第22話 ゴブリンの群れ
狩人の青年が先導し、その10mほど後方から英雄たち一行。さらにそのかなり後方に、護衛役の貴族の青年たちが着いてゆく。
まだ太陽は高い位置にあるはずなのだが、そびえる木々の枝葉に遮られて、森の中は雨の日のように薄暗かった。小さな茂みや低木が視界の悪さに拍車をかけ、ともすれば、先導役の青年を覆い隠そうとする。
一行は青年を見失わないよう気をつけつつ、茂みや木の根に足を取られながらも一歩一歩、慎重に歩を進めていた。
30分ほど移動した頃だろうか、先頭を歩く狩人の青年が、手を上げて合図を送ってきた。どうやら目的地に近づいたようだ。
狩人の青年は、特に茂みが密集している辺りに移動すると、一行を呼び寄せた。
出来る限り音を立てないように気をつけながら、青年のいる場所へと移動していくと、徐々にゴブリンの鳴き声らしきものが聞こえてきた。
「この位置から群れを見下ろせます。ですが、茂みの影からは出ないように気をつけてください」
一行がいる場所は、小高い丘のようになっており、緩い坂を下った先にゴブリンの群れが野営しているようだった。
グレンたちは丘の上で腹ばいになりながら、ゴブリンの野営地を観察してみた。
坂を下りきった先に、森が少し開けた場所があり、そこに大きな泉があった。ゴブリンたちはそのほとりで、粗末な布などでテントを張ったり、焚き火をおこして食事らしきものを作っているようだった。
「泉の近くは良く見えるけど、下生えの木々が多いせいで思った以上に視界が悪いね。ボクの位置からは群れの全体像が把握しきれないや」
「見える範囲だと、30匹くらい確認できます。泉から離れた位置にも、いくつかテントらしきものが見えるので、あの中にも何匹か潜んでそうだけど……」
グレンの隣にいたユウとアイリスが感想を述べる。
「慎重にいくなら、全体像を把握してから突入した方が良さそうだね。ヒーラーのボクとしては、危険性はあらかじめ排除しておきたいところだけど……グレンはどう思う?」
「………………武装しているヤツしかいないな」
ユウの質問を聞いているのかいないのか、グレンはぽつりとそう呟いた。
普通、ゴブリンの群れといえば、様々な個体がいるものだ。人の村と同じように、大人もいれば子どももいる。人間には判別は難しいが、オスの他にメスもいるだろう。群れを守るため武器や鎧を身につけた戦士のような役割の者もいるだろうが、同時に武装などしていない世話役のゴブリンだっているはずだ。
だが、目の前にいる集団は、どの個体も粗末ながら武器や防具を身につけている。焚き火のそばで鍋をかき回している者ですら、鎧を身につけたまま作業をしていた。
それはゴブリンの群れというよりは、戦う者たちを集めた戦闘集団といった方がしっくりくるだろう。
「言われてみれば……確かにそうですね」
グレンの指摘を聞き、再び群れを観察していたアイリスが答える。
まるで行軍中の部隊みたいだと思いつつ、この後どうすべきか考えるため、少し後ろに下がった。
「どうした、シア?」
グレンが下がった先に、シアが膝を抱えるように座り込んでいた。ずいぶんと思い詰めた顔で、手に持った兜をいじり回していた。不安な時に良くやるシアのクセだ。
怖いのか、とは聞かなかった。長い付き合いだし、それくらいのことは聞かなくてもわかる。
ちなみに、シアの隣にはセレナもいたのだが、こっちは相変わらず魔導書を食い入るように見ていたので、いつも通りといえるだろう。ゴブリン討伐にも関心がなさそうだった。
「うん、なんでもないよ、お兄ちゃん。なんでもない、んだけど……」
シアは、精一杯、普段通りの表情を作ろうとしたようだったが、今さらそんな強がりが通じる相手ではないことを思い出し、素直に気持ちを吐露することにしたようだ。
「お兄ちゃん……。これから、あのゴブリンたちと戦うん……だよね?」
「あ、あぁ。まぁ……そのために来たわけだしな」
「うん、だよね。そのために来たんだもんね……」
シアが戦うことに躊躇していることは明白だった。
気持ちは分からなくはなかった。これから始まるのは、紛れもない実戦だ。普段、遊んでいるゲームと変わらない感覚で動けるとはいえ、遊びと実戦では、その緊張感は桁違いである。
グレンや、ここにいる多くの者も、例外ではない。恐怖や不安がまったくないわけではない。だが、そう言った感情を抱いてはいるものの、今、本物の異世界でゲームと同じ体験が出来るという興奮が、その感情を押しのけているのだ。わくわくしすぎて、恐怖が麻痺していると言ってもいいだろう。
シアはおそらく、グレンたちほど現状を楽しめているわけではないのだろう。元々、戦闘コンテンツで遊ぶことよりも、ゲーム内で購入できる自宅の庭で、花や野菜を育てたり、ユーザーショップで家具を買いそろえたりして遊んでいることの方が多いくらいなのだ。
「……なぁ、シア。酒場で俺が決闘したとき、どう思った?」
なんとかシアの不安を解消してやれないかと、グレンが話しかける。
「えっ……うーん、やっぱりお兄ちゃんってすごいなぁ、って?」
「ああ、いや。聞き方が悪かった……。お前だったら、あの決闘、勝てたと思うか?」
「ええっ!? 私が!? む、無理だよ。私、お兄ちゃんみたいに相手のパンチを掴むなんて出来ないだろうし。ずっと盾の後ろに隠れてるだけだったと思うよ?」
「じゃあ、決闘の勝利条件が、相手からの攻撃を一切受けない、だったら? 制限時間内、避けたり盾で防いだりして相手の攻撃を防ぎきればシアの勝ち。それなら、勝てる自信あるんじゃないか?」
「え、そ、そんなことないよ……。ヴァルクスさん……だっけ? あの人、すごい筋肉で強そうだったし、それに……」
「それに?」
「それに……えーっと……あ、あれ? いや……でも……」
そこで言葉に詰まってしまうシア。グレンには何となくその理由が想像出来ていた。
「正直に言ってみな。シアも今こう感じたんじゃないか? 強そうだけど……私でも勝てそうだな、って」
一瞬、驚いた表情を見せたシアは、慌てて否定しようとするが、しばらくすると観念したようにコクンと頷くのだった。
「勝てそうって考えてたわけじゃないけど……。ヴァルクスさん、攻撃する時の前動作が分かりやすいな、って。腕の振りも大きいから、攻撃してくるポイントが読みやすいし、視線とか体重移動とかでフェイントを仕掛けたりする様子もなかったから……」
シアは数秒言いよどんだあと、グレンにきっぱりと言った。
「私、戦闘は得意じゃないし、それなのになんでそんな風に思えたのか自分でも不思議なんだけど……。一撃ももらうな、って言われたら……たぶんその通りには出来る、と思う」
酒場から魔術師ギルドに移動する道中、何人かの戦士系の英雄たちが、俺にもできそうだ、攻撃してくる瞬間がわかった、などと、口にしていたのをグレンは耳にしていた。
想像だが英雄たち、特に戦士系をメインキャラクターにしている英雄ならば、酒場でのグレンと同じ行動は出来るのではないかと思っていた。
「シア、俺たちは普段からゲームで、腕が何本もあるゴーレムとか、幻影の魔法を使いながら襲いかかってくるダークエルフみたいな、より複雑な攻撃をしてくる敵と戦ったりしてるだろ? それに加えて、このホムンクルスの肉体で筋力とか動体視力とか反射神経なんかが強化されてるんだ。だから、ゲームじゃない生身の状態でも、俺たちが思ってる以上に戦闘能力があがってる。それこそ、ゲームやアニメに出てくる戦闘の達人みたいな感じで」
「そ、そうなのかなぁ……」
「それに、こと防御技術に関しては、俺はもうシアにはかなわないと思ってる。今回のゴブリン退治だって、シアならきっと大丈夫だ」
「うん……ありがと。お兄ちゃんにそう言ってもらえると、ちょっとがんばれそうな気がしてきたよ」
無理して作っているであろう笑顔を向けてくるシアだったが、それでも先ほどの思い詰めた表情よりはかなり良くなった。
――その時、
「ああ、もう、めんどくせぇ! いつまで話し合ってんだよ!」
グレンたちから少し離れた場所から、ロベルトの大声が上がったのだった。
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