第25話 帰還①

 魔法陣から発せられていた、まばゆい光が収まると同時に、たくさんの人間が現れた。アンナの心底嬉しそうな声が、魔術師ギルドの地下室に戻って来た英雄たちを出迎える。


「いやぁ、お疲れ様でした! 皆さん、何事もなく帰還できてなによりです!」


 グレンとゴブリンロードとの邂逅のあと、何名かが迷子になりかけるというアクシデントはあったものの、全員無事に合流することが出来た。

 ロベルトの独断専行により組織的な行動をとれなかったせいで、何匹かのゴブリンの逃走を許す結果となってしまったものの、それでも半数以上のゴブリンを倒すことは出来ていた。


「いやぁ、俺の活躍、アンナちゃんにも見せたかったぜ」


 そのゴブリンの逃走の原因になった人物は、ただただ自分の戦果にご満悦の様子だった。


「現地からの報告、聞きましたよ、ロベルトさん。すごい戦果じゃないですか。口だけかと思ってましたけど、ホントにすごかったんですね!」


「え? うん? お、おぅ。だろう! 10匹くらいは俺ひとりで倒したと思うぜ!」


 アンナの言い方になにやら引っかかるものを感じたロベルトだったが、とりあえず喜ぶことにしたようだった。


「正確には7匹ですね! さて、皆さん! 全滅とはいかなかったようですが、あの短時間で50匹以上いたゴブリンの群れをほぼ壊滅状態にさせたのはすごいです。なにより、全員、無傷で帰ってこれたのが偉すぎます! ゲーム内だったらノーダメージクリアのファンファーレが鳴ってるところですよ~。実績解除のトロフィーの代わりに、あとで私が皆さんに、何か奢りますよ! そうですね、赤石通りの焼き鳥串なんてどうですかね! 一人一本で!」


 一串100円換算の報酬提示に、それはしょぼすぎではと、その場にいるアンナ以外の全員が思いつつも、無邪気に喜ぶアンナを見ていると、緊張していた気持ちも和らぐようだった。あるいはそれは、彼女なりの気遣いだったのかもしれない。


「アンナさん、ちょっと……」


 そんな和やかな雰囲気の中、アンナを呼ぶ声が聞こえてきた。見ると、書類の束を抱え、険しい表情をした女性スタッフが立っていた。


「あら? どうかしましたか?」


「現地にいる調査員から緊急連絡が入ってて……。アンナさんの意見をお伺いしたいと思いまして……」


 言いにくそうな女性スタッフの様子に何かを感じ取ったのか、アンナの表情が引き締まる。


「わかりました、すぐ行きます。あ、英雄の皆さん、少々お待ちくださいね。少しですが、飲み物とか食べ物をいろいろ用意しておいたので、そっちのスペースで休憩しててください。こちらの用事が済み次第、ミーティングを開始しますので。それが終わったら、今日はもう、元の世界に帰れますよ」


 そうしてアンナは、呼びに来た女性スタッフとともに、機械類がたくさん置かれたエリアへと向かった。

 アンナの言うように、階段付近に休憩スペースが設けられ、飲み物や食べ物類が置かれていたので、皆、そこへ移動し、思い思いに休息をとることになった。


「疲れただろ、シア。そこに座って休憩してな」


 グレンは、テーブルにあった飲み物を手渡してやりながら、椅子を引いてシアを座らせてやった。


「ありがとう、お兄ちゃん。ちょっと緊張する時間が長くて疲れちゃったかも……」


「無理するなよ、顔色、良くないぞ。…………ちょっとユウたちと向こうで話してくるから、ゆっくりしておくんだぞ」


 疲れが見えるシアをその場に残し、少し離れた場所で他の英雄たちと談笑していたユウの所へと移動するグレン。アイリスとセレナも、そこにいたようだ。


「シアちゃんの様子、どうだった?」


「思ったよりは大丈夫そうだ。初めての実戦で緊張しすぎたんだろう。どこか怪我したり、気分が悪くなったりはしていないようだ」


 それはよかった、とユウが口にした時、グレンたちに近づいてくる者たちがいた。


「おやおや、こちらにおいででしたか、Sランクパーティーの皆さん」


 ニヤニヤした笑みを浮かべながら、グレンたちに近づいて来たのはロベルトだった。その後ろには彼の仲間もいたが、こちらはロベルトと違い呆れ顔だった。彼らがグレンに気付き、近づいてくる気配を察したので、グレンはシアを残して距離を取ることにしたのだった。


(どうせ、気分の良い話にはならなさそうだったからな……)


「で? Sランクのお二人さんは、いったい何体のゴブリンを倒してくれたのかなぁ?」


 明らかに答えを知っている、わざとらしい態度で、ロベルトが煽ってくる。

 ロベルトの後ろにいる仲間らしい二人も呆れ顔だったが、止めるのも無駄と思っているのか、静観する構えだった。


(こういう手合いは、自分たちが『勝つ』まで粘着してくるからな……)


 今後のことを考えると、面倒ごとを抱えるよりはと、グレンは『負けるが勝ち』を選択することにした。


「……ゼロだよ。一匹も倒せてない」


 肩をすくめながら、さも残念という表情を作りつつ言うグレン。後ろにいたセレナも、うんうんと頷いていた。

 それを聞いたロベルトが満面の笑みを浮かべながら、わざと周りに聞こえるような大声をあげる。


「ぷっはは、だっせぇ! Sランクなんて持ち上げられてたわりには、倒せたゴブリンは0匹かよ! ほらな、これでわかっただろ? わけわかんねぇテストで出たランク付けなんてアテにならねぇって。日夜、ゲームの腕を磨いてるプロゲーマーの俺が、こんなやつらに負けるわけねぇってぇの」


 この手の連中はプライドが高く負けず嫌いだ。

 だが、逆に言うと、それくらいでなくては、ハイレベルランカーとしてやっていけないというのも、グレンは理解していた。

 自分こそが一番、ゲーム内で上手く立ち回れるのだ、と言えるくらいの情熱と気概がなければ、何週間もかけて、高難易度コンテンツに繰り返し挑むモチベーションを保つことなど出来ないのだ。


 それがわかっているからこそ、ロベルトからの煽りを甘んじて受けようと考えていたのだが、グレンたちが黙っているのを言い返せず悔しがっていると解釈したロベルトは、どんどん調子に乗って、はやし立ててきた。


「ま、俺にかかれば、ゴブリン程度、何百匹いようが目を閉じてたって倒せるってわけ。出会ったゴブリンがいなかったとか言い訳する気かもしれないが、俺に言わせれば、最初に飛び出さない時点でびびってるとしか思えないね。正直、そんな程度じゃ英雄になって世界を救うとか荷が重すぎるんじゃね? 最前線は俺に任せて、街中で観光とかしといたらどうだ?」


 ロベルトのあまりの態度に、彼の後ろにいたロベルトの仲間たちも、さすがにたしなめようとしていた。

 なおも煽ってこようとするロベルトに、いい加減、グレンも苛つきを覚え始めた時、ふと、ロベルトの脇腹の辺りが赤く染まっていることに気づいた。


「なぁ、それ……もしかして、怪我してるんじゃないか?」


「あん?」


 グレンの突然の指摘に間の抜けた声を上げるロベルト。

 グレンに促され、指差す場所を見てみると、右の脇腹辺りの服が少し破れ、その周りの布が赤く滲んでいた。


「あっ、クソ、いつの間に。ちょうど鎧の隙間に当たったのか?」


 慌てて隠そうとするロベルトを見て、彼の態度に辟易していたらしい彼の仲間から、からかう声が飛んでくる。


「ぷっ、なんだよ、ロベルト。大口叩いておいて、一発、良いのもらってるじゃん」


「ロベルトのせいで、全員無傷の実績解除は失敗だな。あーあ、アンナちゃんの奢り、楽しみにしてたのになぁ」


「そ、それは勝手にアンナちゃんが言ってるだけだろうが! くそっ、余計なことに気づきやがって。だいたい、こんなもん痛くもかゆくもねぇよ! ゴブリンが適当に振り回した剣が、たまたまほんの少しかすっただけじゃねぇか! 傷のうちにも入らねぇよ!」


 あれだけ一人で突出してゴブリンに囲まれていれば、偶発的にゴブリンに一撃もらうことくらい不思議でもなんでもないのだが、さっきまで得意げに自慢していただけに、あとに引けないのだろう。

 ロベルトが必死になって、たいした怪我ではないとアピールをしていたが、それがかえって周りの注目を浴びてしまうことになっていた。

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