第37話 作戦会議

 ゴルドザは、突然あらわれたグレンたちを警戒しているのか、怒りの表情を浮かべつつも、不用意に襲いかかってくる様子はない。

 てっきり怒りにまかせて襲いかかってくると予想していたが、思っていたより冷静な判断力があるようだ。

 グレンたちにとっては、好ましくない相手である。


 グレンは距離を取ったまま、ゆっくり円を描くようにゴルドザの左側面へ移動していく。

 ゴルドザの正面には、シアが一人で立って注意を引いている状況だ。


 小柄なシアと、3メートル以上はあるゴルドザでは、絶望的ともいえる体格差だ。一方的な蹂躙がおこなわれるのではと不安になるが、シアを良く知るグレンにとっては、そんな不安は微塵も感じていない。

 グレンにとっては、どんな屈強な男が前衛にいるより、シアがいるという安心感の方がはるかに勝るのだ。


 現に、シアは恐れることなく、ゆっくりと、しかし大胆に間合いを詰めていく。逆にゴルドザは、そんなシアを警戒してか間合いを広げようと後退していく。時折、グレンの方にも視線を向け、警戒することを怠らない。


 ジリジリとした時間が流れる中、グレンは数分前、森で移動中のことを思い出していた。






 グレン、シア、アイリスが、森の中を高速で駆け抜け、セレナとユウが杖で飛行しながら、広場への道を急いでいた。


「ところで、何かプランはあるんですか?」


 走りながらアイリスが聞いてきた。


「とりあえず、防御に専念して攻撃を引きつけてたら、お兄ちゃんがなんとかしてくれるかなって」


「とりあえず、ケガを回復させてたら、そのうちグレンがなんとかしてくれるかなって」


「鎧に守られてないところに、強力な技をぶっ放せばなんとかなるんじゃないか?」


「……敵の魔法防御以上の強力な魔法を撃つ」


「うっ……思ったより脳筋パーティーだった」


 アイリスの頬を汗がつたう。それは決して、走っているせいではなかった。


「わ、わかりました……いくつか確認したいのですが。グレンさんは、さっきみたいな大技をもう一度使うことは出来ますか?」


 しばらく考えたあと、グレンは正直に答えることにした。


「いや、たぶん厳しいと思う。仮に撃てたとしても、身体が限界を超えて動けなくなる気がする。最悪、意識を失うかも」


「わかりました。じゃあ、セレナさん。さっき言ってましたが、敵の魔法防御を超えるほどの強力な魔法が使えるってことなんですか?」


「使える。でも……準備に時間がかかる」


 セレナはまっすぐ前を向いたまま、彼女にしては大きな声でアイリスの質問に答えていく。


「今の私の魔力だと、強力な魔法は制御しきれずに不発に終わってしまう。そもそも魔法の発動に必要なマナが足りない。だから、一時的に魔力をブーストし、周りの空間からマナを集める儀式魔法をかける必要がある。それらの手順を踏んでからなら、古代語魔法の禁呪が使えるはず」


「古代語魔法!? セレナさん、魔法士ウィザードだったんですか……」


 驚きの声を上げるアイリスに、こくりと頷き返すセレナ。


 魔法使いには、強さにいくつかの段階がある。魔法士ウィザードはその中でも最高ランクに位置する職業だ。

 強大な威力を持つ古代語魔法を使える唯一の職業なのだが、ゲーム内ではレベルを上げるのに大量の経験値が必要になってくる育成難度の高い職業なのだ。

 加えて、古代語魔法の使い勝手が悪く、労力のわりに使えない職業だと言われていた。魔法が強力すぎて、普通の戦闘で使うにはオーバースペックなのだ。もっと習得が容易なワンランク下の魔導士ソーサラーの魔法でも、十分すぎる威力がある。

 魔法士ウィザードが使う古代語魔法は、ゲーム内では城壁を壊したり大規模な軍勢に向かって使うくらいしか効果的に使える場がなかったので、メインの職業にしているプレイヤーはほとんどいないレアな職業だった。


「でも……それなら、勝てる可能性は十分にあります。ちょっと考えを整理する時間をください……」


 そう言って、森の中を疾走しながら黙考するアイリス。しばらくして考えがまとまったのか、とある作戦を説明しだした。

 それは合理的で、上手く行けばゴルドザを倒せそうなプランだった。


「いま言った手順を踏んだ上で、セレナさんが古代語魔法を発動させることが出来れば、ゴルドザを倒せる可能性は高いと思います。ポイントはセレナさんの存在を、ゴルドザに意識させないこと。それと問題は、魔法の発動までどれだけ時間がかかるかなのですが……」


 アイリスの問いかけに、セレナが少し申し訳なさそうに答える。


「……2分はかからないと思う。魔力を高める儀式で30秒。マナを集めるのに20秒。禁呪の詠唱に40秒。大雑把だけど、たぶん、それくらい」


「約1分半の時間稼ぎ……か」


 グレンが重々しくつぶやく。

 1分半といえば短く感じるが、戦闘状態の1分半はとんでもなく長いというのをグレンたちはよく理解していた。コンマ1秒のやり取りで勝敗が決するような戦闘では、10秒でも相当長く感じるのだ。


「もう一つ、問題がある。最初の二つの儀式はそんなに目立たない。でも、禁呪の詠唱に入ると恐らく敵の注意を引くと思う。音というか、光というか……簡単に言うと、詠唱時のエフェクトがすごく派手」


 全員ゲーマーのパーティーには、この上なくわかりやすい説明だったが、言われている内容は深刻だった。


「つまり、どんなにゴルドザの意識をセレナから引き離していても、残り40秒は相手に気付かれて、そこからはセレナ防衛戦に切り替わると考えていた方がいいってことだな」


 グレンは頭の中で状況をシミュレートしてみる。自分よりかなり強いであろうボスキャラを相手に40秒間の足止め。しかも、相手の攻撃目標はおそらくセレナになるので、最悪、グレンを無視してセレナの方へ襲いかかっていく可能性が高い。


「どうしますか? 難しいなら、何か他の作戦を――と言っても、もうそろそろ着いてしまいますが……」


「いや、それで行こう。鬼影隊の救助だけじゃなく、ゴルドザを倒さないといけないとなると、それしか方法はないと思う。ありがとう、アイリスのお陰でやるべきことが明確になったよ」


 そう話し終えた時、ちょうどグレンたちは森の広場に辿り着いたのだ。






(まずは魔法と戦技が、ゴルドザに効くのかどうかを確認しないといけません。完全にかき消されてしまうのか、多少なりともダメージは与えられるのか。もし、完全にかき消されてしまうようなら、古代語魔法も通じない可能性が出てきてしまいますが、それはたぶんないと思います。それほど強力な魔法のアイテムを、ゴブリンキングとはいえ一介のモンスターが所持しているとは考えにくいからです)


 ゴルドザの側面に回りながら、アイリスの作戦を思い起こすグレン。


 広場に着いたとき、危機的な状況になっていると察したグレンは、セレナとともに、すぐさま攻撃に移った。

 アイリスの言う通り、それぞれが魔法と戦技を使い、ゴルドザを攻撃すると同時に、その効果のほどを確認する。

 結果、威力は弱まったものの、完全にかき消されるということはなかった。これで、アイリスの作戦通りに行動することが、暗黙の了解で決まった。


(前衛の二人は、とにかくゴルドザの視界に、セレナさんを入れないような立ち回りを心掛けてください。戦闘を始めるタイミングは、セレナさんの立ち位置が、ゴルドザの視界から外れた時が理想です)


 正面からシアが圧力をかけつつ、グレンが側面に移動していく。徐々にゴルドザは、二人の姿を視界に入れようとして、身体を回転させていく。

 ゴルドザの視界から外れた辺りで、セレナが杖をかざし呪文の詠唱に入る姿がグレンから確認できた。それを合図に、グレンがゴルドザに仕掛けて行く。


「行くぞ!」


 あえて声をあげつつ、グレンがまっすぐにゴルドザに突っ込む。数瞬遅れて、シアもランスを構え突進していった。

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