第36話 英雄

 ショウが囮になるため、ゴルドザの真っ正面から突撃していった。

 ゴルドザがすぐに反応し、ショウを迎え撃つように、横方向に石製の棍棒をなぎ払う。


(びびるなっ! ヤツの注意をこっちに引きつけるんだろうがっ!)


 視界の左端から、ものすごい勢いで迫ってくる巨大な棍棒に思わず身体がすくみそうになる。無理矢理、自分を奮い立たせ、そのまま突っ込んで行った。

 ギリギリまで引きつけたところでスライディングし、なぎ払われる棍棒の下をかいくぐるショウ。

 そのままスライディングの勢いを利用し、流れるような動作で立ち上がると、体重を乗せた一撃をゴルドザの右の脛に叩き込む。


「くぅっ!」


 刃こぼれする覚悟で斬りつけたが、硬質な音が響くだけで、やはり鎧は傷一つつかない。逆にショウの腕に、衝撃で痛みが走るほどだった。


 息をつく暇もなく、通り過ぎた棍棒が、すぐに右側から戻ってくる。今度は下をくぐられないように、少し低い位置をなぎ払ってきた。


 後ろに下がるだけでは避けきれないと判断したショウは、後方に宙返りをして避けようとした。ギリギリ空中で避けることが出来たが、棍棒が額にあった鬼の面をかすめていった。


 弾き飛ばされた面を気にすることもなく、着地と同時に前に飛び出すショウ。棍棒をなぎ払った勢いを殺しきれず、ゴルドザの身体が泳ぎ、隙だらけになっていた。


(ふざけた王冠じゃなく、兜を被ってくるべきだったなっ!)


 少し高さはあるが、鎧に覆われていない喉に突き技を放つべく、刀に意識を集中させる。


「【すい――」


 ショウが渾身の戦技を放とうとした瞬間、右下方向からの強烈な衝撃に襲われた。

 一瞬あとに右脇腹辺りに激痛が走る。

 何が起こったか分からぬまま、ショウは後方へと弾き飛ばされた。


(な、なにが――!?)


 飛ばされながらも視線をゴルドザの方に向ける。


(左の膝蹴り!?)


 ショウが戦技を放つ瞬間に、ゴルドザが膝蹴りを放ったようだった。

 ゴルドザの右手の棍棒と、攻撃しようとした喉の方に気が向いていたことで、下方向から跳ね上がってきたゴルドザの膝蹴りが、完全に死角になっていたのだ。


 膝蹴りをもろに食らい、数メートル後方に吹き飛ばされ仰向けに倒れ込むショウ。

 慌てて上体を起こそうとするが、再び右脇腹に激痛が走る。


「ぐっ、アバラがっ。……ま、まずいっ!?」


 ショウが大きく吹き飛ばされたことで、ゴルドザに余裕が生まれてしまった。

 ショウが視線を向けると、案の定、ゴルドザは後方に目を向けていた。その方向には、二人がかりで隊長を引きずっていこうとしている鬼影隊の隊員がいた。


 喜悦にゆがむゴルドザの視線と、恐怖に怯える鬼影隊員の視線が絡み合う。


「おい! このデカブツ! こっちを見ろ! お前の敵は俺だろうが!」


 ショウが叫びながら慌てて立ち上がろうとするが、身体が言うことをきかない。

 ゴルドザがゆっくりと後方に身体を向けるのが見える。


「こっちだ、おい! ほら、どうした! こっちに来て、俺を殺してみろよ! おい!! そっちに行くんじゃねぇ!!!」


 叫ぶたびに脇腹に激痛が走るが、そんなことはどうでもよかった。

 巨大な棍棒が握られたゴルドザの右腕が上がって行く。


「頼む!! やめろ!!! やめてくれ!!!」


 ショウの叫び声も、ゴルドザを喜ばせる要因にしかならなかった。

 愛用の棍棒によって人間が叩き潰される心地よい感触を想像しながら、ゴルドザは渾身の力を込めて右手を振り下ろした。


「やめろ――――――っ!!!!」


「【閃きの紅スカーレット・レイ】!!!」


「【星閃幻煌輝爆陣イルミナルヴァルケイド】!!!」


 広場に鋭く響き渡った男女の声。それとともに、紅い光線と、たくさんの白い光球が、棍棒を振り下ろす途中だったゴルドザに殺到した。


 完全に不意を突かれたゴルドザが、顔に向かってきた紅い光線を避けようと、あわてて上体を反らす。同時に、ゴルドザが身につけている魔法の装飾品が反応し淡く光った。

 紅い光線が瞬時にかき消されてゆくが、消える直前、ギリギリ届いたゴルドザの王冠を弾き飛ばした。


 間を置かず、今度は白い光球が、次々とゴルドザにぶつかって行く。こちらも、魔法の装飾品の影響か、ゴルドザに近づくにつれ球体が小さくなっていくが完全には消しきれず、いくつかは身体にぶつかると同時に爆発した。

 上体を反らしていた事と、光球の爆発の衝撃で、ゴルドザが後ろに倒れ込んでいった。


「い、今のは!?」


 ショウは、魔法や戦技が飛んできた方向を見る。

 そこには、広場と森の境目で、剣を突き出した体勢のグレンと、杖の先で魔法陣を展開しているセレナが並び立っていた。


「早く! 今のうちに隊長をこっちに! ユウはここで治療に専念! シア、一緒に前に出るぞ! アイリスとセレナは手はず通りに!」


 グレンが手早く指示を出しながら、倒れた隊長のところまで走ってきた。


「無事か? そのまま隊長を俺の仲間のところまで連れて行ってくれ。ゴブリンキングは俺たちで足止めする」


 隊長を救い出そうとしていた隊員二人にそう声をかけ、庇うようにゴブリンキングと隊員たちの間に立つグレン。シアもグレンの少し前に出て、盾とランスを構えた。


 ちょうどそこへ、ショウがやってきた。脇腹に手を添え、顔は苦痛にゆがんでいたが、足取りはしっかりしていた。

 ショウはグレンの正面に立ち、まっすぐ見つめてきた。何かを言いかけてはやめ、それを何度か繰り返したあと、一言だけ聞いてきた。


「……なんで来てくれた?」


 思いもよらぬことを聞かれ、キョトンとするグレン。だが、すぐににやりと笑うと、こう返した。


「そうだな……。あんたが、俺にはあのゴブリンキングを倒すなんて無理だ、って言ったからかな?」


 今度はショウがキョトンとした表情を浮かべる番だった。

 グレンが、そんなショウの胸の辺りを、左の拳でドンと一度だけ殴りつけた。


「廃ゲーマーに、無理とか無茶とかって言葉は禁句なんだぜ? ほら、早く隊長連れて下がっててくれ。ずいぶんとお怒りの様子で起き上がってきたみたいなんでな」


 そう言って、背負っていた盾を取り出しながら、シアの隣まで歩いて行く。

 グレンとシアの目の前で、怒りの表情を浮かべたゴルドザがゆっくりと立ち上がってきた。


 ショウは、グレンの背中に向かって一度だけ頭を下げると、隊員二人とともに隊長を担いで後方に下がっていった。


「さて、と……。レベル制限有り、設定は40レベル前後かな。クエスト目標は、対象の護衛、および、ボスモンスターの討伐。ただし、運営の調整ミスで、レベル70くらいのゴブリンキングが出てきた、ってところか」


 剣と盾を構えながら、どこか嬉しそうなグレン。


「間違いなくクソ調整の不人気クエスト。だが、そういうのをクリアするのが……また燃えるんだよな」


 隣から、シアのため息が聞こえてきた。兜に隠れているが、呆れた表情を浮かべているのが目に浮かぶ。


 いつものやり取りだった。それが、グレンの緊張をほぐしてゆく。


「悪いが……倒させてもらうぜ!」

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