第39話 決戦②
「アストラト・キルヴァ・アリセント・テンスペクター。闇の獣に祀られし三界の王よ。紅の暴帝、蒼の狂皇、黄金の戦王の名において、我、古の契約を紐解かん――」
詠唱とともに、魔法陣の光が徐々に強くなっていく。セレナを中心に風が渦を巻き、時折、小さな稲妻が走り始める。
瞑想状態で呪文を唱えているセレナ。攻撃を加えられれば避けることも出来ず、ひとたまりもないだろう。
約40秒間、彼女をなにがなんでも守り切らねばならない。
危険を察知したゴルドザが、鬼気迫る形相で迫ってくる。重い鎧のせいか足は遅いものの、呪文の詠唱が終わるまでにセレナの場所に辿り着くには十分な速さだ。
「【
戦技を発動させたシアが盾とランスを構え、ゴルドザに突進していった。戦技によって加速され、一瞬で距離を詰めていく。
少し遅れてグレンがシアを追いかけていく。アイリスはその場で足を止めて、新たなナイフを用意していた。
スピードの乗ったシアの突進と、超重量のゴルドザが轟音とともにぶつかり合う。
「うぐぐぅぅぅっ!!」
唸るようなシアの声が聞こえてくる。
普通ならばぶつかった瞬間に弾き飛ばされそうなものだが、何倍もの体格差があるシアとゴルドザが、ぶつかり合った状態のままで拮抗していた。
驚くゴルドザがさらに力を込め押し込もうとするが、シアが完全に押しとどめている。
「【
ゴルドザの動きが止まった隙に、グレンがすかさず戦技を放つ。グレンの剣から放たれた鳥をかたどった炎の塊が、まっすぐゴルドザに迫る。
鬱陶しそうに左手で炎の鳥を振り払うゴルドザ。
「!!?」
対魔法の装飾品によって簡単にかき消された炎の鳥だったが、その真後ろからナイフが飛んできた。
アイリスが炎の鳥の影に隠れるように、ナイフを飛ばしていたのだ。
慌てて首を大きく傾け、かろうじてナイフをかわすゴルドザ。しかし、そのせいで均衡が崩れ、ゴルドザが数歩下がる。
その少し間合いが離れた瞬間を狙い、シアがランスを突き上げながら戦技を発動させる。
「【
ゴルドザの喉元を狙って斜め上に突き出されたランスの一撃を、寸前のところで左手でつかみ取って止めるゴルドザ。
そのまま、シアごと振り回すようにして、近くの大木に向けて思い切り放り投げた。
ようやく邪魔者を排除したと思い、ゴルドザが前に向き直る。
「【
その瞬間、シアが抜けた穴を埋めるように、全身に炎を纏ったグレンが突進してくる。盾を押し出した体勢で激突し、前に出ようとしていたゴルドザを再び押しとどめる。
「【
ゴルドザに投げ飛ばされたシアは、空中で戦技を発動させる。ぶつかる寸前だった大木の幹に、大きなキノコがポンと一瞬で生えてきた。
幹に生えたキノコは、叩き付けられそうだったシアを受け止め、そのまま柔らかく弾き返す。さらに地面にもいくつかのキノコが生え、その上をぽいーんぽいーんと弾みながら、シアがグレンの少し後方辺りまで戻って来た。
その気配を察して、グレンがシアの隣まで下がる。二人並んで盾を構え、ゴルドザの行く手に立ちふさがった。
そんな二人の様子を見て、ゴルドザの苛つきは頂点に達しようとしていた。
一人一人は大した強さではない。実際、ゴルドザは鎧と魔法の装飾品によって、ほとんど傷付いてはいないのだ。
それに比べて目の前の二人は、戦技を連発していることもあって、疲労でフラフラの状態だ。
ゴルドザは怯えた目で自分を見上げてくる人間の姿が好きだった。
だが、今、目の前にいる人間どもには怯えなど、ひとかけらも感じられない。小賢しく立ち回り、ゴルドザを後ろの魔法使いの所へ行かせまいとしてくる。
そして、現にゴルドザは、その距離を縮められずにいたのだ。
これ以上、時間をかけていては、魔法が完成してしまう。この人間どもが、これだけ必死に守っているということは、あの魔法が切り札なのだろう。
鬱陶しい目の前の人間どもを叩き潰してから進みたかったが、そうも言っていられなくなってきた。
ゴルドザは強行突破して、まずは無防備な魔法使いから始末することに決めた。
「ゴアァァァァッ!!」
威嚇の雄叫びを上げて走り出すゴルドザ。鎧が重い分、足に負荷がかかる。2度も攻撃を受けた右膝が少々痛むが、我慢できないほどではない。
「来るぞ! これを凌げば、こっちの勝ちだ」
隣のシアに声をかけながら、戦技に集中するグレン。
「――ぐっ!?」
「お兄ちゃん!?」
突如、グレンがうめき声を上げ、シアの隣で片膝をついてしまう。戦技を連発してきた負荷が限界に達したのか、急激な目眩と痛みに立っていられなくなったのだ。
「くっ! 【
予定とは違うが、とりあえず戦技を発動させ、時間を稼ごうとするシア。ゴルドザの視界を塞ぐように、茨で出来た壁が目の前にそびえ立つ。
ゴルドザはそのまま勢いを付けて壁にタックルした。ブチブチという音とともに、茨を引きちぎりながら壁を突破してくる。
「だめだ、私の技だけじゃ止めきれないよ……」
弱音を吐きながらも、盾を構え前に出るシア。
アイリスも打つ手がなく立ち尽くしていた。彼女の魔法では、不意打ちでなければ簡単に防がれてしまう。
ついに、ゴルドザが茨の壁を完全に抜け出してきた。
散々邪魔をしてきた人間のうち一人は膝をついていて、あとは不安げな表情を浮かべながらも、行く手を阻もうとしている。
ようやく好みの顔になってきたと、ゴルドザはほくそ笑みながら、残りの距離を走り抜けようと足を踏み出した。
その時――
「ノ……【
グレンがしゃがんだ姿勢から、戦技を発動させた。痛みに耐えながら放った技は、本来の威力ではなかったものの、またしてもゴルドザの右膝に炸裂した。
「グォォァアァァッ!!」
同じ場所に3度も攻撃を当てられ、さすがに悶絶するゴルドザ。
そんなゴルドザの目に、まばゆい光が飛び込んできた。
光の方を見ると、巨大な魔法陣が、幾重にもこちらに向けて展開されていた。
セレナの魔法が、完成間近になっていた。
「グレンさん! シアちゃん! 魔法の射線上から引いてください!」
アイリスの声に反応し、シアが大きく飛び退いた。
「えっ!? お兄ちゃん!!?」
飛び退くシアの前で、グレンが前のめりに倒れ込んでいってしまう。
先ほどの戦技で力を使い果たしたのか、意識も朦朧としているようだ。受け身も取らずに倒れ込み、うつ伏せで動けなくなっている。
そんなグレンの足をゴルドザがつかみ取った。
足をつかみ、そのまま逆さづりにしたグレンを目の前に掲げ、セレナに向かって突き出した。
間に合わないと悟ったゴルドザが、グレンを盾にして、セレナに魔法の発動を止めさせるつもりだった。
魔法の詠唱に集中しているセレナは、今はまだ、その様子に気付いていない。だが、魔法が完成し、今の状況を見たらどういう反応をするだろうか。
もし、魔法を取り消してしまえば、ゴルドザに勝てる見込みがなくなってしまう。
止めるべきか、撃たせるべきか、悩むアイリスの耳に、グレンの声が聞こえたような気がした。
「【
アイリスがグレンの方を見る。
ゴルドザに宙づりにされた状態で、手にした剣に闘気を込めるグレンの姿があった。
「【――
逆さづりという不安定な体勢からだが、グレンの戦技は正確にゴルドザの右膝を撃ち抜いた。
「ガアァァァァァアァッッ!!!」
四度目の攻撃に、ついにゴルドザの膝が限界をむかえた。思わず片膝立ちになり、その衝撃でグレンを落としてしまう。
再び捕まえるべく、グレンに手を伸ばそうとした時。
「【
「【
アイリスの魔法が伸びてきたゴルドザの手を弾き飛ばし、シアが茨の鞭でグレンを巻き付け自分の方へと引っ張り、セレナの魔法の射線から退避させる。
「――汝らが眷属、無限に沸き起こる亡者、幾億の鉄騎を、我に貸し与え給え」
まさにその瞬間、セレナの魔法が完成した。
「
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