第35話 “宝飾王”ゴルドザ
ゴルドザには苦い経験があった。
ゴブリンロードとして、それなりの規模の群れを率いていた頃、自分たちを退治しにやってきた冒険者の魔法使いに、群れを壊滅させられたことがあった。
たった数発の火球の魔法で、ゴルドザの子分は焼き尽くされてしまった。
なんとか生き延びたものの、長い時間をかけて育ててきた群れを一瞬で失ったことで、ゴルドザは人間たちの使う魔法を異常に恐れるようになった。
それからというもの、ゴルドザは魔法を封じたり抑制する効果を持つアイテムに執心するようになる。自分たちを退治しにくる人間たちから奪って集めた多くの魔法の品々は、ゴルドザに魔法に対する大きな抵抗力を与えるようになった。
いつしか王と呼ばれるようになり、魔法に対する恐怖も薄れてくると、ゴルドザに更なる欲が出てくる。
あとは物理的な攻撃に対抗出来る何かがあれば、恐れるものなどなくなるのではないか、と。
そんなことを考えていたある日、ゴルドザの下へ青白い肌のダークエルフが突然訪ねて来た。
「私の提案を受け入れていただけるなら、どんな剣も矢も弾き返す、最強の鎧を献上いたしましょう」
提案とは、ダークエルフが指定する森を支配下に置いて欲しいというものだった。
ゴルドザの勘は、この胡散臭いダークエルフを今すぐに始末すべきといっていたが、提案自体は悪いものではなかった。群れが大きくなりすぎると強力な冒険者がやってくることを知っていたゴルドザは、今の縄張りを自分の子に継がせ、また別の場所で新たな自分の王国を作ろうと考えていたからだ。
長旅ではあったが、屈強な部下を引き連れてやってきた南方の森はなかなか快適な場所であった。
先住のゴブリンロードが何匹かいたが、ゴルドザの敵ではない。多くのロードはゴルドザとの実力差を察して、戦わずして配下となった。従わないロードは殺して群れを奪い取った。
ゴルドザはたった数日で、森全体のゴブリンを支配したのだった。
ダークエルフから約束の報酬として贈られた黒い鎧は、重量はあったものの、その堅牢さは素晴らしいものだった。どれだけ強く叩こうとも壊れるどころか、傷一つ付かなかったのだ。
ゴルドザはすぐに自分の力を試したくなった。森に複数の人間がうろついているという報告があったので、部下たちに命じて罠を仕掛けることにした。
ほどなくして、森の広場に仕掛けた罠に、大勢の人間が引っかかったと聞き、ゴルドザは嬉々としてその場所へ向かった。
ちょうど、半分くらいの人間が逃げていってしまうところだったが、まだまだたくさんの人間が残っていた。
ゴルドザはお気に入りの魔法の品である王冠の力を使った。『臆病者の王冠』という名のそれは、日に一度だけ、姿を消すことが出来る魔法が込められていた。
姿隠しの魔法は激しく動くと効果が消えてしまうので、最初に攻撃する一匹は慎重に選ぶ必要がある。なるべくリーダー格か、群れが守っている人間を狙うのが良い。
何故なら、人間の群れには変わった習性があるからだ。
最初の一匹を殺してしまうと、他の人間は逃げてしまうことが多いが、殺さないようにしてやると逃げ出すどころか傷付いた仲間を取り戻そうとして寄ってくるのだ。
――そう、ちょうど、今のように。
「くそっ! ヒエン流刀技! 【
ショウの放った突き技は、巨大なゴブリンの太もも辺りに当たったものの、そこを覆う黒い鎧の表面で火花を散らすだけで、傷一つ付けることができなかった。
ショウは突き技を放った勢いを殺さずに、ゴブリンの背後まで走り抜けると、背を向けたまま刀を逆手に持ち替える。
「【
背後を見もしないまま、逆手に持った刀で背後を突く。最初の突き技から、ここまでが一つの技であるかのような、なめらかな動きだった。
その手に確かな手応えが返ってくるが、足に刺さったにしては硬すぎる音が響く。
背後から風を切る鈍い音が聞こえ、振り返ればやられるという直感のままに、ショウは身を投げ出すように前方に転がる。
ずどんという地響きとともに、ショウのいた位置に巨大な棒状の岩が振り下ろされた。
「くそっ! なんて硬さだ。刀の方が欠けちまう」
素早く立ち上がり、刀を正眼に構え直しながら、ショウが目の前の巨体を睨み付ける。
「ゴブリン相手の仕事って言ったって……ゴブリンキングが相手とは
ショウの目の前で、ゆっくりと体ごと振り返るゴブリンキング。その顔にはあざ笑うかのような笑みが貼り付いていた。
数分前、ショウが広場に戻ってくると同時に目にしたのは、広場中央で巨大な石製の棍棒を振り回すゴブリンキングと、足下に倒れてピクリともしない鬼影隊の隊長の姿だった。
周りを囲んでいたゴブリンたちは、何故か広場から姿を消していたが、森の中に潜んでいる気配はある。まるで王の理不尽な怒りの矛先を向けられないように隠れているようだった。
すぐに状況を整理し、隊長を救出するために他の隊員たちとともに交戦に入った。だが、目の前のゴブリンキングが、思った以上に強敵だった。
何度か攻撃を試みたことで、その厄介さが理解できてきた。
鈍重な動きの割りに、腕の振りは思ったよりも速い。石で出来た棍棒もリーチが長く、下手に近づくと叩き潰されるだろう。あの重量では、避ける以外の防御法がないと言ってもいい。
危険を冒して近づいたとしても、あの鎧の異常ともいえる堅さでは通常の武器は刃が通らないであろう。
「まだ腕がしびれてやがる。あの堅さ……まさかアダマンタイト製か?」
ショウは、鉄の数倍の硬度を誇るが重さも数倍という希少金属のことを思い出す。加工が難しく、一部の名工にしか扱えないと言われる代物だが、そんなもので作られた鎧を何故、ゴブリンキングが装備しているのか見当も付かなかった。
「とにかく隊長をなんとかしないと……あっ! 不用意に近づくんじゃねぇ!」
ゴブリンキングが後ろを向いた隙に、隊長を救い出そうと近づく隊員がいた。だが、間合いに入った瞬間、まるで後ろが見えているかのように、ゴブリンキングが振り向きざまに棍棒を振り回してきた。
ギリギリで避けられず、腕に重い一撃を食らってしまった隊員が吹き飛ばされる。
このような感じで、すでに何人もの隊員が怪我を負っていた。中には、地面に倒れ伏したまま動けなくなっている者もいる。
「やっぱりだ……コイツ、隊長を餌にして俺たちを誘ってやがる。俺たちが隊長を見捨てられないのを見越して、ジワジワいたぶるつもりかよ」
隊長が生きているのは胸の上下で確認できる。時折、震える手を動かし、手信号で『逃げろ』と合図を送ってくる。
「そりゃ聞けねぇ命令ですよ、隊長……」
とはいえ、このままでは全滅するのは時間の問題だ。隊長の怪我の状態も分からない。時間をかけてはいられないのだ。
「おい。次、俺が突っ込んだら、何が何でもヤツを引きつける。その隙に、隊長を救い出せ」
ゴブリンキングを睨み付けながら、近くにいる隊員に小声で指示を出す。
「む、無理ですよ! アイツはそれを誘ってるんですから。考え直してください!」
「うるさい、そんなことは分かってる! だが、それしか手がねぇ。このままじゃジリ貧だし、いつアイツの気が変わって隊長にとどめを刺されるかわからねぇ。やるしかねぇんだよ」
ショウの言葉に、押し黙る隊員。見えている罠に、むざむざ飛び込むしかないと、彼も分かってはいるのだ。
ショウは覚悟を決めるように、刀を握る手に力を込めた。
たとえ捨て身であったとしても、自分にあのゴブリンキングの気を引けるだけの力があるのかという不安が襲ってくる。
ふと、数十分前にここで起こっていた出来事を思い出した。自分にも、あれくらいの大技が使えればと、詮ないことを考えてしまう。
当然のように一緒に助けに向かおうとしてくれた少年の顔が思い出された。
「大口叩いちまったからなぁ……。今さら虫が良すぎるか。それに……」
少年を思い出したことで、不思議と少し勇気が湧いてきた。
ショウの顔に、皮肉めいた笑みが戻って来た。
「俺にだってプライドってもんがあるんでな。やってやろうじゃねぇか!」
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