第27話 緊急事態
「それは本当なんですか? 連絡の行き違いとかじゃなく?」
その時、アンナの切羽詰まった声が聞こえてきた。取り乱す、というほどではなかったが、普段の明るい声を聞きなれているせいか、少し真面目なトーンになるだけで、ただならぬ気配を感じてしまう。
「今、再度、確認したのですが……2回連続で定時連絡がなかったらしくて……。向かった場所が場所だけに、やはり何かトラブルがあったとしか……」
「向かった場所は……Dポイント、ですか。確かに危険と言えば危険ですけど……」
「どうしたの、アンナちゃん? なにかトラブルでもあったの?」
ちょうどアンナの近くにいた、女性の英雄がアンナに声をかけた。
「それが……先ほどの森に派遣していた調査隊のひとつと、連絡がつかなくなったらしいんです」
聞けば、英雄たちの戦闘訓練の相手として、ちょうど良い規模のゴブリンの群れを探すため、アルファリア大森林には複数の調査隊が派遣されていたらしい。
そしてその一つ、森の奥地へと向かった隊との定時連絡が途絶えたらしいのだ。
「奥地に行くほど、ゴブリンの数も増えて危険ではあるのですが、調査隊はベテランの狩人を中心に編制されていますし、うちの研究所から派遣されている者も、冒険者の足をひっぱらないよう一通り戦闘訓練などを受けた者を選んでいます。強力なモンスターと遭遇したとなれば話は変わってきますが、アルファリア大森林には危険なモンスターはほとんどいません。せいぜい、ゴブリンロードくらいですが数は少ないですし……。基本的に調査隊はモンスターと遭遇した場合は、見つからないように逃げろと指示していますし、そうできる技量もあるはずです。ですから、定時連絡がないということは、かなり危険な状態に陥ってる可能性も……」
「そんな。じゃあ、すぐ助けにいってあげないと……」
「ええ、うちとしてもすぐに救援部隊を派遣したいんです……。ですが、現地に一番近い騎士団の砦に、緊急時用の魔法通信で呼びかけているんですが……応答がないんです」
「向こうもなにかトラブルが?」
「……魔法による通信技術は、まだ実験段階なので故障の可能性もあるんですが」
何か話しにくいことでもあるのか、普段は思ったことはすぐ口にするアンナにしては珍しく言いよどんでいた。
そんなアンナの様子を見て、傍らにいた女性職員が代わりに内状を語りだした。
「私たち異世界研究所は、騎士団や教会といった団体とは、あまり良い関係を築けていないんです……。私たちが派遣する英雄たちが活躍すれば活躍するほど、騎士団や教会としての立場が悪くなっていて。彼らにも、長年、人類を守ってきたというプライドがあるのですが、その栄誉や名誉を、私たち研究所の英雄がかすめ取っているように感じているんだと……」
「嫌がらせ……とは、思いたくないのですが。こういうことは、結構、良くあるんですよ……。英雄のみなさんがこうやって私たちの世界のために尽力してくれようとしてるところなのに……肝心の私たちがこんな状態で、申し訳ないです」
悲しげな表情でアンナが言う。年末年始など、ゲーム内のイベントが超多忙な時期でも笑顔を絶やさず、プレイヤーのために走り回っていたアンナがこのような表情になるのは、よっぽどのことがあるのだろう。
表には出さないだけで、いろいろな心労があることは容易に想像がついた。
「なんだ。それなら、俺たちがもう一度行けばいいじゃねぇか」
そんな時、突然、ロベルトが話に割り込んで来た。
「だ、ダメですよ。英雄のタイムスケジュールは厳しく管理されているんです。今日は特に戦闘行動があったから、これ以降はミーティング以外の行動は許可できないんです」
やんわりと拒否するアンナに向かって、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、しつこく食い下がる。
「そんなこと言ったって緊急事態なんだろ? そいつら死んじまってもいいのかよ」
「――っ!」
ロベルトのストレートな物言いに、思わず言葉が詰まるアンナ。その可能性も何度も脳裏をかすめているのだが、あらためて言葉にされると、現実を直視せざるを得なくなる。いろいろと悪い想像をしてしまったのか、アンナの顔色が悪くなるのが見て取れた。
「なんだよ、アンナちゃんらしくねぇなぁ。ゲーム内イベントとかでも、いっつもGMとしての職務より、俺たちプレイヤーが喜ぶことを優先してくれてたじゃねぇか。勝手にイベント時間延長したり、勝手にレアモンスター召喚したり。今回だって、仕事なんかより、調査隊の安全の方が大事だろ?」
「それは……」
「それにさぁ。どうせなにかあったところで、あの森にはゴブリンくらいしかいないんだろ? 俺はさっき、ゴブリンロードですら倒してきたんだぜ? ゴブリン程度、100匹いようが1000匹いようが関係ねぇよ。なんなら、俺一人、転移させてくれたっていいぜ。あの森のゴブリン、全滅させてきてやるよ。そんでもって、今度こそ――」
ロベルトはグレンの方を見ながら、こう言い放った。
「――俺が最強だっていうことを思い知らせてやる」
ロベルトの魂胆に、ここに来てようやく思い至った。先ほど怪我の件でイチャモンを付けられたことを恨んでいるのだろう。今度こそ、圧倒的な力の差を見せつけてやろうというのが、彼の目論見のようだった。
「アンナさん」
正直、ロベルトの目論見通りにするのは癪に障るのだが、人の命が掛かってるとなればそんなことを言っている場合ではない。
グレンはアンナに向かって無言で頷いた。
「わかりました……やりましょう」
グレンに促され、覚悟を決めたようにアンナが宣言するように言った。その言葉に驚いた他の研究所の職員が、アンナに確認するように問う。
「本気ですか? 魔術師ギルドの転移装置は各国の共有物だから、研究所の独断では使用できないんですよ? 申請して、少なくとも3カ国以上の承認を得ないと……独断で使用したとなれば、アンナさんの責任問題になる可能性も……」
「今から申請なんてしてたら、いつ許可が下りるかわかりません。安全優先で行動するはずの調査隊が、それでも定時連絡が出来ない事態になっているということは、かなり危険な状況になっていると考えるのが妥当です。現時点をもって、私、アンナ・ルシエルが当案件を緊急事態と認定します。研究所職員、ならびに、魔術師ギルドの協力者は私の指示に従って行動してください」
いつものどこか頼りないアンナと同一人物とは思えない、凛とした立ち振る舞いに驚きを隠せない英雄たちだったが、逆に言えば、それだけ切羽詰まった状態なのだと改めて思い知らされた。
「転移装置の再使用準備にすぐに取りかかってください。マナの充填を最優先で。あと、連絡が途絶えた調査隊が向かっていたDポイントに、なるべく近い位置に転移出来るよう最適なポイントを探してください」
「待ってください…………出ました! 今現在、転移先として準備が出来ているポイントが2カ所あります。そのうちのひとつが、先ほどの転移場所とほぼ方向が一致していて、転移距離だけ伸ばせば、あとは微調整でなんとかなるかと。ただ……距離が伸びる分、全員を一度に飛ばすのが難しくなりますね。少し時間がかかりますが、転移を2回に分けるのが最適解かと」
「仕方ないですね……先に英雄たちを転移させて、2回目に護衛役を転移させるようにしましょう。すぐに、転移先のスタッフに連絡を」
「あ~、アンナ女史。忙しいところを申し訳ないのだけど、ちょっと確認したいんだ。次の出撃の護衛役は鬼影隊――で、間違いないですよね?」
それまで遠巻きに話の行く末を見守っていたハインツが話に割って入ってきた。
「えっ!? あ、そういえば、こういう場合のことは契約になかったですね。基本的に、一日に一回の戦闘任務しかありませんでしたから、契約も一日単位になってましたし」
「おぉい、ふざけるなよ、ハインツ。今日の護衛は銀閃会って決まってただろうが。イレギュラーな事態が発生したからって、こっちに押し付けてくるんじゃねぇよ」
鬼影隊のショウと呼ばれていた男が、顔を覆っていた鬼の面を額までずり上げつつ、ハインツに食ってかかった。相変わらず、鬼影隊の交渉役はずっとこの男が担当していて、他の者は反応すらしない。
実は全員ロボットか何かで、今はまだスイッチが入っていないのだ、と言われたら信じてしまいそうだなと、グレンは思った。
「そちらこそ、ご冗談を。まぁ確かに、今まで一日で二度も、同じ英雄たちの護衛任務が発生するなんてことはなかったので、ショウさんがそうおっしゃるのも理解はできます」
「だろ? なら、今日一日はお前ら銀閃会が護衛をやるべきだろうが」
「ならば、問いましょう。我々に支払われる報酬のことを考えてみてください。ショウさんの理屈だと、我々が1日に何回も護衛任務をこなしたとしても、1日分としての報酬しかもらえない。それではおかしいと思いませんか? 普通なら一回の護衛任務につき、報酬が支払われてるはずです。それとも鬼影隊のみなさんは、1日分の報酬で何度でも戦闘任務をこなしてくれるのですか?」
「うっ、それは……」
ハインツに言われて、言い返せず押し黙るショウ。その時、鬼影隊の一人がショウに近づき耳打ちした。
「えっ、隊長が? うーん、俺は気が進まねぇんだけど……まぁ、隊長がそう言うなら……。わかったよ、次の護衛任務はウチが受け持つわ」
不承不承といった感じにショウがそう伝えてきた。
「では、次の護衛役は鬼影隊の皆さんにお願いします。これより、本格的に救出作戦を開始します。各自、準備を!」
アンナの号令で、魔術師ギルドの地下が一斉に慌ただしくなった。
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