第19話 顔合わせ
「今日は顔合わせということもあって、うちと契約した3部隊の方々、全員に来てもらっています」
アンナが、すみません遅くなりましてと、それぞれの集団に挨拶に回る。
向かって左の集団は、アンナが挨拶にくると同時に呆れ顔で文句を言っていた。
「酒を出せ、とは言わんが水ぐらい飲めるように手配しておいてくれてもいいだろう……」
「すみません、ヴァルクスさんの言うことはもっともなんですが……なにせうちも予算が……。こうやって場所を提供してもらうだけでいっぱいいっぱいだったんですよ……」
左の集団は30人くらいで構成されていて、筋骨隆々の男たちだらけだった。アンナと話しているヴァルクスという男は特に体が大きく、身長は190cmちかくありそうだ。大きくて重そうなウォーハンマーや戦斧を持っている者が多く、皆、薄汚れた衣服を着ていて、防具の類いは少なめであった。
「すみません、ハインツさん。いろいろ手間取って時間がかかってしまいまして」
「いいんですよ、アンナ女史。貴方の麗しい姿が目に入った瞬間、退屈していた心もどこかへ吹き飛んでしまいました」
キザったらしい挨拶を返しているのは、中央の集団だ。人数は十数人ほどで、3つの集団の中では一番少ないのだが、身なりや装備品は一番豪勢だった。剣を中心にした武装で、鎧もしっかりとした金属鎧一式を身につけている。受け答えしているリーダー格の男は比較的軽装だったが、その立ち振る舞いから貴族の出身っぽい印象を受ける。
「ちょっと遅いんじゃね、アンナさんよ? 拘束時間増えるなら、契約料、上乗せするよ?」
「ははは……勘弁してくださいよ、ショウさん。ただでさえ鬼影隊のみなさんはお値段高めなんですから……」
最後は30数人ほどの集団だったが、その風貌は3組の中で一番異様だった。
まず目を引くのが、全員が日本の鬼らしきものをモチーフにした面で顔を隠していたのだ。面の種類も様々で、顔全体を覆う面が多いが、中には顔の上半分、逆に下半分だけを覆う面を付けている者もいる。さらにフードやマフラーなどで顔を覆い、どんな人相なのかを窺い知るのは困難となっていた。
全員、大きめの刀を装備していて、忍者装束と現代のコンバットスーツを足したような印象の服を着ていた。
その中でショウと呼ばれた男だけがアンナと話をしており、それ以外の者は話すどころか微動だにしていなかった。
「とりあえず、この3部隊の皆さんが、それぞれ交代で英雄の皆さんの護衛についてくださいます。戦闘に慣れるまで、しっかりとサポートしてくださる予定なので、安心して実戦にのぞんでください。えーっと、今日は……銀閃会の方々が護衛を担当してくれるんでしたっけ?」
「ちょっと待ってくれ」
資料を確認しながら、アンナが中央の貴族風の青年たちに声をかけようとしたとき、左側の集団のヴァルクスと呼ばれていた男が割り込んで来た。
「俺たちが護衛する英雄ってのはコイツらのことなのか?」
「ええ、そうですよ? この方々はまだ実戦経験がないので、戦闘に慣れるまでの間、万が一のことがあった場合、すぐに救助に入るというのが護衛の内容になってます。問題がないようであれば、後方で待機していてもらうだけでいいですよ」
「護衛内容を確認したいわけじゃない。本当にこんな連中が、ちまたで噂の英雄たちだっていうのか? 子どもだって混じってるじゃないか」
グレンの方を指差しながら、ヴァルクスが言う。その声にはわずかな苛立ちがふくまれているようだった。
「ヴァルクスさんたち、元鉱夫組は英雄と会うのが今回が初めてのようですよ。なにせ、つい最近まで鉱山で働いていたそうですから」
ハインツと呼ばれていた貴族風の男がアンナにそう説明する。
「あぁ、そういうことでしたか。異世界から来た英雄の方々は、見た目こそ普通の人間と変わりありませんが、ドラゴンとも互角に戦えるほどのポテンシャルを秘めているんですよ。ただその域に達するまでに少し時間がかかるので、万全を期すために皆さんに護衛をお願いしているというわけです」
「ドラゴンと互角だと? 本気で言ってるのか? あの子どもも、そのうちドラゴンと戦うっていうのか? ……信じられん」
グレンの方を見ながら険しい顔で首を振るヴァルクス。
「なんなら、彼が一番、ドラゴンを倒す可能性が高いくらいですよ。研究所のテストで、適性が最高ランクの結果が出てましたから」
アンナの言葉に、ヴァルクスは目を見開いて驚いていた。
とはいえ、これに関してはグレン自身も似たような気持ちだった。所長室で自分がSランクだと知らされたものの、ずっと実感が持てないでいる。ランクが現在の強さではなく、将来的な伸びしろを示すものだというのも、実感が持てない一因だろう。
「そんなに信じられないんなら、決闘でもすればいいんじゃねぇか? そうすりゃ、英雄の強さが身にしみてわかるだろう。なにせそいつは、Sランクの英雄様らしいからな」
明らかにおもしろがっている様子で、そう言い放ったのはロベルトだった。あわよくばグレンに恥をかかせてやろうという魂胆がみえみえだった。
「ダ、ダメですよ、そんなの! 対人戦はGM……じゃない、監督官として許可できません」
「いや、是非、お願いしたいな」
「ヴァルクスさん!?」
「本当にこの連中に、それだけの価値があるのか、見極めさせてもらおう。でなければ、自分たちの命を危険にさらす護衛任務などできない」
ヴァルクスが真面目な表情でアンナに詰め寄る。
「なにも殺し合おうってわけじゃない。素手で軽く殴り合うだけだ。戦士同士なら、それで十分、相手の強さがわかる。どうだ、小僧。受けて立つか?」
ヴァルクスがグレンに向かって問いかけてきた。
正直、気は進まないが、ヴァルクスの言うことも理解は出来る。護衛任務ともなれば、自らの命を危険にさらして、相手を守らねばならない。それだけの価値を護衛する対象に見出せなければ、仕事にも身が入らないだろう。
「わかった。受けて立つよ」
「ちょっと、グレンさん!? 困りますよぉ。Sランクの英雄に、なにかあったら」
「これでどうにかなるようじゃ、そもそも英雄なんて名乗れないよ。それに、英雄っていうものがどういうものか理解しておいてもらったほうがいいだろう? まぁ、それに関しては俺もちゃんと理解できてるか怪しいところはあるけど……ともかく、これからゴブリン退治なんかをやろうとしてるのに、ずっと子ども扱いされても困る。ゴブリンと戦闘する前の予行演習だと思えば、やる価値もあるだろう?」
「それはまぁ……そうですけど。ああもう、わかりましたよぉ。ただし、私が止めたらすぐにやめてくださいよ? あとちゃんと手加減してくださいね? お互い、こんなことで怪我でもしたら馬鹿らしいですから」
――かくして、体格差がありすぎる1対1の決闘が始まることとなった。
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