第29話 2度目の転移
転移の準備は急ピッチで行われ、すぐさま2度目の転移が行われることになった。
先ほどより転移の距離が遠くなったせいで、一度に運べる人数が減ってしまい、とりあえず、英雄たちが先に飛んで、現地にいるスタッフからいろいろと情報を聞くことになった。その間に次の転移の準備をして、終わり次第、護衛役が送られるという流れだ。
2度目の転移も実にあっさりしたものだった。
同じ森なので似たような景色ではあったが、急遽決まった転移だったためか、大急ぎで準備を整えた形跡らしきものが見受けられた。あちこちに物が散乱し、職員が忙しそうに走り回っている。
しかも、今回はもう一回分、転移の受け入れをしなければいけないため、準備している職員達が殺気立つほど慌ただしかった。
「お待ちしておりました、英雄様方。ばたばたしていて申し訳ないですが、事情が事情ですのでご了承ください」
若い女性のスタッフが、英雄たちを少し離れた場所へと呼び寄せる。
「さっそくですが……消息を断った偵察チームを探していただきたいのです。彼らは、こことは別の転移場所の候補地を偵察に行ったのですが、連絡が途絶えてしまって……。彼らが向かった場所は、この森の中でも最大級の規模の広さがあるのですが、見通しが良い分、ゴブリンの群れと遭遇する確率も高かったので、まずは偵察をということで派遣されたんです。危険があるようならすぐに引き返すように指示していたのですが……」
「何人のチームなんですか?」
アイリスが人数を確認する。
「4人です。偵察任務だったので、隠密性も重視して最低限の人数で向かいました」
「まぁ、その目的地に行けばなんかわかるだろ。で、どっちの方向よ?」
ロベルトが軽い調子で職員に聞いてきた。早く話を終わらせて、現場に向かいたい気持ちがありありと態度に出ていた。
「ここから南東方向に1キロほど離れたところにあります。森が大きく開けている場所なので、分かりやすいとは思うのですが」
「ふむふむ。南東ってこっちだよな?」
そう言って、ロベルトが広場の南東方向の端まで移動する。森に生えている大きめの2本の木を選び、ちょうどその間くらいに立った。
「ちょっと試したいことがあったんだよなぁ」
今度はなにをするつもりなのかと皆が見守る中、ロベルトは2、3度屈伸運動をしたあと、グッと足に力を込めながらしゃがみ込んだ。そして、その反動を利用して勢いよく木に向かってジャンプすると、驚いたことに、一気に3メートル近い高さまで飛び上がった。
「よっ! ほっ!」
ロベルトは左右の木を交互に跳びはねるようにしながら、10メートル以上の高さまであっというまに登ってしまった。
そのまま太めの枝へ着地すると、遠くの方を見渡すように眺める。
「これよこれ、せっかく超人的な身体能力になってるんだから、こういうのやってみたかったんだよな。さて、目的地は……と。あ~、はいはい、あそこね。確かに、森が開けてる場所があるわ」
「すげぇな、ロベルト。いつの間にそんなこと出来るようになったんだ?」
ロベルトの仲間が見上げながら、そう声をかける。
「出来るようになったんじゃなくて、出来ると思ったら出来るんだよ。んじゃ、俺は先に行ってるぜ~」
「あっ! 待ってください。まだ、案内役の人間が到着してなくて」
「あー、いらないいらない。あんたら一般人がいると足手まといだ。それにあれだけ大きい広場なら、だいたいの方向が合ってればたどり着けるだろ。なんなら後からくる護衛役にも、ここで休んでていいぜって伝えておいてくれ」
そういうと、ロベルトは木と木の間を跳躍するように、森の中を進んでいってしまった。彼の二人の仲間も、ロベルトの後を慌てて追いかけていった。
「おい待てよ、護衛役が転移して来るまで待機してろって!」
「あいつら、また勝手に……」
「しょうがない、俺たちも追おう」
しぶしぶといった感じでロベルトの後を追おうとする英雄たちだったが、ロベルトの超人的な動きに触発されて、自分たちも試してみたくなったのが見え見えだった。
グレンが止める間もなく、それぞれが持つ魔法やスキルなどを駆使し、すごい速度で出発してしまった。
「また、みんなバラバラに……」
アイリスが不安そうに呟く。
「廃ゲーマーとはいえ、しょせんは素人の集まりだからな……集団行動をしろといっても限界はあるさ。調査隊の安否が分からない以上、急いだ方がいいのは確かだし、俺たちも行こう。たぶん、戦士系の俺とシアなら身体能力的に同じように高速で移動出来るはずだ。ユウは俺が抱えていくから、アイリスとセレナは――」
グレンがそう言いながら、隣にいたユウをグイッと小脇に抱きかかえようとした時、ふにゅんという柔らかいものを鷲掴みにする感触が手に伝わってきた。
「ふわっぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!」
「わぁぁぁぁっ!! す、すまん、ユウ! わ、わざとじゃないんだ! 女性の身体になってるのを忘れちゃってて、ついいつもの調子で……」
「あっ、あっ、別に、その、気にしないで。ボクもびっくりして悲鳴あげちゃっただけで……その、最初に言っておいてもらえたら、ちょっとくらい揉まれても大丈夫だから……」
『揉まれても大丈夫!?』
女性陣、と言ってもシアとアイリスだが、二人の驚きの声が綺麗に重なっていた。
「違う違う、そういうことじゃなくて! と、とにかくボク的にはグレン相手なら気にしないからって言いたくて」
誤解を解こうとして余計に誤解を生みそうなことを口走るユウ。慌ててグレンが止めに入ろうとするが、その時、今まで黙って見ていたセレナが、急に魔法の杖を振り回しながら呪文を唱えた。
しばらくすると、手にしていた杖に淡い光がともり、セレナの腰の位置辺りにふわりと浮かんだ。
セレナは浮いた杖に横座りし、感触を確かめるようにわざと揺らしたりしている。その姿は絵本に出てくる、ホウキに乗る魔女そのものだった。
「乗って」
乗り心地を確かめたセレナが、自分の後ろをポンポンと叩きながらユウに声をかけた。何気に、セレナがグレン以外に話しかけたのは、これが初めてかもしれない。
「すごいっ! 空飛んで行けるの?」
「2人乗りだから高くは無理。地上スレスレになるけど速度は出るはず」
「じゃあ、私は風の精霊魔法に高速移動と空中ジャンプの魔法があるので、それを使いますね」
アイリスが呪文を唱えると、彼女のブーツが風をまとい、数センチ浮いたような状態になった。
「よし、急ごう。ただし、慎重さは忘れずに。無理もないけど、他の連中はまだ遊び気分のままだ。せめて俺たちだけでも、ここにいるゴブリンはゲームキャラじゃなく、悪意を持って襲ってくる実在するモンスターだってことを肝に銘じておこう」
グレンの言葉に、皆が頷く。
それだけ確認すると、グレン仲間達は、文字通り飛ぶような速度で森の中を駆け抜けていった。
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