第28話 シアという少女

 転移魔法の準備が整うまで、しばし待機することになった。思わぬ二度目の出撃に、戸惑いを見せる者もいたが、ほとんどの者は、もう一度、戦闘が体験できることに興奮しているようだ。このあたりはさすが廃ゲーマーといったところか。


 グレンは正直、複雑な気持ちでいた。先ほどは不完全燃焼で終わってしまったので、もう一度、戦闘が経験できるというのは嬉しくもある。

 ただ、ひっかかるのは、森で出会ったゴブリンロードたちの行動だ。仲間をかばい、仲間を逃がそうと自らを危険にさらす。ゲーム内では、ただの倒すべきアイコンでしかなかった敵キャラクターが、自分たちと同じ行動をとっていた。そこにはコンピューターではない、まぎれもない意志が感じられた。


 次に会ったとき、自分はあのゴブリンロードを斬れるだろうか。そんな疑問が頭から離れないでいたのだ。


「何か、悩み事……ですか?」


 いつの間にかアイリスが心配そうにグレンの顔を覗き込んでいた。思ったより近い距離にあった顔に、心拍数が急上昇していくグレンだったが、なんとか表面上は平静を保つことができた。


「いや、大したことじゃないんだ。あれ? アイリスだけ? 他の三人は?」


「ユウさんはお手洗いに。セレナさんは、読んでいた魔導書が読み終わったので、新しい別の魔導書を借りに行ってしまいました。シアちゃんは、あそこで座ってます」


 アイリスが指し示す方を見てみると、休憩スペースで椅子に座り、ずいぶんと緊張している様子のシアが見えた。

 浮かない顔で、時折、ため息をついたり、近くを通りがかった職員に話しかけたりと、落ち着かない様子だ。


「シアちゃん……大丈夫ですか? さっきの森でもずいぶんと怖がってたみたいだから……」


「怖がってる……うん、そうだな。まぁ、シアが怖がりなのは昔からだけど……」


「そういえば、不思議だったんですが。どうしてシアちゃんがタンク役なんですか? 怖がりなんだったら、後衛職とかの方が向いてる気がするんですけど」


「あぁ、それには深い事情があって……。最初に俺とユウが『エルナリードオンライン』をやってて、シアは後から参加してきたんだよ。シアが初心者の頃、レベル上げの手伝いとかはしてたんだけど、俺たちもたまには高レベルのダンジョンとかに行きたいからさ。シアを置いて二人で行こうとしてたんだけど、シアもどうしても一緒に行きたいっていうから、俺とユウが持ってる中で最高ランクの防御力の装備をシアに着させて、無理矢理、高レベルのダンジョンで一緒に遊んでたんだ。そしたら、重装備系のスキルレベルがどんどん上がっていっちゃって、気がついたら立派な壁役になってた、っていう……」


「あはは、なるほど。そういう理由があったんですね」


「シアが私も役に立ちたいって言うもんだから、せっかく防御力の高いレア装備を着てるから活かさないともったいないかなって、囮役とか壁役とかをさせてたんだよ。シアも怖がりだからか、あんまり攻撃せずに、敵の攻撃を避けたり盾で防いだりすることに集中してたから、初心者なりに結構役立っててね。タンクとしてはある意味、理想的な性格だったのか、どんどん防御技術も上がっていって、今じゃああ見えてタンク系のコミュニティでも一目置かれてる存在なんだよね。……ただまぁ、レベルが上がっても性格が変わるわけじゃないからね」


 苦笑いを浮かべるグレン。


「シアちゃん、優しい性格ですもんね。知り合って間もないですけど、私が打ち解けやすくなるように、すごくいろいろ話しかけてくれたりしてて。でも、だからこそ、心配で……。こんなこと言っていいのかわからないですけど、戦いを怖がってるようなら、シアちゃんをここに残していくのも選択肢のひとつなんじゃないかなって……」


 言いにくそうにアイリスがそう提案してきた。


「俺も正直なところ、そう考えてたんだけど……。なぁ、アイリスは、さっきの森でのゴブリンとの戦い。あれ、上手くいったと思うか?」


「え? そうですね。直前の話し合いがちゃんと出来なくて、組織的な行動は取れなかったですけど、結果的にはゴブリンの群れをほぼ壊滅させたわけだし、十分、上手くいったと思います」


「でも、よく考えてみたら、あの時とても危険な状況だったと思わないか? それぞれがバラバラに行動して、お互いに姿を確認することができないほど視界が悪く、少し移動すれば自分がどこにいるのかもわからなくなりそうだった。実際、何人かは迷子になりかけた。もし、あの時、ゴブリンが逃げたんじゃなく……罠に誘い込もうとしていたのなら。連中が逃げた先に、もっとたくさんのゴブリンが待ち構えていたり、或いはもっと単純に落とし穴とか仕掛けられていたとしたら……」


 グレンの問いかけに、アイリスがハッとした表情を浮かべる。


「俺もあの時、逃げるゴブリンを追いかけることしか考えてなかった。初めての本格的な戦闘だったし、正直、興奮して周りが見えてなかったと思う。戦闘スキルを使って、敵を倒してみたいとしか、そんな風にしか思ってなかった」


 グレンは当時の状況を思い出してみる。あの場にいた英雄たち全員、逃げるゴブリンを追いかけて、魔法や戦技で倒すことしか考えていなかっただろう。

 ――そう、一人を除いて。


「あの時、シアは『怖い』とは一言も言ってなかったんだ。ただ、『危ない』からと言って、俺を引き止めてた。本人に確認したわけじゃないけど、シアだけが状況の危険性や、罠の可能性なんかを感じ取っていたんだと思う」


 グレンは自分を引き止めた時のシアを思い出していた。ちゃんと気付いてやれなかったが、あの時のシアは怖いのを我慢して、今の危険な状況を伝えようとしてくれていたのだ。


「もちろん、怖かったっていうのもあると思う。でも、あいつは怖がりでも、臆病者じゃない。戦わないといけないときは、誰よりも先頭に立って戦える子なんだよ。今も不安だったり怖い気持ちを抱えたりしてるんだろうけど、それより調査隊の人たちの安否を気にしてるんじゃないかな。アイリスも言ってくれたように、優しい子だから」


 通りがかる職員に話しかけたりしているのは、おそらくそういうことなんだろうと、グレンは思っていた。

 グレンの話を黙って聞いていたアイリスがぽつりと話しだした。


「私、シアちゃんのこと、誤解してました……。見た目が可愛いから、なんとなく守ってあげなくちゃって、勝手にそう思い込んでました。私……知らず知らずのうちに、シアちゃんのことを下に見てたのかもしれないですね……恥ずかしいです」


「はは、そこまで気にすることはないよ。これからパーティーを組むんなら、シアがどういう子なのか、ちゃんとわかってて欲しかっただけだから」


「そうですよね……。私……ちょっとシアちゃんと話してきます」


 しばらく、思い詰めたように考え込んでいたアイリスが、ばっと顔を上げたかと思うと、シアのところへと行ってしまった。


 どうするのかと思って見ていたら、シアの側に行くなり、思いっきりシアに頭を下げるアイリス。

 どうやら謝っているようだが、謝られたシアの方も動揺しまくっているようだ。

 しばらくあたふたしながら二人で話していたようだが、やがてお互い握手をして笑いあっていた。


 グレンが、その光景を遠目で微笑ましく見ていると、戻って来たユウとセレナがグレンの側までやってきた。


「うう、トイレとかどうしたらいいのかわからないよ……。あれ? どうかしたの、グレン? なんだかニコニコしちゃって」


「いや……いいパーティーになりそうだなって思ってな」


 ユウの質問に、そう答えていると、職員の緊張した声が聞こえてきた。


「みなさん、準備できました! すぐに転送準備に入りますので集まってください!」

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