第34話 覚悟

 グレンは、ショウの残した『身代わり』という単語に少なからずショックを受けていた。


 自分たちの行動や選択に、彼らの命運がかかっていたという事実。

 酒場でヴァルクスが口にしていた、自分たちの命をかけるという言葉は、グレンが思っていた以上に重い言葉だった。

 初陣の時、勢いでゴブリンの群れに突っ込んで行く英雄たちを、ハインツたちはどんな思いで見ていたのだろう。

 研究所が出していた、『捨て駒になれ』という依頼。そして、そんな依頼でも引き受けたこの世界の住人たち。それが当然のようにまかり通っていることに驚くと同時に、この世界の住人がどれほどシビアな状況に置かれているのかを改めて思い知るのだった。


 しばらく押し黙っていたグレンを見て、気を悪くしていると思ったのか、肩を貸していた鬼影隊員が話しかけてきた。


「すみません、ウチの副隊長、口が悪くて……。でも、ああ言いながら一番、あなた方英雄に期待していたのも副隊長なんです。この依頼を受けるとなったとき、何人もの隊員が反対したんですが、これが世界を救うことに繋がるからと、ひとりひとり説得してたんです。あなたが突破口を開いたとき、その戦技の威力を見て一番興奮して、はしゃいでたのも彼なんですよ」


 ショウがそんなことをしていたとは、先ほどの態度からはにわかには信じがたかったが、この隊員が嘘を言っているようにも見えなかった。


「副隊長は、来るなと言ってましたが……。お願いします、ウチの隊を助けに行ってください。あのでかいゴブリン、たくさんの豪華な装飾品で着飾ってて……そんなふざけた格好をしてるのに、剣も魔法も通じなくて……。俺たちじゃ、手も足も出なかった……」


 悔しげに呟く隊員の言葉。それを聞いていたアイリスが、突然、驚いたような声で問いかけてきた。


「今、豪華な装飾品って言いましたか!? あなた方を襲った巨大なゴブリンって、指輪とかネックレスとかを大量につけてたんですか? 派手な王冠とか?」


「え、ええ、確かに。たくさん宝石とかが付いた王冠を被ってましたね。指輪とかもいっぱいつけてて、ネックレスとかも。あとは、巨大な岩の塊みたいな棍棒を軽々と振り回してて、黒い金属鎧を着てました」


『どうしたんですか!? 何があったんですか?』


 説明をしていたアイリスが急にグレンの方に来たので、報告が途切れて不安になったのか、アンナの大声が聞こえてきた。


「アンナさん! ゲーム内のモンスターは、この世界に実在してるものがモデルになってるんですよね? それは、この世界に一体しか存在しないようなユニークモンスターもですか?」


 アイリスの切羽詰まったような言葉に押されたのか、アンナが素直に答える。


『は、はい、目撃例が少ないモンスターなどの能力は実在するものに即していない場合もありますが、基本的には同一になるようにしています。でないと、英雄たちの戦闘知識として役に立ちませんから……』


「だとすると、今、鬼影隊が遭遇している巨大なゴブリンというのは……おそらくゴブリンロードのユニーク個体……最強のゴブリン種、ゴブリンキングです」


『ま、待ってください、アイリスさん……今、ゴブリンキングって言いました? それは……そんなはずはないです! だって、南方エリアには今まで一匹もゴブリンキングは確認されてないんです。きっと、突然変異的に巨大化したホブゴブリンかなにかだと――』


「ですが一致するんです。ゲーム内で、東方のエルフの王国との国境付近にいたゴブリンキングと……。自分を討伐に来た冒険者たちから奪ったマジックアイテムで、全身を着飾ったゴブリンの王がいましたよね? 何人もの冒険者を返り討ちにして“冒険者狩り”とまで言われるようになったユニークモンスターが」


 アイリスの問いかけに、アンナのはっと息を呑んだのが伝わってきた。そして、絞り出すような声でこう続ける。


『ゴブリンキング……“宝飾王”ゴルドザ……。でも……そんなまさか……。ゴブリンキングが自分の縄張りを離れて、こんな遠くまで移動してくるなんてありえないです。ゴルドザの元々の生息地から、ここまで数十キロもあるんですよ? そんな長距離をわざわざ移動してくるなんて……』


「ゴルドザって……中レベル帯とはいえ、大規模攻略戦の対象モンスターじゃないか」


 ゴルドザという名前には、グレンにも聞き覚えがあった。対魔法攻撃のマジックアイテムを大量に装備しているという設定なので、魔法職をメインにしているプレイヤーから評判が悪いボスモンスターだ。

 グレンがゲーム内で攻略に参加した時は、魔法職は回復系や強化系しか参加していなかったのを思い出した。


「確か物理系の技しか通用しなかった気がするが、こっちの世界もそうだとすると、厄介な相手だな……」


「待ってください。さっき我々が戦った時は、物理系の技も効きませんでした。あのゴブリンが着ていた黒い鎧がやたらと堅くて……。ほとんどダメージは与えられなかったと思います」


 鬼影隊員の言葉に怪訝な表情を浮かべるアイリス。


「黒い鎧……ですか? ゲーム内ではそんな設定はなかったはずですけど……」


『こちらでも、そういう情報は把握していないですが……それが事実としたら、魔法も物理も効かない、っていうことになっちゃいますよ? そんなのどうやって倒せば……』


「そうだとしても、ゴブリンキングがこの森に現れたんだとしたら、今、倒しておかないと大変なことになる」


『どうしてですか、グレンさん? それだけ強力なゴブリンが現れたんなら、こちらとしても騎士団を動かすなどして、しっかりと準備した上で討伐隊を編制した方が確実に倒せると思います』


「それだとダメだと思う。ゴブリンキングは、ゴブリンロードより上位の存在なんだろ? 初陣の時、何故、この森の5つの氏族がまとまって行動してるのか疑問だったけど、ゴブリンキングが裏でまとめていたんなら納得がいく」


 グレンはアンナに伝えるために、思い浮かんだ考えを言葉にしていく。この考えが正しいとしたら、恐ろしい事態になるからだ。


「今までは5つの氏族がお互いに牽制しあっていたから、周辺の人里に大した被害は出ていなかった。だけど、これからは、その5つの氏族がゴブリンキングの指揮の下、一つの群れとして行動し始める。この森のゴブリンの総数は分からないが、少なくとも数千匹規模だろう。その規模のゴブリンが、この森の周辺にある村や町に一気に襲いかかってくるとしたら……」


『……!!』


 姿が見えなくても、アンナが驚愕の表情になるのが伝わってきた。


「俺たちが初陣の時に遭遇したのは、恐らくその先遣隊かなにかだったんだろう。大規模な討伐隊の編制を待っていたら、いくつもの村や町が犠牲になるかもしれない。ゴブリンキングが今、姿をあらわしているなら、直接、頭を潰すチャンスとも言える。森の奥に隠れて、群れを指揮するだけになったら、二度と見つからないかもしれない」


『そ、そんな……でも、確かに、今を逃したら……』


 グレンは、自分の仲間たちの顔を確かめるように見渡した。皆、グレンの視線に、無言で頷き返してくれた。


 それを見て覚悟を決めたグレンが、アンナに宣言するように言った。


「アンナさん。俺たちが、なんとかします」

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