第21話 初陣へ
その後、大所帯となった一行は、魔術師ギルドの方へと移動してきた。
魔術師ギルドに着くと、一行はすぐに地下室へと案内された。
「うわぁ、これはすごい」
誰かがそう声を漏らすほど、魔術師ギルドの地下には広い空間が広がっていた。
アーチ型の天井に支えられた石造りの地下室には、異世界研究所にあったような機械的な装置が大量に、そして乱雑に並べられていた。
それらの機械からはケーブルの様なものが伸びていて、部屋の中央に円形に並べられた、不思議な光を放つ石材に繋がれていた。いわゆるストーンヘンジを思わせる作りで、その中央には大きな魔法陣が描かれている。
「転移の魔法陣……ね」
いつの間にかグレンの背後から部屋の内部を観察していたセレナが、グレンだけに聞こえるような小さな声でぽつりと呟いた。
「どうですか、皆さん。我々、異世界研究所と魔術師ギルドが共同開発している転移装置は。見事なものでしょう」
得意げな表情で両手を広げつつ転移施設を披露するアンナ。
「これを使えば、大量の人員を遠く離れた土地に瞬時に送り込むことが出来るのです。……とはいえ、まだまだ実験段階なので、いろいろと課題も残されてはいるんですが。今回はこれを使って、皆さんをゴブリン討伐の現場近くに転移させます」
アンナの説明に、おおっという感嘆の声が響く。ゲームの中では、遊ぶ上での利便性確保のため、いつでもどこでも各地の都市へと転移できるスキルが使えるようになっているが、こうやって本格的な魔法装置を使用した空間転移という、いかにもゲーム的なイベントを前に、英雄たちのゲーマーの血が騒いだのだ。
「さて、転送先とのタイミング調整もあるので、早速、準備に取りかかりますよ。英雄の皆さんと、護衛役の銀閃会の皆さんは、魔法陣の上へと移動してください。さぁ、急いで急いで~」
アンナに急かされ、一行は休む暇もなく魔法陣の上へと移動した。40名近い人数が魔法陣の上に集まると、さすがに圧迫感はあったが、もっと間を詰めれば倍以上の人数が魔法陣の上に乗れそうではあった。
「アンナさん、転送先のスタッフから準備完了の通信が入りました。いつでもいけます」
「わかりました、いよいよですね……」
研究所スタッフや、魔術師ギルドの術士たちへ、いろいろな指示を出していたアンナが、パンパンと自分の頬を両手で叩き気合いをいれていた。
「では、皆さん。異世界での初めての戦闘訓練。普段、ゲーム内で暴れ回ってることを思い出しつつ、がんばってきてください」
アンナの側で機械のモニターを見ていたオペレーターがカウントダウンを開始する。数字が徐々に少なくなっていくにつれ、周りの石材が淡く光り、微妙に振動し始めた。
振動はどんどん大きくなり、それと共に足下の魔法陣も光り出す。その光はどんどん大きくなり、グレンはまぶしさに目を開けていられなくなってきた。
「魔晶石より魔力注入、臨界点突破しました!」
「カウント10秒前。疑似詠唱システム、異常なし」
「最終安全装置、および封魔結界解除。転送、開始します! 3! 2! 1!」
緊張したオペレーターの、ゼロと叫ぶ声が聞こえた瞬間、辺りからうるさかった音が消え去った。
目を灼くようなまぶしい光も収まり、恐る恐る目を開けてみると、魔術師ギルドの地下室を構成していた石造りの壁もアーチ型の天井も消え失せており、代わりに薄暗い森の中の光景となっていた。
「うぉぉ、すげぇ。本当にテレポートしたんだ」
「なんか思ってた以上に、一瞬で終わったなぁ。ちょっと拍子抜けしちまったぜ」
何人かの英雄からそんな感想がこぼれるほど、初めての空間転移体験は実にあっさりしたものだった。ゲームの中では派手なエフェクトと同時にテレポートしていただけに、期待度が大きかったようだ。グレンは、逆にこのあっさりとしたテレポートの方が現実味があるなと思い、改めて異世界にやってきたのだという実感を噛みしめていた。
魔法で転移してきた者の他にも、先に現地で魔法陣などを準備していたスタッフが十数人ほどいたらしく、合計すると50人前後の人間が、森の中の少し開けた場所で待機している状態だった。
「お待ちしておりました、英雄の皆様。ここからはどうか、大声を出さずに小声でお願いします。まだ距離はありますが、騒ぐとゴブリンどもに、こちらの存在を気取られますので」
現地スタッフの一人が歩み出て、地面に大きめの地図を広げながら一行に注意を促す。初めての転移魔法で浮き足立っていた空気が、実戦の気配を感じ瞬時に引き締まった。
自然と、広げられた地図の周りを囲うように人垣が出来たが、一緒に転移してきた護衛役のハインツたちは、少し離れたところで待機しているようだった。
「ここが今いる場所。皆さんが戦う相手は、ここから少し移動した先にある泉の近くにいます……ここです。森の奥地から移動してきたゴブリンの群れのようで、今は休憩のためか一時的に野営をしているようです。調べる時間が少なくて、全体像は把握し切れていませんが、だいたい50匹ほどの集団だと思われます。結構な数ですが、こちらもそれなりに人数がいますので、倒すのに苦労はしないかと」
現地スタッフ、おそらく狩人を生業としている者か冒険者だと思われるその人物は、広げた地図を指さしながら、詳しい情報を伝えてゆく。
「一人当たり、2、3匹程度か。確かに余裕だな。世界を救う英雄の初陣にしちゃ、ちょっとしょぼすぎじゃね?」
「……頼もしいですね。我々、この近くの住人にとっては、十分すぎるほどの脅威なのですが……」
英雄の中の誰かがあげた言葉に、狩人の青年が苦笑いを浮かべながら答える。
確かに50匹もの群れともなれば、近隣の村の住民などには無視できないほどの脅威だろう。
だがここにいる者は、ゲーム内ではとっくの昔に最高レベルに到達しているような者たちばかりだ。大人数の敵を相手に戦ったことも、当然のように経験してきているはずだ。
ゲームに実装されている様々なコンテンツの中には、大規模戦を想定したものも数多くあり、中には、今より少ない人数で、100匹以上のゴブリンを迎え撃つクエストなどもある。それも、かなり初期の段階でだ。
フルダイブテストに喜び勇んでやってくるような者たちであれば、物足りなく感じるのも無理からぬことだろう。
「あ、僕たちは後方で控えて、戦闘には参加しないので。もちろん、もし苦戦するようなら、すぐに援護に駆けつけますのでご安心を」
特に聞いてもいなかったのだが、護衛役のハインツが、わざわざ宣言するように言ってきた。
「ええ、その辺りのことは聞いています。戦闘は、あくまで英雄の皆様に戦闘経験を積んでもらうためだと」
では早速移動しましょうと、狩人の青年は地図をしまいつつ立ち上がり、森の奥へとゆっくりと歩きだした。
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