第26話 帰還②
痛みに関しては、事前にアンナから詳しく説明を受けていた。
戦闘の素人である異世界人にとって、戦闘中に受ける痛みは過度なストレスとなる。そのため、ホムンクルス体を生成する時に、痛みの感度を極力抑えているのだと。
また、仮に致命傷を負っても、異世界から召喚されている精神体は、その場で意識を失うだけで、精神体そのものは自動的に研究所の召喚装置に飛ばされ、一時保存されるらしい。
そこで、そのまま異世界に戻されるか、再調整され新しい身体に入ることになるのだが、気をつけなければならないのは、今、動かしている身体が、現存するホムンクルス体の中で一番適合率が高いということだ。
死んで今の身体を失ってしまうと、今より適合率の低い身体に入ることになる。そうすると、本来到達出来るはずだった強さのレベルがどんどん下がっていくことになる。最終的には適合できる身体がなくなり、この世界に召喚することも出来なくなってしまうらしい。
「皆さんは、痛みも感じず、死んでも復活できますが、決してペナルティなしに無限に復活出来るわけではないことを忘れないでくださいね。怪我をしたり、ましてや復活出来るからと安易に死を選ぶようなことは決してしないでください」
いつになく真剣な表情でアンナが何度も注意していたのを思い出す。
だからグレンは、かすり傷といえども、きちんと治しておくべきだと思ったのだ。
「ユウが回復魔法使えるから、治してもらったらどうだ?」
「うるせぇな! かすり傷だって言ってるだろ! さっきのお返しのつもりかよ。たいした怪我でもないのに、おおげさに言ってくるんじゃねぇよ!」
たとえかすり傷でも、ゴブリンの攻撃を食らってしまったという事実が、ロベルトを頑なにしていた。
「いいか? さっきの戦闘で、俺が一番戦果を上げたっていう事実は変わらねぇんだ。俺がこの中で最強プレイヤーだってこと! あの群れを率いていたゴブリンロードを倒したのも俺だしな!」
さらなる戦果を自慢して、誤魔化そうとするロベルトだったが、グレンにとっては聞き流せない言葉がそこにはあった。
「ゴブリンロード? あの、青い羽根飾りをしたやつか?」
「青い羽根飾り? 何言ってるんだ? あの群れを率いていたのは、身体を黄色い染料で染めてたヤツだろ?」
(黄色い染料? 俺が見たのとは違うゴブリンロードがいたってことか?)
ロベルトの返答に、グレンが考え込んだのを良い頃合いと見て取ったのか、ロベルトの仲間達がいまだに悪態をつくロベルトを、半ば無理矢理連れて行ってくれた。
ほっとする暇もなく、グレンは先ほどのロベルトの言葉にあった、もう一匹のゴブリンロードのことについて考えを巡らせる。
「やれやれ、やっと行ってくれたね。彼のプライドはなるべく刺激しない方がよさそうだ。……どうしたの、グレン? 何か考え事?」
グレンは、ちょっとな、とだけユウに返すと、近くを歩いていた研究所職員を呼び止め質問する。
「あ、ちょっと、いいですか? 俺たちがさっき転送された森。あれって、どこの森だったか教えてくれませんか?」
「さっきの、ですか? あれは、エールベルンより南に数日行ったところに広がる、アルファリア大森林ですよ。最近、ゴブリンの目撃情報が多かったので、近くの村々から冒険者ギルドの方に討伐依頼が来ていたんです。うちの研究所は冒険者ギルドとも協力関係にあるので、今回の戦闘訓練は討伐依頼の解決も兼ねてたんですよ」
アルファリア大森林というのは、エルナリードオンラインを始めたプレイヤーが、世界の南方エリアをスタート地点に設定した場合、最初の狩り場となる森の名前だった。ゲーム内の話だが、グレンも何度か初心者の手伝いに、その森を訪れていたことがあった。
「確か……ゴブリンの群れがいくつかあって、それぞれ勢力争いしてるんじゃなかったか?」
「ええ、アルファリアの大森林には大きく分けて5つのゴブリンの氏族がいます。一番大きな勢力が黄昏花の氏族。名前にある黄昏花からとれる黄色い染料で、身体や装備品を黄色く染めてるからこう呼ばれてます。集落が森のあちこちに点在してて、総数でいうなら3000匹近くが、この黄昏花の氏族だと言われてます。さっきの彼が倒したゴブリンロードは、恐らくこの氏族の長ですね。特徴が一致してますから」
グレンの質問に、アイリスが詳しい説明をしてくれた。
「ずいぶんと細かいところまで覚えてるんだな」
「私、ファンタジー小説が結構好きで。その……内緒ですけど、実は趣味で自分でも少し小説を書いたりしてるんです。だから、こういうゲーム内の設定とかも、興味があって結構調べてたりするんですよね」
あと、ゲーム内のサブ職業で一般職の『学者』を選択しているのも、もしかしたら関係しているのかも、と教えてくれた。
「5つの氏族の中に、頭に青い羽根飾りを目印に付けてる氏族っていたかな?」
「いますね。そのまま、青羽根の氏族と呼ばれてて、群れの規模は少数ですが他のゴブリンより知能が高いと言われてます。ゴブリンシャーマンの数が多いので、総数のわりに危険度はかなり高めの氏族です。確か全部で500匹くらいの規模だったかな」
「……実は、みんながゴブリンを追いかけてる間、その青羽根の氏族のゴブリンロードと遭遇したんだ」
グレンは、青羽根のゴブリンロードと遭遇した時のことを、アイリスに詳しく語って聞かせた。
「そんなことが……でも、それはおかしいです。それが本当なら、あの50匹ほどの群れを2匹のゴブリンロードが率いていたことになります。黄昏花のロードが、青羽根のロードを支配下に置いていた可能性はありますけど……。ゴブリンは力による絶対的な支配を重んじるので、二つの氏族のロードが協力しあうなんて基本的にはあり得ないです」
「あの、ちょっと良いかな。あそこにいたゴブリンの特徴でいうなら、黄昏花と青羽根だけじゃないと思う。ボクが見かけたのは、青羽根とも黄昏花とも違う特徴のゴブリンだった。きっちり確認したわけじゃないけど、おそらくあそこにいた群れは、5種類の氏族全部がいたんじゃないかな?」
黙って聞いていたユウから、新しい情報がもたらされる。きちんと確認するために、グレンは周りにいる他の英雄たちにも聞いて回った。
すると、確かに他の特徴を持つゴブリンたちと戦っている英雄たちがいた。
話をまとめると、全身白い粉をまぶしたようなゴブリン、身体が大きく肥満体型のゴブリン、骨を削り出したような短剣を二本装備したゴブリンの3種類、それに、青い羽根飾りをした青羽根の氏族、黄色い染料で身体や装備品を染め上げた黄昏花の氏族の計5種類のゴブリンが、あの場にいたようだった。
「やっぱり、だね。あの場に、他の3氏族、石肌、鉄の胃、双牙とそれぞれ特徴が一致するゴブリンがいたことは確かみたいだ」
ユウが納得げに話すが、グレンはさらなる疑問に頭を悩ませていた。
「どういうことだ? 森にいる5大氏族のすべてのゴブリンが混在していて、それを黄昏花と青羽根の2匹のゴブリンロードが指揮していた、ってことか?」
「普通ではあり得ないですけど……群れの規模が大きかったから、臨時の協力体制を取った? でも、そもそも、あの群れの存在自体が不自然なものでしたから」
アイリスの不安げな声に、グレンもまた、なにやら嫌な予感めいたものを感じるのだった。
「何かが起こってる……けど、何が起こってるのかわからない、か。嫌な状況だな」
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