をぱちぱちと瞬きさせると、にんまりと笑みを零す。


「大人のくせに必死すぎて情けな~☆ まぁカズくんが? どうしてもって言うなら?」

「いいの?」

「ダッツのチョコミント、ダースで買ってくれたら!」

「ちょっ! 高級アイス十二個は多くない? しかも全部チョコミント!?」

「アイス食べてんだか歯ぁ磨いてんだか☆ わからなくしてあげる♡」


 高速で機嫌を直した紗綾ちゃんは、Tシャツをすっぽり被ると、俺の腕にしがみついてきた。

 田淵さんはホッとしたような、それでいて不安そうな目を向けてくる。


「俺も商店街の連中に声かけて、ガンキの外で待機してようか?」

「いや、今の渋谷は行くだけで危険だ。ここは俺達に任せてほしい」

「そうだぞデクノボー☆ いい年こいてイキってねーで、よわよわ商店街のコラボ相手でも探してこいよ☆ハゲざあこ♡」


 紗綾ちゃんのメスガキ煽りに、今度は歯を食いしばって耐える田淵さん。


「分かった……じゃあ頼んだぞ。離解屋ワカラセヤ

「ええ、真司は必ず取り戻します」

「ねーねー、ガンキってコスプレもあるんだよ♡ ゲーオタ☆カズくんはどんなコスプレが好き? 普通にメイド? 小悪魔サキュバス? あ! ランドセルもありかも~♡」


 『よろずメスガキ、離解らせます』の看板を通り過ぎ、アパートの一階に降りたところで、田淵さんと別れた。俺と紗綾ちゃんは恵比寿駅で電車に乗り、渋谷駅に向かった。

 マシンガンのように喋り続ける紗綾ちゃんに、適当に相槌打ちながら、俺は車窓に広がる渋谷の街並みを眺めていた。

 夕暮れに染まる繁華街を徘徊してるのは、メスガキばかり。大人はほとんど見かけない。メスガキの聖地と呼ばれて久しい渋谷だが、この光景も徐々に全国へ広がっていく事だろう。


 メスガキ☆パンデミックは、もう誰にも止めらないのだから。


 今から二十五年前の、西暦二〇二五年。突如現れた新型メスガキウィルスによって、人類は緩やかに滅亡の道を歩んでいた。

 六歳から十四歳の女児のみ感染する未知のウィルスは、少女の脳に寄生し記憶障害を引き起こすだけでなく、微弱なメスガキ波を発する事で男性に対する行動様式を軽視、嘲笑、罵倒――つまりはメスガキ化してしまう。

 感染すると成長がストップし、一生メスガキよくてロリババア。発生から二十五年経った今では、妙齢の女性はすっかりいなくなってしまった。

 更にウィルスは、宿主となる少女に男子オリンピック選手並みのパワーと、驚異の自然治癒能力をもたらす。これにより男が力で屈服できる存在ではなくなってしまった。


 これらは解離性メスガキ症候群と命名され、人々は娘が生まれると外界から隔離するも、そのほとんどが失敗しメスガキになってしまう。結果、家族を忘れたメスガキは周囲を罵倒し、すぐ家出してしまう。

 両性は分断され、メスガキ達は繁華街に集まって暮らし、男性はオフィス街で仕事するだけの存在となってしまった。


 そんな中、稀に男性の中にワカラセと呼ばれる、メスガキ耐性が強い人物が現れる。

 彼らはメスガキ煽りにも冷静に対処し、中には一時的に解離性メスガキ症候群を屈服――メスガキを離解ワカらせる者もいた。

 離解ワカらせられたメスガキは、脳に寄生したウィルスが一時的に抑制され、数か月分の成長が一気に押し寄せる。それを繰り返せばメスガキの悲願、『月経発来ピリオド』を迎える事となる。


 西暦二〇五〇年現在、人類存続はメスガキピリオドとワカラセにかかっているが、両者の数は圧倒的に少ない。

 そのためメスガキはワカラセ候補のイケメンを誘拐し、メスガキ懺悔室で罵倒療法による覚醒を促す。しかしほとんどのワカラセ候補は耐えきれず、メス堕ちしてしまうという。


「カズくん、何キメ顔で考え込んでるの? カピバラみたいだよ?」

「そんな毛深かった!?」


 屈託なく笑う紗綾ちゃん。紗綾ちゃんだって、ピリオドになりたいと思ってる。

 その夢を叶えてあげたいとは思ってるけど……。


 とにかく今は真司の救出だ。早くしなければ真司がメス堕ちしてしまう。

 俺と紗綾ちゃんは、煽りの女子が根城とするメスガキの殿堂――渋谷のガンキに足を踏み入れた。


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